最強ギルドのMスターはSクラスメンバーを募集中
そのギルドに入るには、Sクラスでなければ入れないと人は言う。
そのギルドのリーダーはどんなに強大な魔物に対しても、常に最前線で戦い、仲間を守り、戦死者を一人も出したことがないと言う。
冒険者の間で、そんな新興ギルドの話題で持ちきりとなっている。
というのも、そのギルドは謎が多いのだ。
ギルドのリーダーの名はエミル。だが、エミルについての情報は少ない。
何せ冒険者の間でも、魔物の討伐履歴と名前しか知られていないくらいだ。
その理由は、エミルが冒険者ギルドに姿を現さないからだ。そして、ギルドメンバーもエミルのことを決して口にしない。しかも、入隊の面接でも、試験するのはサブリーダーという徹底ぶりだ。
とはいえ、ギルドメンバーの実力は全員折り紙付きな上、冒険者ギルドに登録したばかりの新人を積極的に受け入れるため、冒険者ギルドも姿を現さないエミルを黙認している。
そんな少し変わったギルドの入隊面接を、今日も一人の新人冒険者が受けることになっていた。
○
金髪の少女が手をもじもじさせながら、面接の部屋の前に立つ。
肩まで伸びた髪が左右にゆらゆらと揺れ、翡翠のような緑色の目が泳ぐ。
上手く呼吸が出来ないほど、緊張しているようだ。
何せ彼女にとって、今回の面接は初めての入隊試験で、憧れのエミルに会えるかもしれないのだから。
「うぅ、緊張する。この扉の先にエミルさんがいるかもしれないのね。しっかりするのよカリン!」
気合いを入れるために頬をギルドンと叩き、少し目に涙が溜まる。
思ったより痛かったと、カリンは涙を拭う。
そして、扉をノックすると、中から入るように返事があった。
「失礼します」
扉を開けると、薄い青髪の女性が背もたれのない白い長いすに座っていた。
冷たい目線と、美しい容姿も合わさって氷の妖精みたいな見た目に、カリンは緊張を忘れるほど見とれてしまった。
(クオンさんだ。前に会った時よりもっとすごく綺麗になってる)
「サブリーダーのクオンだ。さて、君のことを教えて貰おう」
クオンの言葉でカリンはハッと我に返る。
けれど、カリンが自己紹介をしようとすると、それよりも前にクオンが声を出した。
「なるほど、ヒーラーか。初歩的な回復魔法をいくつか覚えているようだな」
ステータスを見る魔法で、既にカリンの能力を見抜かれていたのだ。
さすがは数々の武勲を立てたギルドだ。サブリーダーでも高度な魔法を扱える。
「貴重なヒーラーを育てるなら、エミルの下につけるのは賛成だ。エミルは回復魔法を嫌がりそうだが、いや、嫌がるからこそ良いのか」
クオンがぶつぶつと何かを呟くも、カリンはそれが何のことか分からず首を傾げてしまう。
「あぁ、すまない。こっちの話だ。ギルドの入隊試験を早速始めたい。心の準備は出来ているか?」
「はい! 何をすれば良いですか?」
「よろしい。では、こっちに来て、この椅子に座れ。それが試験だ。椅子に座ることが出来れば合格、座ることが出来ないのなら、今日のことは忘れて帰ってくれ」
椅子に座るだけで試験を合格出来る。
あまりにも不思議な試験内容だが、カリンはすぐにその意味を知ることになる。
クオンが立ち上がった席に回り込んだ時、カリンは絶句した。
「え……?」
クオンが座っていたのは椅子ではなかった。四つん這いになった黒髪の男性だった。
まるで彫像のように微動だにしないけど、髪や肌の質感は間違い無く人間のそれだった。
「あの、人ですよね?」
「あぁ、そうだ。椅子の真似をしているこいつが、私たちのギルドのマスター、エミルだ」
クオンがため息をつきながら額を押さえる。
どうやら本気で言っているらしい。
「嘘でしょ!? い、いや、嘘だったとしても、人の上に座るなんて酷いこと……」
「それがなぁ……。エミルは踏まれたり、座られたりすると喜ぶんだよ……」
「村を救ってくれたあのエミルさんが、そんな変態みたいな訳ないじゃないですか!?」
「そうだよなぁ。普通そう思うよなぁ……。だそうだぞ。エミル」
カリンの戸惑いにクオンが同意しながら、もう一度ため息をつく。
けれど、声をかけられた当のエミルと言えば――。
「フッ、その冷たい視線で、呆れながら見下ろされる感じがたまらないな。さすがクオンだ」
とても良い笑顔で喜んでいた。
「そして、カリンさん。さっきの変態という罵りも、とても素晴らしかった。優しくて思いやりのある良い罵りだった。君に座られるのは、俺にとってご褒美だ。どうか俺のことは公園のベンチか何かだと思って、気楽に座ってくれ」
「つまり、この外に出すのが憚られるリーダーの性癖についていけるかどうかが、入隊試験なのさ……」
クオンは呆れた様子でお尻をエミルの頭の上に降ろすと、肩をすくめた。
流れるような動作で足を組み、エミルの首を絞めるあたり、座り慣れている感じがする。
「いや、だからって、何で椅子の真似なんて……」
カリンの至極真っ当な疑問にエミルは座られたまま、言葉を返す。
まるでこの奇行が当然のことで、とても深い意味があるかのように。
「人一人支えられず、いざっていう時に君達の命を支えることが出来るかい?」
「あの……大変良いことを言っているのは分かるんですが……絵面が酷いです」
見た目が大変酷いし、クオンのふとももからふくらはぎにかけて、エミルの顔が押さえられているせいで声がこもっている。
少し苦しそうなのに、嬉しそうな声なのは何故だろう。
「とはいえ、俺も紳士だ。無理強いをするつもりはない。君が踏みたい時に俺を踏み、座りたい時に俺を椅子にする。それでどうだろうか?」
「どうもこうも頭がおかしいとしか言えないです」
「冷静で可愛らしい罵声。合格!」
○
そのギルドに入るには、Sクラスでなければ入れないと人は言う。
そのギルドのリーダーはどんなに強大な魔物に対しても、常に最前線で戦い、仲間を守り、戦死者を一人も出したことがないと言う。
その輝かしい噂話は、彼が英雄だったからではない。
それはこのギルドのリーダーであるエミルが、紳士的なドMだからなのだった。
○ ○ ○
俺のギルドメンバーはみんなとても優しい。
特に一緒にギルドを立ち上げたクオンは面倒見が良いんだ。
俺を外に出すのも憚られる変態だと罵ってくれる上に、新人の前で俺がどういう人間なのかを素敵に紹介してくれる。
おかげで新人のカリンも、すぐに順応して、素晴らしい目で俺を見つめてくれるようになった。
新人研修として、俺はカリンを連れて、とある洞窟の主であるドラゴンゾンビの前に立っているのだが、カリンからとても熱い視線を感じるのだ。
「いえ、どん引きしているだけです。何ですか? この新人研修」
「ドラゴンゾンビ狩りだ。ドラゴンゾンビは大きいが、安心しろ。カリンには指一本触れさせない」
ドラゴンは人間の三倍くらいの大きさあるからな。初めて見たらその大きさに圧倒されるのも無理はない。
それにしてもカワイイ顔をしているのに、何て目をしているんだ。まるで、ゴミでも見ているかのような目じゃないか!
「いえ、エミルさんにどん引きしているだけです」
「そんな素晴らしい目で見つめてくれるのなら、もっとドラゴンゾンビを探しに行くぞ」
「止めて下さい! やっぱりエミルさん頭おかしいですよ!?」
「ははは、褒めても何も出ないぞ」
「褒めてないですけどね!? というか、出ないも何も、エミルさん何も装備してないじゃないですか!? ドラゴンゾンビ相手に剣どころか、鎧も盾も装備してないってどういうことですか!? その服、ただの布ですよね!?」
カリンははしゃいでいて、とても楽しそうだ。
どうやらドラゴンゾンビ相手に対峙していることで、テンションが上がっているらしい。
きっと回復魔法で逆にダメージを与えられるアンデットと戦えて、興奮しているのだろう。
とはいえ、カリンは入隊したばかりの新人だ。リーダーの俺に遠慮があって、こんなにも変なことを言っているのかもしれない。
「カリンのレベルを上げるために、カリンにドラゴンゾンビを倒して貰うのだから、俺が剣を装備していたらおかしいだろう? だから、ほら、魔力が切れた時用にマジックポーションもたっぷり用意してある。魔力が切れたら、クオンから貰ってくれ」
これはあくまでカリンの訓練だ。
カリンが経験値と報酬を得られなければ意味が無いのだから、俺が装備をしないのは当然と言えるだろう。
やれやれ、カリンは優しい子だな。自分の研修だというのに、俺にも気を遣ってくれるなんて。
「鎧と盾を装備しない理由は!? クオンさんも何か言って下さいよ!?」
「エミルはどMだからな。大丈夫だ。何も考えずひたすら回復魔法でドラゴンゾンビの体力を削るんだ」
「クオンさんまで頭おかしくなってる……。え? この場でまともなのは私だけ?」
「おい、私をエミルと一緒にするな!? ……お前もそのうち慣れる。とにかく、あの頭のおかしいエミルの奇行を止めるには、カリンが早くドラゴンゾンビを倒す以外ない」
「あぁ、もう、こんなの絶対おかしいよ!?」
カリンの反応はかわいいな。俺も罵って貰いたい。
「ははは、二人とも罵りあうなんて仲が良いな」
「「罵りあってない!」」
素晴らしいハモり具合だ。今度同時に言葉攻めして欲しい。
そのためにも、まずはこのドラゴンゾンビの攻撃を全て俺に向けさせないと。
「いくぞ! ドラゴンゾンビ! 俺を倒してみせろ!」
俺は真っ直ぐドラゴンゾンビに向かって走り出す。
すると、ドラゴンゾンビは両手を俺に向かって振り下ろしてきた。
ドラゴンといえど死んだ肉体であるゾンビなので、動きは緩慢だ。
この動きなら余裕で見切ることが出来る! 上から来るぞ! 気をつけろ!
「何で自分から当たりに行ってるのあの人!?」
カリンが言う通り、俺は自分からドラゴンゾンビの爪に飛び込んで、当たりに行った。
肩が服ごと裂けて、血が飛び散る。痛みとともに熱が襲ってきた。
「さぁ、どんどん来い!」
そうだ。これで良い。
敵の注意を全て俺に集めれば、仲間は攻撃に集中出来るのだから。
そうして、俺がドラゴンゾンビの攻撃を全て急所で受けている間に、カリンが回復魔法で敵を倒すのだ。
「やっぱり頭おかしいよ!? 傷付いた肉体に癒しを。ヒール!」
俺の指示通り、カリンが回復魔法の光を放つ。
そして、何故か俺に向かってくる光を――俺は避けた。
「ギャアアアア!?」
「えええええ!?」
ドラゴンゾンビとカリンの絶叫がハモる。
初めての攻撃で、あのドラゴンゾンビの前脚の一部を灰に出来て、カリンも興奮しているようだ。
「良いぞカリン。後、百発ほど回復魔法を撃ち込めば、倒せるはずだ。だから、落ち着いて冷静に対処するんだ」
「驚いたのは、エミルさんが私の回復魔法を避けたからですよ!?」
「何? あれは俺を目隠しにして、回復魔法を敵にぶつける戦術ではなかったのか?」
「どうしてそうなるんですか!? エミルさん頭ゾンビですか!?」
「この程度、傷に含まないからな。回復するのならもっと傷が出来てから出ないともったいない。そんなことより! 俺の頭がゾンビだと!? 素晴らしい! 次からもその調子だ!」
「あぁ、もう、エミルさんがそういう人なのは、嫌というほど分かりました! こうなったら自棄です!」
何か吹っ切れたようにカリンが回復魔法を放ち続け、魔力が切れてはマジックポーションをがぶ飲みし、また回復魔法を放ち続ける。
そうして、何十本のマジックポーションを飲みきった頃、ドラゴンゾンビは身体を灰になって消えていった。
魔物を倒すと、その魔物が持っていた力、魔力、経験といったものが倒した者に吸収される。
ドラゴンゾンビのドラゴンとしての一生と、ゾンビとして生きた歳月の積み重ねが、丸ごとカリンの成長に使われるのだ。
「すごい!? 力が溢れてくる!?」
「どうやら無事レベルアップ出来たようだな」
「は、はい。エミルさんのおかげで――って、血だらけじゃないですか!? 大丈夫なんですか!?」
「余裕だ。とはいえ、全身のありとあらゆる急所を貫かれている。血が止まらないので、回復をしてもらえると助かる」
俺はそう言うと、力尽きたかのように、カリンの前で仰向けに大の字で倒れた。
特異体質となってから、傷を受けても死ぬことはなくなった。不死身という訳ではないのだが、不死身に近いようなHPがあるとか。
とはいえ、傷をつけられれば、血はどばどば出てくるし、疲れもする。
一晩寝ればどんな傷も状態異常も治るし、痛みも心地よいのでこのまま放っておいても良いのだが、紳士として女性を血で汚す訳にはいかない。
なので、止血と治療はしてもらうことにした。
それにこれも治癒魔法の良い経験になるはずだ。
「あぁ、もう、何で生きているのか分からないくらいの傷ばかりです!? 普通なら死んでますよ!?」
カリンが涙目になりながら、必死の形相で回復魔法を傷の上にあてていく。
すると、傷はゆっくりと塞がり始め、血が止まりはじめた。
「心配をかけてすまない。だが、この先、冒険者を続けていくのなら、こういった傷を負う者とはたくさん出会う。その時、治療することができてこその、回復魔法の使い手だろう? 今回の治療で出来るだけコツを掴んでおくんだ」
「え? もしかして、私のためにわざと傷を負ったんですか?」
「新人研修だからな」
「……本当にエミルさんは頭がおかしいです」
カリンは本当に心優しい子だ。
こんな俺を罵ってくれて、かわいらしい微笑みまでかけてくれる。
そして、俺にとても素晴らしい景色を見せてくれるのだから。
見上げればカリンの下乳、そして、見下ろしてくるクオンの顔とパンツも見える。
倒れなければ、こんな絶景は目に出来ない。
この光景のためならば、俺は何度でも自分の身を投げ出して、みんなを守る盾になろう。
とはいえ、俺は紳士だからな。こんな欲望に満ちあふれた願いは口に出来ない。
「回復魔法で癒やされながら、かけられる罵倒は最高だな。蔑んだ目で見下ろされながらなら、なお良かったが」
「ここのGMは本当に頭がおかしい!」
そうだ。俺は死ねない。この罵声をまた明日聞くためにも、俺は生き続けてみんなを守る盾になろう。
リハビリがてら頭のおかしな話を書いてみたかった。反省はしていない。