11. 信仰に厚い第二王子
「あの、何だかご心配をお掛けしてしまったようで、申し訳ありませんでした」
何故自分が謝っているのかよく分からないが、所詮そんな性分なのだ。減るもんでも無いし、まあいいかと詫びておく。
「いや、こちらこそ突然すまなかった。私は祈りを捧げてから戻るが、君もどうだ?」
「いえ……仕事がありますので……遠慮しておきます」
というか、シーラにはあまり信仰心が無い。隣にいては雑念でラフィムの邪魔をしそうな気がする。
「そうか、何かあったらここに来るといい。私は毎朝ここで祈りを捧げているから」
「……そうですか。分かりました」
多分何の用も無い気がするが。シーラは丁寧に侍女のお辞儀をした。
「ああ、それと、君は知っているかい? もうすぐ第二王子殿下がお戻りになるそうだよ」
「第二王子?」
急に輝き出したラフィムの顔にシーラは瞳を瞬かさせる。
そういえばこの城で第二王子の話は聞いたことが無かった。感心が無い事もそうだが、城にいる間に全く噂を聞いた覚えが無いって何事なんだろう。だがラフィムのこの反応を見るに……
「もしかして第二王子は聖精祝の会の方なのでしょうか?」
その質問にラフィムは破顔した。
「そうだ。殿下は厳しい修行に耐え、司祭の資格を賜った聖者なのだよ」
……痛い人では無いだろうな。
第一王子が廃嫡し、次期国王の座に着く人が宗教家かとなるとは。ただ信仰心が厚いだけの人ならいいんだけど。
シーラは曖昧に微笑んだ。
◇ ◇ ◇
「第二王子? なあに急に」
シーラの質問にアンティナは小首を傾げている。
先程はシーラがいない事に動揺し、部屋で立ち往生し泣き出しそうな顔をしていたが、立ち直ったらしい。
シーラが朝早く起きる事がそれ程信じられないのだろうか。たまたま朝早くに目が覚めたので、散歩に行ったのだと話したら驚愕された。
「目が覚めても絶対に二度寝して寝坊するシーラが!」
……自分を正確に理解している友人がいる事に感謝するべきだ。
支度を終え、いつものように二人連れ立ち、侍女頭の待つホールへと進む。
「そう言えば聞いた事が無いなって。第一王子殿下が臣下に降られるでしょう? 次期国王になる方について何も知らないなあ、って思ったの」
「ふうん、まあ流石に誰もが気にするところよね、それ」
そうなのだ。城勤めの人たちの口上に上がってもおかしく無いのに、そんな話がなかなか聴かれないのは、おそらく渦中の人物、第三王子を恐れての事だろう。
もし第三王子が王位を狙っているのだとしたら、第二王子は太刀打ち出来るのか。恐らく彼の人となりを知るという者が全く声を上げないところをみると、あまり期待出来ないような気がする。
シーラが来る以前からここにいる人物なら勿論知っているだろうが。彼らの多くは古参の使用人で、シーラのような一介の侍女が気安く話掛けられるような立場ではない。
掛けたとしても、どう見ても第三王子の派閥扱いのようなシーラには教えてくれないと思うのだ。
因みにアンティナは去年からの勤めなので知らない筈だ。
だがシーラでは聞けない噂話を仕入れたりしてないかな、と。こっそり期待しただけだ。
別に第二だろうと第三だろうと、どちらが王になろうとどうでもいいのだ。ただ毎日を平和に生きられればそれで────
「……?」
「ん? どうしたのシーラ?」
違和感に、シーラははたと動きを止めた。アンティナが首を傾げる。
「ううん。何でも……ない……?」
「なあに? 何で疑問系なのかしら」
アンティナの問いにシーラも首を傾げた。
「……さあ……」
ただ、前にも同じ事を願った事があるような気がしたのだけど。いつだったか……?
自分は信仰など持たない人間なのだが。
だが角を曲がれば、そこは侍女たちの集うホールであり、シーラたちは自然とお喋りの口を噤んだ。