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19. 祈りの時間


「……シーラ。リュフィリエナ王女殿下から、あなたを侍女につけて欲しいと依頼がありました……」


 毎度おなじみ侍女頭が仕切る朝礼後の指示に、シーラは面食らう。

 考えなくても分かる。ナタナエルの事だろう。

 別れるように言われるのだろうか。でも元々付き合ってないのに、どう対処すればいいんだろう。下手な事でも言えばナタナエルを怒らせそうだし、悩ましい事この上無い。


「聖樹セラハナの木でお待ちだそうですよ」


「畏まりました」


 そう言えばあの後ナタナエルからは何の指示も無かった。ついでに言うと一人でどうやってドレスを脱いだら良いのかも分からなかった。仕方が無いので着替えを持って洗濯室に行き、メイドに手伝って貰いやっと脱いだ。ドレスは洗ってナタナエルに届けて欲しいと、若干強引に頼んでさっさと逃げた。


 リュフィリエナ王女かあ……。

 シーラはどよんと息を吐いた。


 ◇ ◇ ◇


 うきうきとこの道を歩いたのはつい数日前だったのに。

 枯れ葉を踏み進めば聖樹の子孫の枝葉が覗く。

 シーラは一旦足を止めた。


 神秘的な白い幹。こういった外観もこの木に神がかったものを彷彿とさせるのだろう。

 この時間、セラハナの木のあるこの辺りは人払いされる時刻の筈だ。……正直嫌な予感しかしない。


「はあ」


 木立の立ち並ぶ先へ思い切って踏み出せば、昨日見た銀髪の美少女がこちらを振り向いた。

 けれどそこにいるのは一人では無くて、


「ナタナエル殿下?」


 不機嫌顔のナタナエルと、静かな表情のラフィムが立っていた。


「殿下とお祈りをご一緒したいと思ったのよ」


「……はい」


 ふわりと微笑むリュフィリエナにシーラはカーテシーを取った。ナタナエルは舌打ちしてそっぽを向いた。


「僕はシーラを呼びつけたと聞いたから来たんだ。何かあってからでは遅いからね」


 シーラはあれ? と思う。

 今日は一人らしい。いつも影のように側にいる近衛がいないようだ。ラフィムはリュフィリエナの騎士だろうし。


「ナタナエル殿下、お一人ですか?」


 シーラが声を掛けると、ナタナエルは少しだけ意外そうな顔をした。


「身分の低い者から声を掛けるのではありません。不作法でしょう。わたくしの侍女となるのなら、その辺りの教育は徹底しないといけないわね」


 眉根を寄せるリュフィリエナにシーラは頭を下げた。

 確かにそうなのだけど……気になるじゃないか。万が一があったらどうするのだろう。

 ラフィムは騎士団で五指に入る腕前と聞いてはいるけれど。


「じゃあ始めましょうか」


 早々に気を取り直したリュフィリエナが、聖書を取り出しにっこりと微笑んだ。


 ◇ ◇ ◇


 お祈りの時間……退屈っ!

 

 全国の敬遠な宗教信徒の皆様ごめんなさい。私にこれは苦行です!

 リュフィリエナは聖書を一章音読した後、あとはひたすら瞑想の世界に沈んでいる。

 木立に囲まれたささかな空間は、穏やかな時間と共にシーラを睡魔にそよそよと誘う。


 眠い……


 チラリと横を見れば祈りを捧げる聖女とナタナエルが見えた。ラフィムは護衛の為直立しているが、シーラと目が合い苦笑した。


 かあっと顔が熱くなるのを感じ、さっと目を逸らして再び目を瞑る。

 本来ならシーラも祈りを捧げる二人の見守り役の筈なのに……リュフィリエナがどうしても祈れと言うので、何となく平和な世界を願って祈ってみたが、そんなもの一言で足りる。あとはどうすればいいのか分からなくて、唸ることしか出来ずに困っている。


 ナタナエルは何を祈っているのかな。

 そんな事を考えていると、土を踏む音と共にもう一人祈り人が現れた。


「やあ、リュフィリエナ王女。ナタナエル」


「ロイツお義兄さま」


 目を開けふわりと笑うリュフィリエナに、ナタナエルは言いたい何かを口の中で噛み砕き、消化した。


「二人共、ちゃんとお祈りをしていたかい?」


 そう言って笑いかけたロイツは、シーラを目に留めると露骨に顔を顰めた。


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