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21. セラハナの木


 温かいものが自分の身体を濡らしていく……

 シーラは重い自分の身体を見る為に恐る恐る目を開けた。

 だが最初に目に入ったのはラフィムに取り押さえられたリュフィリエナだった。

 彼女の顔は驚きに満ちている。


「どうしてっ?」


 ロイツもまた驚愕に目を見開き、シーラの、その上に倒れ込むナタナエルを見つめていた。


「ナタナエル殿下……」


 脇から流れる赤い血がポタポタとシーラの身体に滴ってくる。


「な、ナタナエル……」


 ロイツがおぼつかない足取りでナタナエルに歩み寄る。


「ど、どうしてよ、どうしてナタナエル様が……おかしいわっ。だって聖女が振るう聖剣なのよ! だから……違うの! ナタナエル様はもう手遅れだったのよ!」


 離してともがくリュフィリエナは、ラフィムによって走り寄る近衛たちに引き渡された。その中にいつもナタナエルの近くにいる近衛の顔があり、シーラは泣きそうになる。どうして近くにいてくれなったのか。


「ロイツ殿下、あなたにも国王から拘束命令が出ています」


「なっ」


「聖女を謳った他国の王女を傀儡にした、売国奴としてでしたが……今は第三王子の殺害未遂の現行犯です」


「わ、私は弟を害そうなどとは……」


 そう言ってロイツも近衛に拘束される。それと共に医者を呼ぶ声が聞こえる。

 呆然とされるがままになるロイツにリュフィリエナもまた力を抜いた。


「そうだわ……これも精霊の試練なのね。あなたたちが過ちに気づいたその時、あなたたちをわたくしが許せるかどうかもまた……ああナタナエル様。あなたもまた聖女の夫として相応しいか試されているのです」


 その言葉にロイツは信じられないような目で、ナタナエルを見た。

 シーラはカッとなりリュフィリエナを睨みつけた。


「そこなる魔女。あなたは一時逃げおおせただけ。裁きの時は直ぐに参りますよ」


 我こそ正義と言わしめんその台詞にシーラは掴み掛からんと身体を起こそうとしたが、ナタナエルに弱々しく手を掴まれはっと我に帰る。


「シーラ…………」


 自分の名前の後に何を言ったのか、聞こうと身を乗り出せばナタナエルの青白い顔が良く見えて。


「な、ナタナエルでんっ……」


 シーラは喉を詰まらせた。


「どうして、どうして殿下がっ」


「お前が……」


 呆然としたままロイツが口を開いた。


「っお前が刺されなかったからだろう! お前のせいだ! 邪魔なお前が死ねば良かったんだ!」


 びくりと身体を震わすシーラの肩にラフィムが手を置いた。


「その犯罪者たちをさっさと連れて行け」


「ラフィム?」


 リュフィリエナは困惑に瞳を揺らす。


「何を……自分だけ助かるつもりか? 何て浅ましい奴だ!」


 混乱し喚く彼らが引っ立てられていく様を一瞥もせず、シーラはナタナエルに触れた。冷たくて、でもまだ微かに息をしていて。


「ナ、ナタナエル殿下……ナタル……」


 シーラはくしゃりと顔を歪めた。



 ────シーラ、大人になったら僕と結婚してくれる?




 ────それは……申し訳ありません……ナタ……ナエル殿下……



「死なないで……」


 喉の奥が詰まって声が上手く出ない。


「口付けてあげて下さい」


 さらりと降ってきた声にシーラは顔を上向けた。


「神樹の加護があるかもしれません」


 ラフィムが静かな目でシーラに告げた。

 そうか、この人も信者だった。けれどあんなエセ聖者たちを見た後に精霊の何を信じられると言うのか。


「精霊なんて嫌い」


 けれどセラハナの木の生命の祝福なら信仰の無いシーラだって知っている。セラハナはその強い生命力を近くにいる者に分ける。これは植物学的にも裏付けされた説だ。


 シーラは力強く根を張るセラハナの木に手を触れた。

 もしこの木が昔人間を助けた神樹の子孫なら、お願いだからもう一度手を差し伸べて欲しい。


「ナタルが助かるなら、精霊だろうと魔族だろうと何にでも縋るわ」


 シーラはナタルにそっと口付けた。

 だからこの人を助けてと強く願う。

 ナタナエルが医者の元へと運ばれるまで、シーラはナタナエルを抱きしめ続けた。


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