17. ある夜の会話
ずんずんと進むナタナエルに手を引かれ着いたのは、王宮の庭だった。
あのサンルームから見えたものとは違い、どこか長閑な雰囲気の庭だ。
「あの……よろしかったのでしょうか……」
シーラはぽつりと呟いた。
「知るか。僕は今日はもう休むから、お前ももう帰っていいぞ」
そう言って、ひらひらと手を振りナタナエルは王宮の自分の部屋へと戻って行った。
「あ、はい。お疲れ様でした……」
掛けた言葉にナタナエルはぴくりと脚を止める。
「お前は……」
肩越しに振り返る瞳は先程よりずっと冷静で、だけど何かの熱を孕んでいるようにも見えて、シーラははっと息を呑んだ。
「どうせ忘れているんだろう……僕の言った言葉なんて」
「……」
何も答えられず瞳を揺らしていると、ナタナエルは、ふいと踵を返し、そのまま王宮へと入って行った。気配を消すのが上手な近衛も後を続く。
爽やかな風がさらりとシーラの頬を撫でて通り過ぎた。
その風が来た方を見れば庭園の小さな花壇で花々が揺れている。
「覚えてるよ」
小さな声で口にする
不器用な花冠
おもちゃの指輪
頬に口付けた事
────シーラ、大人になったら僕と結婚してくれる?
シーラはそっと頬を押さえた。
◇ ◇ ◇
シーラは登城して、マナー教育を受けながらナタナエルの遊び相手を仰せつかった。
初めて会った王族はとても可愛い男の子だった。
シーラは末っ子だから弟妹はいない。だからこんなに可愛い子と友達になれる事を素直に喜んだ。
二人で庭を駆け回り、食事を共にして沢山遊んで過ごした。
けれどそのうちナタナエルは何かを言いたそうに口籠もるようになった。
シーラはこの小さな弟が自分に懐いてくれていると自覚していた。だけど、自分の立場で望めるのはそれまでで、万が一にもその先があってはならない。
シーラは必死に誤魔化した。
ナタナエルが口に出来ないそれを、あえて目を逸らし、気づかぬように振る舞った。
────嘘つき
ナタナエルはシーラを睨みつけて呟いた。
動揺するもシーラにはそれしか無かったのだ。
ただの小さな恋心。
すぐに忘れ去られるそれ。
嘘なんてついてない。
なのにナタナエルは許せないとばかりにシーラに意地悪を始めた。
城仕えの自分には耐えるしか無かった。
◇ ◇ ◇
月が静かに部屋を照らす夜。
室内で貴人が三人、顔を突き合わせて話に耽っている。
「次の王となる者がいない」
ぼやく声に魔王はため息を吐いた。
「……あなた方が僕を警戒し、隣国の宗教教育をした結果、あの王子はあっさりあの国に洗脳されてしまいましたね」
その言葉に国王は項垂れた。
「そんなつもりは無かった。あの子の意思を尊重しただけだ」
はあ、とため息をつく。
「頭の悪い子では無いのだが……」
「話が通じない時点で馬鹿でしょう。何でも神の為だと言い換える思考回路には舌を巻きましたが」
「パブロが早まらなければ……」
「……無理ですわ。きっとあの子が王になれば、彼の言う未来となっていたのでしょう」
そっと国王を窘めるのは、この国の王妃だ。
「弟の子を王位につける算段でもするか」
「……私は彼が王になっても構わないのですが」
王妃の言葉に国王は渋面を作った。
「異形に国を渡すのか」
「……けれど、あの時私たちを救ってくれたのも、確かに彼なのです」
魔王は静かに立ち上がった。
「お断りです。僕は別にこの国が欲しい訳じゃない」
「けれど、あの子には侍女頭に申しつけて、十分な教育を施してあります。あの子が応じれば叶う事。身分は如何様にもなりましょう」
「……それ以前の問題なので」
立ち上がり、辞去しようとする魔王に国王が声を掛けた。
「というと?」
魔王は、はあと息を吐いた。
「僕はまだ彼女に、愛されておりません」
王妃は、まあと口元に手をやり顔を綻ばせた。
「僕は……一方的に想うだけではでは無く、愛されたい」
国王もまた、はあとため息を吐く。
「だからお前はパブロと気が合うのだろうな……」
「どうでしょう。彼は僕に感謝と憎悪を抱いておりますから。お互いの気持ちに似通ったものを感じたとしても、仲が良い訳ではありませんよ」
そもそも彼は間違いなく父親似だ。
チラリと寄り添う王と王妃に目を向けた。
「……そうか。まあ、いずれにしても、どうしようか」
「どうしましょうかねえ……」
仲良くため息を付き合う二人を背に、魔王は部屋を出た。




