勇者パーティーは鍵がない
今回はタイチを追放した後の勇者パーティーの話。
盗賊王と盗賊たちが作った国は豊かだった。大河がもたらす肥沃な大地は十分な麦を与えた。王たちは今や外から盗むことはない。舞台は国内に代わっていた。豊かな国にも絶望はあり、欲望は尽きず、野望が絶えることもない。盗賊王は民の絶望を盗み、官の欲望を盗み、兵の野望を盗んだ。――王国建国史より
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王都の北の森にはとある男爵が所有する狩り場がある。最近そこで地下遺跡が発見された。冒険者ギルドの事前調査班も立ち入っていない、まだ名も無い未踏遺跡に、レイジたち勇者パーティーはいた。
レイジは包帯だらけのアンデッド数体を聖剣で切り伏せながら言う。
「ヴィルヌーブのお陰だな。未踏遺跡なら相当に聖卵を溜め込んでいるだろう」
「なんの、ドゥメール男爵様のお取り計らいである。『勇者が挑むまでは冒険者ギルドとて我が領地に立ち入ることまかりならん』と手付かずで保全してくださったのだ」
「わたくしが腕のいい?新メンバーを連れてきたのも忘れないでくださいな。ここは階層数もわからない未踏遺跡。最ご……いえ、これからもっと稼ぐためにここで大きな実績を作りませんと」
「フン、君は金のことばかりであるな。新入りの報酬は安いのだ、文句はローレイヌが責任もって処理したまえ」
「ヴィルヌーブがそれを言いますの?」
「まぁまぁ。新人の二人は確かに優秀だな、似てるけど双子かい?」
「「うす」」
双子の新人は鉄仮面で顔を覆っているので、顔は似ているかもわからないのだが。筋骨隆々の大男たちで上半身は裸だ。レイジは体つきで判断したのかもしれない。
片方は大斧、もう片方は大剣を片腕で振り回す。びちゃりとゾンビの胴を裂き、残りの三体にとりかかろうという時、小さい人影がすり抜けていった。
「ちんたらしてんじゃねぇよ……」
大剣一閃、ゾンビ三体が黒い煙となって消えた。すっかり無口になった獣戦士ラウだ。
勇者の結婚宣言で灰になったラウを、新人二人が担いで馬車に乗せた。遺跡に着く頃には灰から復活を遂げたが、戦闘が始まると狂ったように突進する。
「今日はラウも本気だな。ここのアンデッドはかなり手強いのに、お陰でもう6階層じゃないか」
「…………」
ラウがレイジに答えずブヨブヨした巨人を一刀両断すると、先に6階層への階段が見えた。
レイジは鈍い。だからラウの様子がおかしいのは気合いの表れだと思っている。
ヴィルヌーブはレイジが姫と結婚した後の自身がどう栄達するかを描き、それどころじゃない。
ローレイヌはここで大きく稼いでパーティーを抜けようと考えている。だからいざという時に備え、手駒を新メンバーとして加入させた。やめる職場のことはどうでもいい。
そして突出するラウと新メンバー、さらに勇者という過剰火力のせいで、もしくはそれがなくとも、ろくに探索せず先へ先へと進んでしまった。
本来調査を繰り返して少しずつ活動範囲を広げる遺跡攻略。それを情報なしに行う怖さを、勇者パーティーはまだ知らない。
***
「そろそろ休まないか」
「賛成ですわ。もう10階層はおりましたわね?」
「12階層だローレイヌ、それくらい覚えてもらわねば困る」
「……そこの部屋はどうだろう、セーフゾーンじゃないか?」
「「開かないっす、旦那」」
「…………」
怪力の双子が開けられないのだから、施錠されているのだ。
ラウを除くメンバーはまたか、と肩を落とし壁にもたれた。
ローレイヌは座り込んでいる。
「来るぞ」
ラウが天井を這いずる四足歩行の人間……のような魔物を突き殺す。レイジたちものそのそと重い体に鞭打って迎撃した。
「もう立てませんわ。どうして休むところもないのでしょう……?」
ローレイヌは双子の大斧の方に背負う栄誉を与えた。
「入れる部屋は魔物が集中しているところばかりではないか……通路ではこうして襲われさっぱり休まらぬ」
ヴィルヌーブもおんぶを所望したが戦力が減ると断られた。
レイジは床を這う紐状の何かに聖剣を突き立て、ため息を吐いた。
「たいてい5階層ごとにセーフゾーンがあるから、ここもそうだと思ってたよ……」
「鍵のかかった部屋ではないのですか? ここまでいくつもありましたわ?」
「それは違うな。ここまで階段までほぼ真っ直ぐ進んできたけど、鍵なんて落ちてなかっただろ? なら僕らが開けるべき扉じゃない」
「……であるな。しかしもう5分や10分の休憩では足りぬぞ。僧侶の加護といえ失った体力は回復できぬ」
「いやですよ? ここまで来て引き返すなんて」
「なに、このくらい切り抜けてみせるさ。必ず姫が待つ王都へ帰るんだ――階段が見えた、皆、新生勇者パーティーの力を示すぞ!」
「……ばっかみたい」
巨大スケルトンを砕いたラウが悪態をついた。
時刻は夜7時過ぎ、タイチが衛兵詰め所でマリーを泣かせている頃、疲弊した勇者パーティーは12階層をさらに下った。
次回は聖遺物の話。