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頂きに参上しました

 9時の鐘が鳴る少し前、オレは倉庫の中でガラの悪い連中と鬼ごっこをしていた。鬼は特製煙玉をぽんぽん投げるオレ。毒ではないが、からしを入れたから目や喉がすごく痛い。作るのも大変(白目)。

 扉から出て行ったのを確認すると、屋根の上に出てゴーグルとマスクを外した。もうこの辺の出入りは《壁抜け》様様だ。板で塞がれた扉は《解錠》しても開かないし。


 見下ろすと表も盛況みたいでなにより。噂を広めた甲斐があるというものだ。酒盛りおっぱじめるとは思わなかったけど。カーボンて意外といいセンスしてんな。


 《認識阻害》を実行したのでこうして顔を見られても支障ないが、今のオレは変装している。夜会に出るようなかっちりした服にマントと帽子まで黒ずくめ、すべてアミのごり押しでリーゼが用意してくれた。


『怪盗の正装ですよ、マスター』


 はいはい。予告状もアミが譲らなかったよな。怪盗へのこだわりがすごい。

 オレとしては貴族に呼ばれてきた芸人の気分だ。《怪盗》加護で何着ても動けるからいいけど。


『怪盗にも流儀というものがあるんですっ! マスターにはどこに出しても恥ずかしくない一流の――』


 お、ごろつきに変装したリーゼが毒で倒れたふり。演技うまいなぁ。


『そりゃ女ですもの。タイチにも負けないわよ?』


 昨夜のうちにリーゼの《通信子機》とリンクした。頭の中に聞こえる声にはリーゼも驚いていたが。


『マスター、そろそろ念話って言ってくださいよー』


 そう、念話念話。左目の視界を共有することもできる。これが今夜の要だ。

 広大な倉庫の中でごろつきたちを出口まで追い込めたのは、リーゼが異常に高精度なマッピングを使えることと、念話で指示をもらえたからだ。

 《気配探知》なしで人の位置わかるとか、遺跡並みの広さを一発でカバーするとか、あのマッピングはすごい。ずるい。


『ずるいのは女の特権よ。そろそろ出番ね、タイチ』


 さて、今倉庫の中には、リーゼが入れ替れるように宙吊りにしておいた、あの指名手配犯しかいないんだが……どうしてマリーがここにいるんだろうね?

 オレは《気配遮断》をキャンセルして姿をさらした。こちらに注意が向いた隙に、リーゼが姿を消す。

 9時の鐘が鳴った。

 なぜかマリーが突入しようとするので焦ったが、抵抗をやめたようなのでほっとした。

 ついでに失敬したワインを一口飲む。うん、高級品。マントをひるがえしてグラスを放り投げた。勿体ないけど演出家アミの指示は絶対だ(確信)。

 それだけのことで下の群衆の視線が動き、呼吸がわずかに乱れ、声が漏れる。

 楽しい。役者ってこんな気分だろうか。でもこれは芝居じゃない。

 オレは芝居がかったお辞儀をして、


「月のきれいな夜にこんばんわ。怪盗ロワが、王都を蝕む欲望の城より麦を頂きに参上しました(ニヤリ)」


 たった一言に怒声と嬌声が巻き起こった。ん? 嬌声?

 どうもご婦人方はこういうのが好きみたいだ。

 《認識阻害》してるから顔も表情もわからないはずなんだけど。


「――古くに詩人が唄った通り、国は麦の上に建つ。国王陛下から路上の自由な人たちまで、貴賤の別なく麦を糧とする、それがこの王国だ。麦は王国の血であり肉である。野望を肥え太らせた豚の餌では、断じてないっ!」


『今よ』


 と、リーゼ。

 オレは遮光ゴーグルをかけて指を鳴らした。

 倉庫の中から光が溢れ、群衆を昼間のように照らす。


「な、何も見えん、真っ白だ! 皆目を守れ! 毒を使う奴だ、この光も危ないっ」

「これは……魔法か? 怪盗ロワとは魔法を使うのか? 広域破壊魔法で倉庫ごと麦を消し去るつもりかもしれん、もっと離れた方がいいぞ! 手をついて、少しずつ離れるんだ!」


 誰かがどよめきの中で言った。

 ただの閃光弾でひどい言われようだなぁ。しばらく何も見えないだろうけど。


 全員目がくらんで動けないようなので、下へ降りて入口から中へ入った。

 倉庫の中はすでに空っぽでさらに広く感じる。遠くで気絶した指名手配犯だけがぷらぷらしていた。


『やったわね、タイチ』


 マッピングで見てもOKか? じゃあリーゼは仕上げの準備に行ってくれ。


 オレは倉庫内の痕跡を消してから外へ出た。目を抑えうずくまる人たちを避けながら道を渡り、向かいの教会の尖塔へ上る。

 さすがに頑丈な冒険者たちはもう立ち直りつつあった。気配で察したのか護衛のリーダーがこちらを指さす。


「いたぞ、教会の上だ!」


 投資家たちも目をこすりながら恐る恐る見上げている。月を背にしているので弱った目にはまぶしいのだろう。

 オレはこの隙に逃げたかったが、演出家アミは妥協しない。


「麦2万トンは確かに頂いた。秋の夜長の怪盗ショー、楽しんで頂けたかな?」


 その言葉に弾かれたように、冒険者の一人が倉庫を確認する。


「麦が、麦が無いぞ! 誰か、運び出すところを見たか!?」

「あの光だ、あれは何の魔法だ!?」


 混乱する冒険者と衛兵たち、言葉もなく崩れ落ちるカーボン、事態が呑み込めないその他に分かれた。倉庫内にいたごろつきたちはとうに逃げたのかこの辺りに見当たらない。

 そして動いたのはやはり冒険者と衛兵たちだった。冒険者のリーダーが、


「怪盗ロワは魔導士だ、距離を詰めろ! 回り込め!」


 3つに分かれて左右正面からこちらを囲む、いい指示だ。優秀な冒険者なのだろう。

 オレものんびりしていられない。


「また一つ、王都の欲望は解き放たれた。では、ごきげんよう。神のご加護を――」


 捨て台詞を残し、教会の裏に降りた。《怪盗》に強化された《変装》で、一瞬にして釣り道具を持った老人になる。竿とバケツどうやって出てくるんだろう?


 教会裏手の川岸に、最初に到着したのはマリーだった。

 息を切らしながらもこちらを警戒しているが、まだ閃光弾のショックが抜けてないのかよろけている。


「む、ご老人。こんな時間に何を?」

「きまっとるじゃろう、月が明るいから夜釣りじゃよ、お嬢ちゃん」

「お嬢……この辺りに誰か来なかったか? そこの教会から逃げてきた、黒い服を着た男だ」

「おお、あんたら、あれか。ずいぶんさわいどったのぅ。もう終わりかね?」

「いたのか、いなかったのか!?」

「そんな怒らんでもええじゃろぅ、さっぱり釣れんのじゃから」

「あの男は……重大な窃盗犯なんだっ、早く捕まえなくては――」

「そういうもんじゃったら、ほれ、そこから飛び越えて行きおった」

「まさか、そんなわけ……」

 オレが指さしたのは川岸の少し高くなったところ。

 そこから対岸まで300メートルはある。当然信じられないだろう。ちょっと行ったところに橋があるから、普通はそちらを渡る。だが、


「あ、あれは……!」


 オレは見えないふりをしているが、夜目が利き視力もいい冒険者や兵士なら見えるのだ。

 対岸で帽子を軽く上げ不敵にも挨拶する、怪盗の姿が。

 その先は王都の南門だ。


「この川幅を……やはりあれは魔導士だな、かなり高位の」


 冒険者のリーダーが追い付いてきた。これは仕方ない、と肩をすくめて見せる。

 すまないが魔法ではない。皆が閃光弾で悶えてるうちにリーゼが橋を渡って回り込んで、オレに変装してただけだ。海を~越えた~♪って歌みたいにはいかない。

 しかしこれで、怪盗ロワは魔導士で南門へ向かった、もう王都を出ただろう、くらいの憶測が出そうだ。ここまですべて(アミの)計画通り。


「そう気を落とすなって……じいさん、ここじゃ何が釣れるんだ?」


 マリーを慰め空気を変えようとオレに話を振るリーダー。いい奴じゃないか。オレとパーティー組まない?


「この辺りじゃあ、オンブル・シュバリエが釣れるんじゃよぉ。ばあさんの好物でなぁ」




次回はカーボンの処遇の話。

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