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10. 逢瀬


 早朝に城内の敷地にある、セラハナの木の下で待ち合わせをした。その巨木を囲むように木々が生い茂り、小さな森のような作りになっている。


 朝の澄んだ空気が厳かな雰囲気を醸し出し、シーラはいつもと違う朝にどきどきと胸が高鳴った。

 人の立ち入りを感じさせない草の踏み心地を噛み締めながら、セラハナの木を見上げる。


 古代樹の末裔と呼ばれるこの木は、御伽噺で伝説の聖剣を産んだ、神樹の苗木から育ったと言われている。


 霊験あらたかなこの場所は、基本人の出入りを許されていないが、信仰心の厚い城勤めの人たちの祈りの場として、朝から昼までの時間解放されている。


 ただそれ程多くの人間が来る訳では無いけれど。

 なのにシーラはこの場所が身体に妙に馴染むので首を捻る。自分の内面は案外信心深いのかも知れない。

 シーラは木を見上げながらそわそわと待ち人を待った。


「シーラ嬢」


 穏やかな声が後ろから掛けられて、シーラはばっと振り向いた。


「ほ、本当に来た……」


 口にすると違和感しか無い台詞だが、本気でそう思うのだから仕方がない。


「遅れてすまない」


 申し訳無さそうにはにかむ顔に赤面してしまう。


「い、いエ……私も今来たところでしっ……す」


 噛んだ。

 恥ずかしさに思わず顔を俯けると、くすりと上から笑った声が落ちてきた。


「良かった。早すぎたかと思っていたんだ。来てくれてありがとう。嬉しいよ」


 思わぬ言葉にシーラは顔を跳ね上げた。


「と、とんでも無いです!私……私は……っ」


 ラフィムはふわりと笑い、シーラの肩に手を置いた。驚きに身体が跳ねる。


「シーラ嬢」


 ふと表情を消し、こちらを覗き込むラフィムにシーラは息を飲んだ。


「君は……」


「は……ぃ」


 胸元で握る拳に自然と力が入る。ごくりと喉を鳴らして新緑色の瞳を見つめ返した。


「君は魔物に取り憑かれている」


「……は?」


 思わぬ言葉にシーラは目を丸くした。



 ◇ ◇ ◇


 昔々あるところに魔王に苦しめられた国がありました。

 魔王は魔物を率いて国を脅かし、とうとうお城までやって来ました。


 その国の王様には至宝とも言われる王女さまがいて、魔王は王女さまを攫っていきました。

 王様は王女さまを助けるべく、勇者のパーティを結成します。


 そして勇者は神樹と呼ばれるセラハナの木の精の加護を受け、聖剣を手に入れました。

 精霊の加護の宿った聖剣で勇者は魔王を倒し、王女さまは無事勇者に助けられ、国に戻る事が出来ました。


 けれど勇者は魔王との戦いで深い傷を負ってしまったのです。

 王女様は嘆き悲しみセラハナの木に祈りました。

 そうして勇者に口付けると、勇者の傷は見る間に治ってしいきました。

 王女さまは精霊に深く感謝しました。


 こうして精霊の加護を受けた王女さまは聖女と呼ばれるようになったのです。

 魔王の脅威から国を救った勇者に、王様はこの国一番の宝を与える事にしました。


 聖女となった王女さまもまた、自分を命懸けで助けてくれた勇者に恋をしていたのです。

 こうして二人は結婚し、国は長く平和が訪れる事になりました。めでたしめでたし。


 ◇ ◇ ◇


「……はあ」


 真面目に御伽噺を語るラフィムに生返事をし、シーラは自身に起こっている状況を直視出来ずに固まっていた。


「私は勇者の子孫なんだ」


「……へえ」


「最初は君自身が魔物なのかと疑ったが、昨日渡した紙に聖印を施して試してみたところ、君は気にせず触れていたから違うと確信出来たんだ」


 ああ、あれ……何か落書きしてあると微笑ましく思っていましたけど、今は引いています。聖印て何?


「君の周りに疑わしい変わった人間はいないかな?」


 自分の事を言ってるんだろうか……


「……いえ」


 いや、まあ現実はこんなもんよね。知ってた!

 憧れの騎士様が、平凡な自分を密かに見初めてくれてた! なんて、巷で人気の小説じゃああるまいし。

 どことなく噛み合わない空気に気づいたのだろうか、少しばつの悪い顔でラフィムは頭を掻いた。


「すまない。私は良かれと思ってやっているのだが……急にこんな事を言われて困らせてしまったかな」


 急な常識的の台詞に慌てて手を振る。


「いえ! すみません! 全く実感が無い話でして! 魔物ですか? それって確か聖精祝の会が脅威を取り払ってくれたと記憶しておりまして!」


 ……そうなのだ。


 確かに魔物という概念はこの世界には存在する。

 けれど、御伽噺にあったセラハナの木。彼らはこれを嫌うそうで、この木があれば近づく事は無い……らしい。


 今や神樹と言われた精霊の宿った木の苗木が、世界の至る所で大木となり人々を護っている。魔物なんて、とんとお目に掛からない。


 しかし、管理者を名乗り『聖なる精霊による祝福の教会』、略して『聖精祝の会』は、その加護を忘れる事を許さず、熱心に植栽活動を続けていると記憶している。


 以前シーラの実家にも苗木を売りに────もとい、普及活動に会員が来ていた。

 セラハナの木は白い幹に柔らかい緑色の葉のついた、その名に違わぬ神秘的な様相の木だ。


 御伽噺から派生した噂では、生命力が強く、他の生き物に命を分け与えるとまで言われている。他の植物への影響もなく、縁起物で育てやすいという理由から、我が家でも一株買ったものが庭で茂っている。


「その……ヤムクル様は、聖精祝の会の方なのでしょうか?」


 もしかして布教活動の一環だろうか。

 恋の予感にうきうきして来て、結果そんなだったら悲しすぎる……


「ああ。私は聖精祝の会の者だ」


「……」


 目も当てられないな、私。


「しかし……」


 途端に屈み、ずいっと顔を近づけるラフィムにシーラは息を呑んだ。近い近い近いイケメンが近い!


「昨日より少しだけ顔色はいい様だ。聖印が効いたかな?」


 そう言って嬉しそうに、懐から小瓶を出して掌に中の水分を振りかけている。

 何だそれと思っていたら、いきなり額に塗ったくられた。


「ぶっ!」


 口に入った!


「心配しなくていい。これは聖水だから」


 そういう問題じゃない。

 ぐりぐりと遠慮なくこすりつけてくる手には、本来なら何かもっとこう、ときめきめいたものを期待したかった。

 どうみても怪我した犬に薬を塗ったくる飼い主か、獣医の治療だ。義務による後者より前者の方がまだ情を感じるか。……って、何だその比較。


「私は司祭の資格は持っていないから、仏魔は出来ないけれど、これで君から災いが去るよう、心を込めよう」


「……」


 勝手に想像していた人とは違う様だけど、悪い人では無いみたいだ。目を閉じ熱心に祈りを捧げる姿は、やっぱりカッコいい。


 シーラはこっそりと美形の無防備な姿を堪能させて貰った。


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