13. 隣国の聖女
馬子にも衣装とは良く言ったものだ。
シーラは鏡の前で面食らう。
メイドたちの必死の形相の成果がここに生きた!
彼女たちの作業中、シーラは先程のナタナエルの冗談を取り繕おうとしたのだが……全く相手にされなかった……
首を少し動かすだけで叱咤され、喋ろうとすれば化粧中だからお静かにとピシャリと言われた。
そして今はきっかり四十分後に部屋に入って来たナタナエルも隣に並んで鏡を見つめている。その様子をメイドたちは壁際で固唾を呑んで見守っている。空気が重い。
「じゃあ行くぞ」
ナタナエルは何の感想もないままシーラに手を差し伸べ、エスコートを促した。
「……はい」
最早何を聞いても腹に落ちる答えなど返って来まい。
シーラは大人しく手を差し出した。
◇ ◇ ◇
そういえばヒールなんて履いた事無かった。シーラはデビュタントを迎える前に王城にあがったから。
「……」
こんなに綺麗なドレスを着て、王子様に手を引かれ、私は今とても幸せなんだろうなと、ふと過ぎる思考に別の記憶が刺激される。
「……?」
まただ。
思い出せそうで出せない何かがシーラの中で燻っている。
思わず眉間に皺を寄せると、ナタナエルが振り返った。
「ここだ。いいか、ちゃんと僕に合わせるんだぞ」
返事をする間もないまま、扉の向こうに連れ去られた。
◇ ◇ ◇
そこは庭園の一角にあるサンルームだった。
光を柔らかく乱反射して、室内は明るく輝いている。
庭を鑑賞しながらお茶をするのには最適な空間。
妙齢の女性には虫を嫌う者が多いので、こういう場が好まれる。
そこに座る一対の男女にナタナエルが丁寧にお辞儀をしたので、シーラも慌てて淑女の礼をとった。
「お久しぶりです。ロイツ兄上」
「ああ、ナタナエル。元気そうだね。背が随分伸びたようだ」
シーラの頭の中で閃光が走った。
第二王子!
彼は神をこよなく愛する宗教家であり、聖精祝の会の司祭だ。
短い期間でシーラが手に入れた彼の情報などその位で、個人的にはそれで十分だと思っていた。けれどこんな場面に出くわせば、何故もっとよく調べておかなかったのかと過去の自分を詰りたくなる。
いや、責めるべくは隣の第三王子か?
何の説明もなくこんなところに引っ張りこみおって。
思わず据わりそうになる目に力を込め、全力で笑顔を作り上げる。
改めて顔を上げて第二王子ロイツをそれとなく眺める。
色の薄い金髪に綺麗な碧眼が眼鏡の奥から覗いている。
一見穏やかに澄んでいるその瞳には、油断ならない何かが秘められているように見える。
「ナタナエル、こちらがリュフィリエナ王女だよ」
「……」
シーラの事を綺麗に無視し、向かい合う女性に声を掛けると、リュフィリエナはロイツの手を借り、ナタナエルの前まで歩み寄った。
「初めまして、ナタナエル殿下。わたくしはメシェル国の王女、リュフィリエナと申します」
シーラが行ったそれとは比べものにならない優雅な所作で、リュフィリエナは淑女の礼をとった。
それは隣国で聖女と呼ばれる王女の名前だ。シーラは目を丸くした。
柔らかい癖を描く神々しいまでの銀髪に、アメジストのような目が煌めいている。その名の通り神秘的な美しさを秘めた美女である。
この綺麗な王女様がナタナエルのお見合い相手かあ。
……それにしても、あまり考えたくないが頑張ってくれたメイドさんたちに申し訳無くなってくる。必死に飾り立てて来た自分が恥ずかしい。暗くなる思考を振り払うように、隣国情報に思いを馳せる。
隣国には昔魔族が大量に発生し、その際魔王を名乗る魔族が姫を攫ったのだ。奇しくも朝ラフィムから聞いた御伽噺はメシェル王国のものだった。
……確かその際姫を助けた勇者が王族になったのだ。王にはならなかったと思うが、傍系から直径へ嫁いだ事もあったのだろう。今ではメシェル王国は精霊の加護を受けた勇者の血筋を受け継ぐ国とされ、聖霊の国────メシェル王国と呼ばれている。
成る程その国の王女ならば確かに聖女と言わしめんとなるだろう。
ふむふむとシーラが一人得心していると、隣から冷えた声が聞こえてきた。
「初めまして、ナタナエルと申します」
その台詞にリュフィリエナは花咲くように笑っているが、シーラは生きた心地がしなかった。
……非常に機嫌がよろしくない。付き合いが長いせいでそんな事が分かってしまう。チラリとナタナエルに目を向けると憮然とした表情が目に入った。




