23. 暴政
国王が譲位し、パブロが王位を継いだ。
妃の座には彼の子を産んだアンニーフィス伯爵家のブリーレが着いた。
ブリーレの暴政により国は荒れている。
何故パブロは働かないのか。
彼の愛する元婚約エデリー・シャオビーズが他国へ嫁いで行ってしまった為だ。彼は茫然自失のままアンニーフィス伯爵に言いくるめられ、ブリーレと結婚した。
結婚したからと言って愛がある訳では無く、彼は元婚約者を想い悲嘆に暮れているらしい……
前王も王族の領地に引きこもり出て来ない。
そして前王の妻である前王妃は────十五年前に亡くなっていた。
◇ ◇ ◇
十五年前、第三王子は死産だった。
また、彼の髪が王族にあるまじき黒髪だった事から前王妃は、魔族との姦通を疑われた。隣国の聖女によって。
王妃は子どもを失った悲しみから、罪を認めるような事を口にした。息子を死なせてしまったのは自分のせいだ────と。
王は発狂せんばかりに怒り狂った。王妃を愛していたから。そして自らの手で妻を殺し、誰も信じなくなったのだという。
◇ ◇ ◇
この世界では誰もシーラを認識しない。
だからシーラはひたすら歩いて歩いて、誰かが口にするこの国の現状を繋ぎ合わせて理解したのだ。
ここはルデル王国であって、ルデル王国では無いどこか。
少なくともシーラが過ごしていた国では無かった。
歩けば歩くほど、知れば知るほど泣きたくなる話しか聞かれない。どうしてこんな事になっているのか。ここはどこで何がどうなっているのか────
やがて辿り着いた場所は教会だった。ここもまた手入れはされていない。きっと配給も宿泊の提供もしていない。礼拝も無いだろう。中にトレージュ神父が見えたが、彼もまたやつれた顔で椅子に座り込んでいた。
シーラはそこで見た。自分を。向こうから自分が歩いて来るのが見えた。
そしてここで自分がどう過ごして来たのか、何を考えているのか、身体が同調するように頭に浸透していった。
教会の敷地内にあるセラハナの木に蹲る子ども。シーラは彼に会いに来た。最後だから……
◇ ◇ ◇
王都の有様は酷いが、城内は更に酷かった。
偏った権力に縋り、一部の貴族が暴政を助長した。
真っ当な貴族たちはこの国を見限り、亡命していった。
どれ程高貴な身分でも王族には敵わない。それでも、今の蛮族たちを一掃すれば国は再生するだろう。だが本来その力を振るうべきだったシャオビーズ公爵がいの一番に王族を見限ったのだ。
理由はパブロの浮気。或いはそれはきっかけで理由は他にあったのかはわからない。だがとにかく彼は娘を傷つけた王子を許さなかった。その為娘をすぐに他国に嫁にやり、自らも親類を頼り国を後にした。
王族に次ぐ高位貴族の亡命。多くの貴族が動揺し、勢いに任せアンニーフィス家を支持していった。
ブリーレとマデリンは姉妹であったが仲はすこぶる悪かった。その為城内は暴政の派閥が二つになり、お互いを貶めながら荒れていき、巻き込まれたく無い貴族は領地に逃げ帰った。
シーラとて実家に逃げる事は出来ただろう。けれどあの家でシーラに出来る事はない。食い扶持が増え家族の負担になるだけだ。
王城で働いていれば少ないけれどお給金が出る。それをシーラは出来る限り実家に送って、家族を支援したかった。
自分なら大丈夫。やり過ごす事には長けているから。
皆が暗い顔をして歩く城内。たまに訪れる平和な日常に感謝して過ごした。
毎日神樹と呼ばれるセラハナの木に赴き必死に祈った。
けれど、ある日平穏が崩された。
何を思ったかマデリンのお気に入りの貴族の息子が、侍女の一人に手を出した。
マデリンは怒り狂ったが、子息は彼女に縋った。侍女に薬を盛られて誘惑されたのだと。
屈辱を受け、不名誉な濡れ衣を着せられた侍女は婚約が決まり、もうすぐ城を辞去出来る予定だった。
青褪める彼女を咄嗟に庇い、シーラは自分の罪だと告白した。
子息は顔を歪めたが、マデリンは楽しそうに笑っていた。
────あなたじゃあ薬でも使わないと、相手になんてされないでしょうものねえ。
シーラは他国に売られる事になった。
これくらいしか役に立つ要素は無いと。穢らわしい侍女など城に置いておく気は無いとマデリンがさっさと決めてしまった。
この国では人身売買は犯罪だが、法も変えてしまったのだろうか。
外貨を稼げて良かったと、シーラを牢に押し込め、笑いながらマデリンは去って行った。
深夜、侍女頭がシーラの元を訪れた。逃げなさいと。
けれど鍵を開け、外に出た途端に兵士に囲まれた。
────昔からあなたの事、嫌いだったのよ。
侍女頭は縛り首になった。
自分のせいで。
再び捕らえられた牢で、シーラはポロポロと涙を流した。
◇ ◇ ◇
人買いに最後に教会に行きたいと頼んだら了承してくれた。
彼らはこの国は酷い国だなとぼやいていた。こんな国にどんな未練があるのかと不思議そうにもしていた。




