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ヴァルクは瞬時に察したのか、腕を引っ張られ隠される。そして、私の前で見せたことのない綺麗な所作で騎士らしく元婚約者に対峙してくれた。
「これはこれはお久しぶりです、ウェルダー様。こちらでお会いするなんて珍しい。小さい頃のパーティー以来ではありませんか」
「・・・ハウンド殿」
二度と会う事はないと思っていた人間がたった少しの時間で再度出会ってしまうなんて、と少しばかり自分の運を恨んでしまう。そして明確な婚約破棄の理由がわかっていなかったのだが、隣にいる見たことのない女性を察するにそういうことなのだろう。ちらりとマイオスの方を見るとバッチリ目が会ってしまった。そして彼は眉間にシワを寄せ少し気まずげにすぐさま視線を外した事で、だいたいのことを察してしまう。
「マイオス様、ご友人をご紹介してくださらないの?」
そんな中、落ち着いたとても甘く女性らしい声が我々の間に落ちる。もちろん言葉を発したのはマイオスの隣にいる女。疎い私でもわかるほど流行に乗ったドレスと大きな宝飾を付けいかにもな密着度。これでわからなければ貴族などやっていけない。
「あぁ・・・、彼はウーティエル王国騎士団のヴァルク・ハウンド様。そして、隣は・・・」
「はじめまして。私、クロエ・ドナウと申します」
マイオスが言い切る前に彼女は挨拶を言った。道端で行う綺麗な所作はあきらかにヴァルクだけに向けられていた。
「ドナウ・・・君はあのドナウ大商家のご令嬢でしょうか」
「さようでございます。私の家を知って頂けるなんて嬉しいですわ。もしご入用などございましたら是非ご贔屓にしてくださいませ」
クロエは陰に隠れていた私の方を見やり歪に笑っていたのだった。
「まだ正式に通達は言っていないと思うのですが、今日中には王都中に知れ渡ると思います。私がマイオス様の正式な婚約者となったことを」
わかってはいても言われた言葉で掴んでいたヴァルクの衣服にシワが強くでる。そしてヴァルクも動揺したのか体が揺れたようだった。
「それに、私の召喚獣とマイオス様の召喚獣がとても相性が良くって、ね」
そう言うと小さく「来なさい」と呟く。するとどこからともなく空間から一匹のイタチが出てきてクロエの肩に乗るとまるで襟巻のように首に巻き付いていた。
「ほら、私の可愛い子よ。どうお嬢さん、私の召喚獣素敵でしょ」
周りからは微笑んでいるように見えるだろう。しかしクロエの言葉には”私”へ攻撃するものだった。
「美しい毛並みでしょう?本当に可愛くてね。そういえばお嬢さんの召喚獣はどこにいらっしゃるの?見てみたいわ」
悪意を持ってこちらへ向くのをヴァルクが遮ってくれた。
「こいつは恥ずかしがり屋でね。もしドナウ嬢が良ければ私の召喚獣をお見せしたいのですがそれに王都では大型の召喚獣は原則出してはいけないのでね。いつかご機会があれば」
「まぁハウンド様は大型種の召喚獣ですの!いつか見てみたいですわね」
「クロエ、そろそろ行かないと」
「あらもうそんな時間?ごめんなさいね話し込んでしまって」
「いえ」
笑顔でマイオスの腕を取り、こちらに背を向けるクロエ。そして少しだけ私の方へ振り返ったマイオスが一言、言ったのだ。
「君は侯爵家に相応しくなかった」
小さい声だったのに、しっかりと私の耳に届いた。理由はなんとなくわかってしまう。わかってしまうのだ、あの隣に並んだクロエという女を見て。ウェルダー侯爵家が婚約者に何を求めていたのか…。
カフェなんて行く元気も気持ちにもなれず、ヴォルクが手を引いて馬車に戻してくれた。馬車に戻った瞬間、我慢していたのだろうヴォルクの怒りが爆発して床を何度も足蹴にしていた。
「なん、なん、だよ!!あの野郎共!!勝手に婚約破棄したのはてめえだろうが!!しかも何なんだあの女!!まだローズマリアと別れてすぐだろうがっ!!これ見よがしに通り道でやりやがって!!!!ふっざけんな!!」
まだ何か恨み言を言っているが、今の私には馬車の車輪の音と同じくらい耳を通り過ぎて行った。
「・・・私がスクルート、だから」
「違う!!!!」
強い声で否定されるが、私が”スクルート”であることには変わらなかった。私の表情を見て悔しそうな顔をするヴァルク。スクルートとはこの世界で忌み言葉として伝わっている。魔力はゼロ、召喚獣の契約もしていない者の事をけなす言葉である。身分階級関わらず国民全員に魔力は存在し、生活を豊かにするための生活魔法なども発達している。しかし稀に魔力が全くなく生まれる人間が”スクルート”なのだ。彼らは突然生まれる為、魔法世界が定着しているルーティエル王国の中で生きづらいものであった。上手くいけば仕事につけるがそれはかなり険しいもので、貴族がスクルートだった時、いつの間にか家系図から消されているなんて話も聞く。そんな中で18歳まで家で育ててもらい、ましては婚約者まで作ってもらったのだから幸せだったのだろう。
「せめて、少しでも魔力さえあれば。家の役に立てたのかな」
「違う。マリアはマリアだ・・・どんな人間でもグリーン家は・・・」
「終わった事よ。私はただのローズマリア。今はハウンド家の居候よ」
馬車の小窓から見える景色を眺めることで心を落ち着かせることしかできなかった。
***
ハウンド家に戻って更に良くない話を知ってしまった。
「ウェルダー侯爵家の新しい婚約者に関してはもうわかったわ。わかったけども、何よこの噂は!!ローズマリアちゃんの悪い噂ばっかり!!絶対にあのバカ侯爵家のせいよ!戦争よ!!」
「落ち着きなさいミシェル」
「落ち着けないわ旦那様!!だって、だって!!!」
「母上、落ち着け」
「おだまりヴェルク!!!」
「私は大丈夫ですよ叔母様」
「大丈夫なわけないじゃない~~ローズマリアちゃん!!」
勢い強い抱き着きにどうにか受け止め、唯一号泣している叔母はすごく優しい。そんな叔母の姿が嬉しく、抱きしめてしまう。
「マリア君に対してよくない噂が余りにも多い。意図して流したのだろうね。ウェルダー侯爵家もよく見もせず喧嘩を売るとは・・・」
叔父様の深い溜息が部屋にこだまする。そして少しばかり復活した叔母様はグルンと首を回し、自分の息子であるヴァルクに話しかけた。勿論、私のことを抱きしめるのはそのまま。
「あなた、マリアちゃんと一緒にいてやられっぱなしだったみたいね。あなたそれでも騎士なの?令嬢を守ってこその騎士でしょうが!」
「仕方がなかったんだよ!!相手は同じ侯爵家、しかも形式上婚約者って言われちまえばあんな公なところでドンパチできねえだろ!もし非公式の場所なら俺だって一発殴ってるわ!」
「よく言った我が息子!」
「殴らない理性を付けてくれて父は嬉しいよ」
「それに、クロエっていう女はイタチの召喚獣だった」
ヴァルクの一言にハウンド侯爵夫妻の言葉がつまる。その獣の種類があまりにも向こう側にとって条件の良いものだった。
「ウェルダーのエンブレムはイタチだ。更に嫡男のマリウスもイタチであり、もしこのままクロエ嬢が侯爵夫人となった時に体裁がいい」
一族で召喚獣が受け継がれることはなく、もし同じ召喚獣のものと出会えればそれは運命の相手だと実しやかに伝えられている。ちなみにハウンド侯爵はねずみ、ミシェル夫人は羊、ヴァルクはグリズリーである。
「ウェルダー家はここ何世代か世襲でもめているからね。それを考慮したからってウェルダー嫡男の暴挙にかんして許されるものではない」
「体のいい使い捨てじゃない!!マリアちゃんをなんだと思ってるのよ!!」
うわぁああん、と子供のようになく叔母を慰めるしかできない私。
「本当に、大丈夫ですよ叔母様、叔父様」
「マリア・・・」
「・・・ちょっと疲れたので、少し早いですがお休みさせて頂きます」
ぽんぽんと叔母の背をたたき離してもらう。泣いている叔母の涙を指で拭いてから、自分の荷物を置いている客室へと急いだ。