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客室に戻りドレスのままベッドへと身を投げた。私よりも怒ってくれたハウンド家の皆を思い出し少しばかり笑ってしまう。
私は捨てられたのだろう、魔力もない、侯爵家のうま味もない家柄で愛想も無い女。私には無い魔力と召喚獣と婚約者の地位を持ったクロエ・ドナウ。同じ女だからわかる、私を格下だと確信あの目。
ベッドからむくりと起きあがりベルを鳴らすと、音を聞きつけて侯爵家の侍女がやってきてくれた。
「持ってきてほしいものがあるのですが」
侍女は不思議そうに首を傾げつつも、最後はかしこまりましたと頷き出て行ってくれた。
***
翌朝、窓から指す光で目覚めた私はその眩しさに目を細めつつも前日とは打って変わって軽い気持ちになっていた。今日から変わるのだという確信が持てたのだ。さっそく動かなくては、と持ってきたトランクから服を取り出す。
手軽く着替え部屋を出る。そして向かったのは侍女などの裏方が働いている場所だ。彼らの場所に行けば、今欲しているものはすぐに手に入るはず。そう目論んで足を進めること少し、年配のコックにたまたま出会うことができた。
「あぁ?あんた新入りか?」
「まぁ、そうですね」
「どうしたんだ迷子か」
そう真剣に聞いてくるコックの親切さに思わず笑ってしまうと、迷子ではないことが察したのだろう。こちらの様子をしっかりと見てくる。
「いえ、少しばかり火が欲しく。外で火を使える場所などありましたらお教えして頂きたくて」
「あーなるほどな。裏庭の一角に広い空間があるからあそこなら大丈夫なはずだ」
「わかりました」
「キッチン寄ってけ」
ぶっきらぼうではあったが案内されたキッチン。そこには数人の侍女とコックなどがおり、顔の覚えのない私を不思議そうに見ていたが自分の仕事もあるのだろうすぐさま手元に視線が戻っていった。その中からコックは一人の青年に声をかける。
「おい、こいつ火が必要なんだと。手を貸してやってやれ」
「えぇ、良いですけど」
「こいつは弱いけど火属性なんだ、お前は火属性持ってねえんだろ?」
魔法は生活にも密着しており、料理に使う火や紅茶の水、掃除なども屋敷の人間に欠かせないものなのだ。私は他人に火が欲しいと頼んだことで火種を作ることができないと判断されコックは気を使い属性が火であろう青年に声をかけてくれたのだろう。
「まぁそうですね」
属性どころか魔力のない私にはあいまいな答えしかできないのだが、勝手に解釈してくれた2人。
「案内するよ、ついてきて」
「ありがとうございます」
裏口から出ると少しばかり開けたところに出た。周りには燃え移りやすいものは無いか確認し青年が火を出してくれた。
「“火よ”」
ボウッと燃え出した地面は小さな焚火程度の大きさ。略式で詠唱したのでこれぐらいなのだろうが、この青年もそれなりの使い手なのだろう。ハウンド侯爵家の使用人のレベルは高いなと推測される。
「ちなみに何を燃やす予定だったんだい」
人のよさそうな青年は私の方を向き聞いてきた。それを聞いて、私は手に持っていた袋からあるものを取り出して、すぐさま日の中へ全てを放り込んだ。
「髪です」
「え?!」
青年が驚いて声をあげた時には金色の長い髪は全て燃える火の中へ溶けていった。自分の燃える髪を見つめていると、後方からドアを開ける大きな音が響きなおかつ私の名前を呼ぶ声も聞こえてきた。
「ローズマリア!!!お前朝から、何、を・・・・・・・」
「あらおはようヴァルク。焚火日和の言い日ね」
私の姿を確認して口どもっていくヴァルク。開いた口は塞がらないなんて文字通りの事を彼がしているのを見ると思わず笑ってしまう。そして意識が回復したのだろう私の方を指さしさらに大声で叫び出した。
「おま!髪の毛!!いや、その服装なんなんだ!!」
「髪の毛は邪魔だから切った。あと服に関しては、もう女として終わっているのだから“男の格好”をしたって問題はないでしょう?」
「そういうことを聞いてるんじゃねえよっっ!!」
隣の青年を見てみると、彼もかなり驚いているのか口をパクパクして声にもなっていないようだった。
「女性・・・だったの、ですか」
「あら、貴方にバレなかったのなら私に変装の才能もあったのね」
今の格好は元実家の時に用意していた平民の少年が着ている服でシャツとズボンに質素なベストだ。そして貴族の令嬢として当たり前にあった長い髪は、今は短髪となり私の首元を随分と涼しくしていた。
「お前、いつ、髪の毛」
「昨日の夜よ」
「なん」
「だって、やりたい仕事を見つけたのだもの。切り替えたくって」
昨日から意識を飛ばし気味なヴァルクは数秒かかって正気を取り戻し“仕事”という言葉に反応し私の肩を良い力加減で掴む。
「仕事!?どこでそんなもん調べてきた!」
「ヴァルクが知ってるじゃない」
「え・・・俺?」
「私、騎士になるわ」
後ろで燃える焚火から火の粉が舞い天高く消えていく。そんな一瞬の静寂の中で、私の発言を聞いて完全に気を失ってしまったヴァルクは騎士らしくもなく後ろに思い切り倒れてしまった。
「ヴァルク様―――!!」
使用人の声を添えて。
***
急いで屋敷の中に戻った後もそれはそれは侯爵家の全員が目を引ん剝くくらい驚いていた。主に外見のことではあったが、昨夜鋏を届けてくれた侍女など青ざめていた。彼女の責任なんて一切ないのにだ。
再度呼び出された侯爵夫妻は昨日と同じ、いやそれ以上に顔を青ざめていた。流石親子と言うのか、髪や服装などの聞き方など全く一緒であった。
そして彼らが一番驚いていたのは私が騎士になるということだった。これにはハウンド侯爵も初めて頭を抱えているようでかなり困った様子だった。私は何も困らせたことを言ったつもりはなかったのだが。
「私が騎士になったことでのメリットとして、私のわがままで現在滞在させてもらっています。それが無くなることによってハウンド侯爵家に迷惑をかけない。それに騎士になれれば宿舎がありますので衣食住が完備されていて当面の生活に関しては保証できるかなと」
「うーん侯爵家の立場からしたら、あらぬ噂なんて片手で払ってあげるからここにいていいんだよ。本当のところどうなんだい?」
ハウンド家の現当主はやはり食えないな、と苦笑してしまう。これは元家族にも本音で言えなかったこと。
「私は騎士になりたかったのです。何も縛られなくなった私に絶好のタイミングだとおもいまして」
幼少の時にいつも夢見ていたのは乳母や侍女の話す夢物語のお姫様ではなく、その物語に出てくる騎士にばかり目を向けてしまっていた。自覚するころにはそちらばかりに目を向けてしまったのもよくなかったのかもしれない。家は私に“完璧な令嬢”を求めていたようだったし。
「血は争えないな」
「え?」
「なんでもない。まぁ騎士になるにはどうするべきかマリア君はわかっているのかな」
「あ、はい。私は一般公募を受けようと」
この国の騎士になる為にはいくつかの方法がある。
まず一つ目は貴族の学園に通うこと。他国では珍しいことに貴族の子供が中心の学園が存在し、主には交流を深め人脈や派閥を広めるための小さな社交場である。そこには騎士を目指すためのカリキュラムもあり、先行すればそのまま騎士の試験を優先的に受けることが可能。
二つ目は騎士学校を卒業する。これはどんな身分でも入学することができ、なおかつ騎士の道が確実に用意される道だ。なので貴族でも爵位を告げない子供や、騎士を目指す者はこの学校に入学することが多い。
三つ目は一般公募である。騎士学校と同じで身分に関係なく受けられるのだが、即戦力の為の試験である。どんな年齢でもある程度は受けられ、力に自信がある者のみ挑戦するようなものだ。
この中で私は三つ目の一般公募を選択せざる得なかった。貴族学校を卒業したが教養と人脈のみで、これは今の私には必要ないものだ。
「一般公募か・・・うら若い令嬢が猛々しい男共の中に放り込むのは・・・かなり気が引けます。それに」
そう言葉を切って真剣な表情の侯爵。
「憧れだけならやめなさい。そんな生易しい世界ではない・・・はっきり言って魔力の無い君にかなりの負担が考えられる。それこそ社交界とはまた比べられないほどの。それでも茨の道を進むきかい」
「それは覚悟の上です」
間髪いれずに自然と言葉が出た。それに侯爵は驚いて、すぐさま優し気な表情に戻る。
「わかった。こちらもできうる限りおせっかいをさせてもらおうね」
「そんな!叔父様達にこれ以上迷惑を・・・」
「むしろ少しばかりの助力しかできないさ。君のご実家の件もあるしね」
「・・・・・はい、ありがとうございます」