勇者パーティーは火気厳禁
今回は勇者パーティーの最期。
最下層の小部屋に、ボロボロになった勇者一行が転がり込んだ。
追ってきた魔物、全身に注射器を生やした不定形は部屋の手前で、急に興味を失ったように引き返していった。
「……くそっ、双子がいねぇ、やられちまったか! おいレイジ、わかってんのか!? もう戦うのも逃げるのも限界だ!」
「……ア、ア、アァァア、ラウは無事カ、ヨカッタョ……双子は残念ナことをシタナァ」
「……くっそまたかよ、ヴィルヌーブ! レイジが聖水切れだ! ったく、あたしの倍は使ってんじゃねぇかよ」
最大の損耗は見失った双子だが、レイジもひどい状態だ。頬はこけ、血の気がなく、手足が痙攣している。言語機能もおかしい。魔物の毒を受けたわけではない。どう考えても、今ヴィルヌーブが打っている注射が原因だった。
「やはり遺跡での聖水使用は問題である……それよりもラウよ、お主の方が重傷だが……」
「問題ねぇ、聖水キメとけば痛くねぇからな」
ラウは左腕の肘から先を失っていた。しかし魔力切れを起こしたヴィルヌーブでは止血が精一杯だったのだ。ローレイヌが造血剤を作っていなければ死んでいた。
「そもそもそのクスリ……いえ聖水?はそうじゃぶじゃぶ打つものではありませんわ? わたくしには二人が生きてる?ことの方が不思議ですのよ?」
作った本人が言うのだからそうなのだろう。前衛職の身体強化がなせる業だ。
少し顔色がよくなったレイジは、先ほどから魔物がこの部屋に入ってこないことに気付いた。
「皆、ここはセーフゾーンだ……! ようやく見つけたが……もう何階層かもわからないな。運が良ければそこの扉の先はボス部屋というわけだ」
「レイジ……もしかしてこの状態でボス?と戦う気ですの……? ラウが大けがして、双子?はいなくなったんですのよ? あの双子……逃げたに違いありませんわね?」
実のところ双子は逃げていない。一人は落とし穴、もう一人は転移罠にかかって9日分の食糧もろとも姿を消しただけである。
「安心してくれ、僕だってそんな無茶はしないさ。みんな消耗しているからここで態勢を整えよう。そこに水場があるから食事もとれるし、ローレイヌは錬金に水が足りなかっただろう? まず魔力回復薬を生成してヴィルヌーブを回復、そしてラウの怪我を治す。それを目安に休憩しよう」
「そうであるな……回復さえすればよいのである。私としたことが疲れて弱気になっていたようだ。今は次の間がボス部屋であることを祈りつつ休むべきである。今回のような過酷な冒険譚を持ち帰れば、ドゥメール男爵様とカーボン商会はさらにご支援くださるはずだ」
「持ち帰るのはお話?だけでは困りますよ? あら、いつもはヴィルヌーブが言いそうなことですわね?」
ともあれ食事だ、ということになった。ここは天井が高く、通風も感じるので火を起こせる。疲労しきった身体は暖かいものを求めていた。
仕事柄火の扱いに長けたローレイヌは調理用の火を起こすため、オイルコンロを出して着火剤を床で擦った。
火花が散った途端、火が床を不自然に走った。それは大きな円を描き、規則的な角を描き、神代の文字を描いた。魔法陣だ。開いていたはずの扉がひとりでに閉まった。
「まずいっ、罠だ!」
レイジが扉に飛びついたが、びくともしない。
その間にも魔法陣は輝きを増し、部屋に光が溢れた。
盗賊などいらないと言ったのは誰か、という類の罵り合いもすぐに静まり、魔法陣が輝きを失う。
あとにはオイルコンロだけが残っていた。
後に《閉鎖病棟》と名付けられるこの遺跡は難易度・中の上程度。やたらと恐怖を煽る作りだが中堅冒険者でも踏破できる遺跡と認識された。
その程度の遺跡で勇者パーティーが消息を絶ったことは、冒険者の間で謎として語り草となる。
しばらく経って、最初にこの遺跡を踏破した盗賊の男は言った。
「ボス部屋前のセーフゾーンに見覚えのあるオイルコンロが落ちてたけどなぁ……使った形跡無かったし、使わねぇだろ、普通。壁に《火気厳禁》って書いてあんだから。もちろん神代語でな?」
次回エピローグ。