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16. ヒロイン


「全く……どう言えば伝わるんだろうね」


 小さく息を吐き、ナタナエルはシーラの首に顔を埋めた。


「ひぃっ!」


 思わず飛び出た動物の鳴き声のようなそれに、慌てて口に当てた手は間に合っていない。


「僕はあなたとは結婚しません、リュフィリエナ王女。ここにいるシーラだけが僕の妻であり、あなたを側妃に(・・・・・・・)迎えるつもりはありません」


 その台詞にリュフィリエナは一瞬きょとんとした後、初めてシーラに目を向けた。

 何故こんなものがこんなところにあるのか、と言う瞳で瞬いて、シーラを射抜く。


「……地味な方ですね」


 んぐさっ!


「だから殿下はそんな色合いの服をお召しで……確かに何を着てもお似合いですが、それではあんまりですわ」


 その言い草こそあんまりでしょうよ。

 シーラの色合いは確かに地味だと自覚があるが、自分では案外気に入っているのだ。放っておいて欲しい。


「そのドレスもわたくしの方が似合うと思うのです」


 ……それは確かにそうだろうけれど。

 自分の着ているものをじっと見つめられるというのは居た堪れないものである。じゃあどうぞと差し出す訳にもいかないし。


「やめてください気持ち悪い。何故あなたが僕の色を身につけるのですか」


 げっ。


「……はっ?」


「ナタナエル!」


 この暴言はリュフィリエナにも刺さったらしい。ロイツも顔色を変えて怒っている。


「お前が捻くれているのは知っているが、女性に対してその物言いは無いだろう!」


 司祭様が実の弟に捻くれてるって言った。

 ……この人絶対修行不足だろう。なんだろうメシェル国の患者かな。あ、間者か。でもこの視野の狭さじゃ隠密なんて無理そうだけど。


「兄上がそれを言いますか。もういい加減僕と王女をくっつけようとするのは諦めて下さい。父上と母上も反対されているのでしょう?」


 その言葉にロイツはぐっと言葉に詰まる。

 まあ……どう贔屓目に見ても、これだけ隣国の国教に傾倒してたら国の乗っ取りを考えられてもおかしくない。王女まで連れて帰って。しかも弟にあてがう辺り、向こうにとっては棚ぼたな展開だろう。


 司祭になれたというのもそんな事情を考えると、この人の人格の信憑性は薄れるかなあ。これが我が国の次期国王か。譲位前から支持率は怪しいものだ。


 ロイツの視線がジロリとこちらを睨んだので、シーラは飛び上がらんばかりに驚いた。心の声が口に出た訳じゃあ無い……よね。散々に罵っていた言葉が自分の首を絞める想像が頭を(もた)げ青褪める。


「彼女がいいと言えば良いのでは?」


 やめて、巻き込まないで。


「そんな事言う訳ないでしょう」


 待て、何故そこでプレッシャーを掛ける?

 二対の碧眼に有無を言わさぬ圧を掛けられ、シーラは喉を鳴らした。


「……おやめ下さい。わたくしの為に喧嘩なさらないで」


 リュフィリエナがそっとため息をついて口を開いた。


(いさか)いは精霊に嫌われてしまいますわ」


「……」


 彼女ってリュフィリエナ王女の事だったのかな。前後の会話から勝手に自分の事だと勘違いしてしまったけど……あれ、これって私が恥ずかしいやつなんだろうか。


 本気で場違いな思いが込み上げ、シーラは途方に暮れた視線をナタナエルに向けた。


 初めて見ましたこんな顔。呆れと嫌悪と侮蔑が混ざった複雑な表情がリュフィリエナを捉えていた。

 けれど、それすら嬉しそうに受け止め、はにかむリュフィリエナと、そうして見つめ合うナタナエルに、不思議と(もや)が掛かる自分の胸に首を傾げた。


「もういい、行くぞ」


 そう言ってナタナエルはシーラの手を掴んで扉に向かった。


「あ、ナタナエル様待って」


「待ちなさいナタナエル」


「お帰りください王女殿下。繰り返しますが、僕はあなたと結婚しません。あと勝手に名前を呼ばないで下さい。不愉快です」


 くるりと振り向いたナタナエルに、リュフィリエナは嬉しそうに微笑んだ。


「わたくしたちの出会いは運命だと思うのです。精霊も最初は試練を与えるものですもの。わたくしたちのこの出会いを、いつか子どもたちに話して聞かせてあげましょうね。わたくしの事はリュフィとお呼び下さいな」


 ナタナエルは忌々しそうに舌打ちし、シーラを連れて部屋を出た。

 ロイツの声が追って来たが、ナタナエルが止まる事は無かった。


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