ホストのマジ恋 エピローグ
─────さて、どうしたもんだろう。
あれだけ盛大にみんなに見送られておきながら結局振られましたじゃ格好がつかないよね……
俺は蛍ちゃんの通勤の道である定食屋さんの前にいた。
もうすぐ、仕事を終えた蛍ちゃんがここを通る。
会うのは2週間ぶりだ。
本当はすぐにでも会いたかったけど、辞めてからもいろいろとすることがあった。
今日、住んでいたタワーマンションも引き払った。
家具も電化製品も仕事で着ていたスーツも、ほとんどのものを後輩達にプレゼントしてあげた。
本当に必要な物なんて、今俺が持ってる小さな旅行鞄ひとつで充分だった。
これくらいの荷物だったら蛍ちゃん家にそのまま転がり込めると思うんだけど……
いきなりそんなお願いしたらさすがに引かれるよね?
でも最終目標は一緒に住みたいんだよなぁ。
いざ蛍ちゃんと付き合えるかもと思ったら片時も離れたくなかった。
だいたい俺のこと怒ってるかもしれないんだよな……
二回も泣かせたし、嫌われてたらどうしよう。
潤さんのことは嫌いです。とか言われたら立ち直れる自信がまったく無い。
元No.1ホストの栄光はどこへやら……
あれこれと考えては一人でうろたえていた。
向こうから蛍ちゃんが白杖を触擦させながらこちらに歩いて来るのが見えた。
ヤバっ……まだなんて声を掛けようか全然決まってない。
蛍ちゃんに見えないように電柱の陰に隠れた。
蛍ちゃんは俺に気付くことなく目の前の角を曲がって通過して行った。
よくよく考えれば隠れる必要なんてまったく無い。
慌てすぎだ俺っ!
今日は酒も飲んでないし、香水も付けてない…だから匂いでバレるなんてこともない。
俺は何食わぬ顔をして蛍ちゃんのすぐあとを付けた。
声を掛けるようなハプニングが起きないかな?
また自転車を倒してくれないだろうか……
そんなことを考えながら歩いていたら、なにもない道端で蛍ちゃんがピタリと立ち止まり後ろを振り向いた。
「……潤さん?」
───────────!!
なぜバレたっ?!
マズいぞ……
ずっと付けていたこともバレているのだろうか?
これじゃあまるでストーカーだ。
「歩く靴音でわかりました。コソコソと付けるだなんてストーカーみたいです。」
なんでいつもこっちの考えてることを言い当てるんだよ……
頭が痛くなってきた。
俺は観念するかのように蛍ちゃんの前へと歩み寄った。
「会いに来たんだけど…どう声を掛けていいかわからなかった。」
蛍ちゃんは地面を見つめるだけでこちらを見ようともしてくれない。
「ずっと謝りたかった。泣かせてごめん……」
あれほどわかりやすかった表情も全く変化がない…これじゃあ何を考えてるんだか全然わからない。
このまま告白しても失敗しそうな気がしてきた。
「俺…ホスト辞めたんだ。住んでた家も出てきた。」
蛍ちゃんの眉毛がピクリとだけ動いた。
「ホストのままじゃ蛍ちゃんを口説けなかったから…今から口説いてもいい?」
蛍ちゃんはしばらく考えてからこちらを見上げた。
「どうぞ。」
久しぶりに間近で見る蛍ちゃんの顔……
最後に見た泣き顔が頭にこびりついていて、思い出す度に胸が切なくなっていた。
そうだよ…蛍ちゃんはこんなに可愛いらしい顔なんだ。
泣き顔なんて似合わない。
もう…二度と泣かせたくない……
「触ってもいい?」
「……どこかによります。」
「口は?」
「なにで触るつもりですか?」
「口。」
蛍ちゃんの顔がカーっと赤くなった。
「ズルいです…なんですかそれ?」
「あの時、蛍ちゃんを押し倒した時……本当はすごくしたくてしたくて仕方なかった。」
「結局しなかったじゃないですかっ。」
「したら最後までヤっちゃいそうだったから。」
蛍ちゃんは真っ赤になりながらクルッと回れ右をし、そのまま駅に向かって歩き出した。
しまった…怒らせてしまったかも……
追いかけて謝った方がいいのだろうか?
いや、今日はここまでにしといた方がいいのか?
今までホストとして幾度となく女の子を口説き落としてきた経験がまるで役に立ってない。
素のままの俺って…こんなに情けなかったっけ?
「潤さんなんで付いて来ないんですかっ?」
蛍ちゃんがちょっと怒りながら言った。
「えっ…いいの?蛍ちゃん家に行っても?」
「だって潤さん帰る家がないんでしょ?」
「……そのまま住み着いちゃうかもよ?」
「仕方がないです…だって潤さん、宿無しのプー太郎で文無しなんですから。」
…………うん?
「大丈夫です。私がちゃんと働きますから。」
「ちょっと待って蛍ちゃん、なんか勘違いしてない?」
「どーんと任せて下さい。」
「宿無しは認めるけど、あとは違うからね?」
「最近は主夫ってのもアリですから。」
「蛍ちゃん?俺来月から新しい仕事場行くし、貯金も(たくさん)あるからね?」
なんとか蛍ちゃんの家に着くまでに誤解は解けた。
その夜のことは───────……
蛍ちゃんが恥ずかしがるからナイショ。
ホストクラブは日本最大級の歓楽街、歌舞伎町だけでも二百件以上ある。
そこで働くホスト達の入れ替わりは激しい。
その中で生き残り、ナンバーを勝ち取るのは決して簡単なものではない。
ましてNo.1の座にい続けるだなんて、努力に努力を重ねたほんのひと握りのホストだけだ。
俺は一人の女の子と真剣に向き合うために自らその座を降りた。
「潤さん早く起きて朝ごはん食べて下さい。遅刻しますよ。」
「……う〜ん。あともうちょい寝させて。」
昼夜が逆転した生活をずっと送っていたのでなかなかこのサイクルに慣れない。
「蛍ちゃんチュウして〜。そしたら起きれるから。」
「いやですよ。潤さんチュウじゃ終わらないもんっ。」
「そんなこと言う?」
今でもあの華やかな世界を思い出すことはある。
改めて外から見ると、普通じゃ考えられないような大金が飛び交うすげぇ世界だったなって思う……
戻りたいとは思わないけどね。
「はい、蛍ちゃん捕まえた〜。」
「きゃっ。今お化粧中なんだからダメですっ。」
「スッピンでも可愛いんだからしなくていいよ。」
「お化粧は大人の女性のたしなみですっ。」
蛍ちゃんて……
見えてないのに器用にお化粧出来るんだよな〜。
鏡も使わずに……あ、当然か。
「ねえ、俺の荷物も増えてきたし家買わない?」
「買うって…どこにそんなお金があるんですか?」
「あれっ言ってなかったっけ?」
俺は自分の貯金額を蛍ちゃんにそっと耳打ちした。
「わわっ大金ですっ!」
「ずっとNo.1だったからね〜俺、使わないし。」
「田園調布に家が建ちますっ!」
「……それはさすがに無理かな。」
ただがむしゃらに守り続けたNo.1。
何度もホストを辞めたいと思ったし、目的を見失ってしまう時もあった。
今目の前にいるこの子のために頑張っていたのだとしたら…それはとても価値のあるものだった。
もし高校生の頃に戻ってもう一度人生をやり直せるとしても、俺は迷わずホストを選ぶだろう。
この話を読んで、ホストクラブに行きた〜いとかホストと付き合いたいなぁとか思っちゃった人いるかな?
ホストなんて女を騙す悪いや─────
「そんなことないですよ?潤さんみたいな素敵なホストもいますから。」
ちょっと蛍ちゃん、今は黙ってようか?
注意喚起して締めたいから、ね?
そんなに膨れないでよ…ごめんて。
───────では改めて……
ホストなんて女を騙す悪いやつらばっかりだから
ホストと恋愛する時はくれぐれも気を付けてね〜。