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今夜頂きに参上します

今回は予告状を受け取った人の話。

 タイチとリーゼが悪だくみをした翌朝。

 王都中心部の商業街。カーボン商会の商館はその中でも指折りの一等地にある。

 秘書が開けた重厚な扉をくぐり、カーボン会長は執務室に入った。ふと、自分のデスクの上に見慣れないものを見つけ手に取る。

 手のひらほどの黒いメッセージカードだ。厚みのある上質な紙を二つ折りにしている。


「なんだこれは?」

「はて、昨日の帰りには無かったものですが……」


 この部屋は毎日秘書が片付けて帰っている。朝いちでデスクに物が乗っていた試しがない。となると誰かが無断で侵入したということになるが、


「住み込みの使用人が入り込んだか? それにしては高級な紙だな……」


 忌々しく思いながらカードを開くと、流麗な金文字で一言。


『今夜9時、2万トンの麦を頂きに参上します。――怪盗ロワ』


 猫のようなイラストも添えられていた。

 麦とは当然、カーボンの大倉庫にある2万トンのことだろう。


「なんだとぉっ!? はっ、盗めるものか、2万トンだぞっ! おい、番頭を呼べっ、大倉庫の警備を増やす! 今夜はわしも大倉庫に行くぞっ、準備させておけ!」

「ロワ……神代語で《王》を指す言葉ですね……」


 カーボンが麦価格を吊り上げていることは周知だ。それを悪く言う者が多いことも知っている。そんな貧乏人の遠吠えは聞くだけで不愉快だった。

 怒りに任せてカードを握るつぶす。

 すると、カードは紙ではなかったのか、握力を押し返して頭ほども膨らみ、目の前で破裂した。

 カーボンは驚いて尻もちをついた後、いらだち紛れにふかふかの絨毯を殴りつけた。


「……それでしたら冒険者ギルドに護衛依頼を出しましょう。優秀なパーティーを手配いたします」

「ああ、金に物を言わせて、腕利きを用意しておけ。コソ泥め、殺して川に流してやるっ!」


 秘書はひとつため息をついた。冒険者は殺し屋ではないので、ここは護衛経験の豊富なパーティーを探すのがベストだ。

 カーボンは気性の荒い商人だ。荒事に慣れた配下も使いのしあがってきた。増強する警備というのも、あの犯罪者たちのことだろう。秘書はもう一度ため息をついた。



                  ***



 その夜。大倉庫からみると向かい教会の上に大きな満月が出ている。秋の終わりにしては暖かい夜だ。予告の9時まではまだ間がある。

 大倉庫にはいくつも大きな扉がついている。今はそれも中央の一つを除いて板を打ち付け封じた。残された中央扉の前は広い荷捌き場だ。営業時間を過ぎたはずのそこは賑やかだった。

 扉の前に陣取るのは当然カーボン、その周りに雇われた護衛の冒険者たち、5人のパーティー。それを遠巻きにするように、人が集まっている。

 どこで聞きつけたのか、麦を預けている商人、もとい投資家たち。物見高い野次馬たち。警邏中だったのか呼んでもいない衛兵数人の姿もあった。最も理解不能なことに軍務卿が来ている。


 カーボンはそれらを一瞥して不機嫌に鼻を鳴らす。

 だが気を取り直し、愛想よく持ち込んだワインを開けて振舞った。

 人の不幸を見世物にされて忌々しいが、せいぜい盛り上げて投機の宣伝に使ってやろう

という腹である。

 街灯は少ないが、かがり火を置いたし、満月に照らされて十分明るい。

 頭上の《現在の麦相場 銀貨2.99枚/10キロ》が読めるくらいだ。

 こんな時にワイン樽と大量のグラスを持ち込んだ秘書はできる男である。カーボンは少しだけ感謝した。一番えらいのは優秀な秘書を雇った自分だ。


「さぁ皆さん、このようなところに居合わせたのも何かの縁。怪盗とやらが間抜け面を見せに来るまで、社交の時間といたしましょう」


 乾杯すると控えめな歓声があがり、怪盗のことや商売のこと、儲けた金で買う予定の別荘のことなど話題は移ろった。

 カーボンは気になっていた軍務卿に探りを入れる。


「これは軍務卿閣下までお越しとは恐れ入ります。ドゥメール男爵様と勇者様もお呼びしたのですが、来られないそうで」

「私は貴殿に呼ばれてきたわけではない。風の噂にな、麦が盗まれると聞いたのだ。このご時世に物騒なことじゃないか」


 軍務卿は武人然とした大柄で表情の険しい男だ。実際に戦場での働きは苛烈の一言で、勲功により今の地位を一代で得ている。

 カーボンはこの男が苦手だった。向こうも苦々しく思っているだろう。軍の糧食調達を妨げているのはカーボンなのだから。


「確かにそのような戯言が私の元に届いております。しかしご覧ください、この大倉庫を。入口は一つで我らの目の前で入れるはずもなし、入れたところでどう運び出すというのでしょう?」

「もしもそれをなす手段があったとしたら。この目で見られるのは今を置いて他になかろう?」


 挑むような目線にカーボンは後退る。麦の無心にでも来たのではないかと思っていたのだが。

 そこへ秘書から耳打ちされ、カーボンはその場を辞した。


 中央扉に近づくと中から少し開き、人相の悪い男が半身を向ける。斬られたのだろう、顔の大きな傷は唇まで変形させていたが、その傷よりも目つきの方が怖い男だった。


「準備できたぜ……本当に来るのかよ、その怪盗とやらは?」


 カーボンは男の背後をちらと見て頷く。大倉庫の中には30人の警備を配置した。競合する商人の恐喝や誘拐、地上げなどに使っている犯罪者で、リーダー格のこの男ほか十数名は指名手配されている凶悪犯だ。


「ここ以外の出入り口はすべてふさいだ。わしもネズミが入ってくるとは思っておらん。万が一入ってきたとしても、出口が一つなら退路をふさぐのは簡単だな?」


 高い位置にある明り取りの窓も板を打ち付け塞いだ。こじ開けるにしても見逃すはずがない。この衆人環視の下、のんきにバールを振り回していたら、それこそ頭がいかれている。


「袋のネズミってわけだ……殺していいんだろ?」


 すでにどう殺すか想像して楽しんでいるようだ。カーボンから見てもこの男はいかれている。だが使える男だ。


「抵抗したことにして殺せ。できるだけ惨たらしく、死にかけでもいい。ここに放り出せ。客を喜ばせろ。報酬ははずんでやる」


 傷のある男は心底嬉しそうに顔をゆがめ、大倉庫に消えていった。

 振り返ると秘書がカーボンを待っていた。こういう荒事にも心を動かさない、やはり優秀な男だ。


「確か予告状には『2万トンの麦』と書いてあったな?」

「は、確かに。現在大倉庫には2万とんで13.5トンの麦が――」

「中に入ったところでその量の麦を盗むなど不可能だ。これはわしの麦、ここはわしが作った麦の城、王都の富を吸い上げる神の恩寵だ……!」


 その商売の神・アルセーヌは盗賊神でもある。泥棒や強盗に神がいるのかはカーボンも知らない。

 商会を持ち実務をしなくなったカーボンは長いこと教会に行っていない。《暗算》・《目利き》などの加護を使わないし布施がもったいないからだ。泥棒だって教会に行かないだろう。

 カーボンには行商から成り上がったという自信があった。


「わしの金でドゥメール男爵様を支援するつもりだったが、もっと有力な貴族に鞍替えしてもいいな。王国を金の力で操るなら誰か……法院長か?」

「法院長エミール公爵は商人による支援(・・)がお嫌いなようです……財務卿リゴー侯爵閣下がよろしいかと」

「そうか……勇者様帰還の折にはここで祝勝会を開くぞ。今度は扉を開放して中でやる。掃除をさせて麦袋にも飾りをつければいい宣伝になる。コソ泥の首も飾ってやろう、予定しておけ」

「は……」


 いつの間にか周囲が静まり返っていた。気がそれていたことに焦ったカーボンが時計を見ると、8時57分だ。

 あと3分。皆、一つ残した扉を見つめ固唾を飲む。護衛たちは武器を手に周囲を警戒している。タダ酒にも手を付けない、なかなか有能な冒険者を見つけたようだ。


「――火事だ!」


 と、誰かの声にカーボンは振り返る。大倉庫の扉のわずかな隙間から煙が漏れていた。直後、内側から扉を叩く音が続く。切羽詰まった声も聞こえた。

 冒険者のリーダーらしき精悍な男が、警戒しながら閂を外し、扉を開く。


 30人ほどの武装した男たちが倒れこむように出てきた。遅れて大量の煙が荷捌き場まで覆い、雲の中にいるような有様だ。

 その様子にカーボンは叫んだ。


「待て、泥棒の策略かもしれん! 貴様ら戻れっ、戻らんか! お前まで出てきたのか!? 何があった、一体どうなっている、火事か? 火事ならば火を消さぬか!」


 最後に出てきた顔に傷のある男は、よろよろと数歩進んだ後、カーボンの前で両膝をついた。


「に、逃げろ……毒……だ……」


 うつろな目でそう言い残し、倒れこんだ。その瞬間、ワインを飲みながら怪盗の出現を楽しみにしていた観衆の多くは悲鳴を上げ、逃げまどった。


「目、目にしみる……喉が焼けるようだ……確かにおかしいぞ、この煙」

「わわわ、私は吸ってしまった……し、死ぬのか、私は?」


 視界が悪く転ぶもの、それを踏んずけて転ぶもの、恐怖で動けなくなるものもいた。


「確かにからしのような匂いと強い刺激がある……くそっここは逃げた方がいい。そういう毒があると聞いたことがある」


 護衛冒険者のリーダーは戸惑いつつもカーボンを避難させようと、説得しながら引きずる。


「ふざけるな、麦を守れ! 貴様ら護衛だろう!」

「これが毒なら麦はどのみちダメだ、諦めろ。でなきゃ死ぬぞっ。他の奴らは倒れてる連中を煙の外に出せ! ここは俺一人でいい!」


 パーティーメンバーに救助活動の指示を出しつつ、風上へ移動する。そのリーダーに声をかけるものがいた。衛兵の女隊長と部下2名だ。リーダーは門で見た覚えがあった。


「衛兵隊のマリー・シャルロックと申す者。我々も救護に加勢する」

「助かる。今の時間ならここまで煙は来ないだろう。逃げ遅れた奴がいたら――」

「む、倉庫の中に人影が――怪盗ロワか!?」


 マリーはまだ毒煙を吐き出している大倉庫に向かって駆け出そうとした。部下が必死に引き留める。


「マリー隊長、急に突入しようとしないでください! 死にます!」

「そうですよ、第一この煙で人影なんて――あ、上、屋根の上ですっ、隊長!」


 兵士の声にマリーは大倉庫の中央扉の真上、屋根の頂点辺りを見上げた。

 冒険者のリーダーも、カーボンも、皆が言葉を止めて見上げた。

 風が雲と煙を流し、月が怪盗の姿を照らし出す。

 向かいの教会で9時の鐘が鳴った。


次回はお宝頂戴する話。

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