勇者パーティーは道に迷った
今回は勇者パーティーの話。
神代が終わっても人は弱かった。恐怖は人の天敵であり続けた。奪われた人の悲しみは途切れなかった。晩年の盗賊王は建国の思いを後世に託した。民の欲するものすべてに手が届く王であれと教えた。その理念は貴賤によらず麦を享受したもう、という言葉に替わり現在に伝わっている。――王国建国史より
***
未踏破遺跡・恐らく15階層。レイジたちは道に迷ってた。
そもそもこの遺跡は不気味だった。壁も床も全体的に白くのっぺりしている。
青白い光に照らされた長い廊下には、たくさんの小部屋が並んでいる。たいていは机と椅子、血塗れのベッドがあり、中に入ると管や包帯を巻きつけたアンデッドが死角から襲ってくる。
魔物の多くは人型でこちらの精神を削る。衣服の痕跡らしき白か緑色の布が張り付いていた。
開けた場所に出るとやけに長椅子が多く戦いにくい。遺跡は神代にあった建造物を模していると言われているが、ここがどういう施設だったのかパーティーの誰も見当つかなかった。
「ここは……さっき通らなかったか、ヴィルヌーブ?」
「そのようである。この柱の血の跡には見覚えがある」
「ひょっとして道に迷いましたの? 冗談じゃありませんわ!? 休む時間?も削って進んでいるのにっ」
「……休む場所が見つかんなかっただけだろ」
「ローレイヌもラウも落ち着いてくれ。先行してる双子はマップを見せてくれないか」
「それが」「旦那」
「……どういうことだ」
前列をいく新人二人にそれぞれマッピングを任せていた。分岐では相談するし、二人でメモをとれば抜けもないと思っていたのだ。そもそもタイチがマッピングでメモを取るところなど見たことがない。
しかし、渡されたマップは10階層辺りから空白だらけだった。
「自分たちも」「戦ってやすし」「逃げる時は精一杯で」「メモなんてとても……」
「ちょっと、あなたたち! マッピング?も満足にできませんのっ!?」
「落ち着けと言っている、ローレイヌ。前衛に任せた我々のミスである。それにこの遺跡、どの階層も同じに見えるではないか」
「なんですの? 『マッピングなど誰にでもできる冒険の初歩でおじゃる?』ってあなたが言ったのですわ!」
「おじゃるとはなんであるか、拙僧の信仰を侮辱するなら――」
「……ばっかみたい」
「「めんぼくないっす」」
「皆よせ。確かに僕らは道に迷った。だが神の導きがあってここまで来られたんだ。実際10階層からマッピングしてないけど、もう15階層くらいだろ?」
「……そうである。最奥にはきっと地上への転移陣がある。それより食糧はどうだ。誰か遺跡に入ってどのくらい時間が経ったかわかるか」
転移陣を探してくれる盗賊はいないのだが、ヴィルヌーブは止まってしまった懐中時計を見せた。
遺跡は物理法則の異なる異界だ。聖遺物でない時計はしばしば役に立たない。
「……もう何日も潜って?いる気がしますわ。一度引き上げたいけれど、退路?もわからないなんて……」
「食糧の減りからみて丸1日といったところだろう。皆2、3日分は持ってきたな?」
2日分と3日分はまるで違うのだが、いつもはタイチが行程を出して少しの余裕を持たせ準備していた。見積もりの甘さは否めない。
それを聞いた新人二人は顔を見合わせ、黙った。10日分持っているとは言わない方がいいと判断した。
レイジの笑顔に無理が垣間見えた。
「悪いことばかりじゃないさ。この階層は魔物が少ないから、こうして休めるじゃないか。退路は断たれたが僕らには主神の導きがある。ジリ貧になる前に、聖水を使おう。ヴィルヌーブ、用意しておいてくれ」
「よいのか? 遺跡で使ったことはないのであるが……」
「そうですわ、聖水?がありますわね。聖水で強化?されたレイジとラウなら攻略までの食糧を気にする必要もありませんわ」
「あれは疲れも取れるからね、今すぐ打ちたいくらいだよ。皆もどうだい?」
ラウ以外のメンバーは固辞するので、レイジはやはり強化に耐えうる身体能力が必要なのだろうと納得した。
ヴィルヌーブは緊張した面持ちで、アンプルと注射器を取り出す。
次回は予告状を出す話。