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ホストのマジ恋 中編

「蛍ちゃんまで連れて来ちゃったのっ?」


他の子にはナイショだよって言って渡したのに……

「こんなとこ怖くて一人じゃ無理です〜。蛍とは知り合いなんですよね?」

「あっこの声…潤さんですか?」

俺がいると知って強ばっていた蛍ちゃんの顔が柔んだ。


うかつだった……こんなとこ蛍ちゃんが来るような場所じゃない。



ホストクラブは高いというイメージがあるだろうが初回だけはすごく激安な料金で飲める。

うちの店はとてもリーズナブルで、2時間千円。

ビール、焼酎の水割or緑茶割が飲み放題だ。


二回目来店時からはうんと高くなり、担当ホストを指名しなければならない。

だから初回の子には指名を得るために店中のホストが挨拶にと群がる。


蛍ちゃんに変な虫がついたらどうしよう……



「ホストクラブってなんですか?」

しかもなにもわからずにつれて来られたっぽい。

「えぇ?蛍知らないの?男版キャバク……」

「大人の社交場だよっ。」

受付の子、ユナちゃんに被せるように答えた。



「潤さん私達のテーブルに着いてくれるんですか?」

「初回だから気になる人がいたら誰でも呼べるよ。俺も…ずっとは無理だけどなるべく着くよ。」

今、俺の指名客は太客も合わせて6人いる。

蛍ちゃんのことが気になるけどずっと見てあげれそうにない。


「そうだっ聖也っての呼んであげて。良いやつだから。」

俺はユナちゃんにそう言い、ドンペリを一気飲みしてヘロヘロになってる聖也に駆け寄った。


「聖也っ初回で入ってきた蛍ちゃんて子の横に座って他のやつが寄り付かないようにしてくれ。知り合いなんだっ。」

「潤さん俺今日無理っす…あれからもう一本飲まされて…」


「こんな時につぶれてんじゃねえ!トイレ行って吐いてこいっ!」







俺は麗子さんのテーブルでもう一本シャンパンを一気飲みした。

さすがに一日四本はキツい…違うテーブルでもグラスで結構飲んでるし……


「麗子さんすいません…俺もう今日はギブです。」

「ううん。麗子、とっても満足。今日はこれで帰るわ。」


麗子さんはすごく上機嫌でお帰りになられた。

一人で百万近く使ってくれた。




他の指名テーブルに行く前に蛍ちゃんのいるテーブルに少し寄った。

目の見えない蛍ちゃんにみんなが興味津々にいろんなことを質問していた。

蛍ちゃんはイヤな顔ひとつせずに、質問してきたホストの方を向いて丁寧に答えていた。


「潤さん、蛍ちゃんめっちゃ可愛いですね。本カノですか?」

聖也が俺にこっそり聞いてきた。

本カノとはその名の通り本命の彼女である。


「本カノだったら店に来させるかよ。それよりなんで蛍ちゃんの隣に虎雄とらおが座ってんだ?」

「先輩を押しのけてまでは無理ですよーっ。」


虎雄は手癖が酷い。

店で禁止されてる枕営業だって影で平気でするゲス野郎だ。



気になりつつもテーブルをハシゴしながら、指名客が満足してくれるように細やかに接客した。


夜の零時を過ぎる頃には客もまばらになってきた。

蛍ちゃんらは23時過ぎに来店したので、店が閉まる深夜1時まではいるだろう……

となると誰かにアフターに誘われる可能性が高い。



「潤さん、虎雄さんがしつこく蛍ちゃんをアフターに誘ってます。」

聖也がそっと耳打ちしてきた。

マジか………


「潤くんどうしたのさっきから。余裕がない感じ…珍しいわね。」

小百合さんが俺の顔をのぞき込んで聞いてきた。

お世話になってる小百合さんにウソはつけないし、つきたくもない。

俺は正直に蛍ちゃんのことを全部話した。


「それは心配ね。で、潤くんはどうしたいの?」


小百合さんが店に来る時は必ず同伴とアフターが込みだ。

それは俺を指名してくれた日から欠かしたことがない。


ないのだけど────────




「小百合さんすいませんっ。今日のアフター……キャンセルして頂けないでしょうか?」


俺はテーブルに頭を擦りつけながら小百合さんにお願いした。

すごく失礼なことを言っているのはわかっている。

これで怒って、二度と店に顔を出してくれなくなるかもしれない。



「帰るわ。」

「小百合さんっ……」

見上げてみると小百合さんは、俺に優しく微笑んでいた。


「私はあなたのそういう所が好きなのよ。また来るわ。」


俺は小百合さんを店の外まで見送り、見えなくなるまで頭を下げ続けた。








指名客が全員帰り、蛍ちゃんのテーブルに行くと虎雄が露骨なくらい口説きまくっていた。

蛍ちゃんは困り顔で体も引き気味なのだが、虎雄から腰に手を回されていて逃げれずにいた。

このやろう……



「蛍ちゃん、アフター俺と行かない?」


俺は虎雄の手を引き離しながら蛍ちゃんに声をかけた。

「潤、悪いが蛍ちゃんはもう俺と約束したからっ。」

年数からいったら虎雄の方が長いが、売り上げは俺の方がダントツ上だ。


「蛍ちゃんはもともと俺に会いに来たんだ。」

本当はなにもわからず付いて来ただけだけど……

虎雄が俺にガンを飛ばしてきたので俺もにらみ返した。


俺達の不穏な空気を察して周りのホスト達が止めに入ろうとした時──────



「あのぅ……アフターってなんですか?」



蛍ちゃんのすっとぼけた質問に場の空気が一気に和んだ。


結局蛍ちゃんは俺を選んでくれた。




蛍ちゃんがハニカミながら俺の方を指さしてくれた時、心臓を撃ち抜かれたかと思った。











閉店後のミーティングが終わり、蛍ちゃんが待っている喫茶店へと走った。


店に入ると蛍ちゃんは奥の席でクリームメロンソーダを頼んで飲んでいた。

近くまでこっそり行ってワッて脅かしてやろうかな……

なんだか意地悪をしたくなってきた。



「……潤さん?」


声を掛けようとした瞬間に名前を言われてこっちが反対に驚かされてしまった。

「なんでわかるのっ?」

「香水とお酒の匂いで丸わかりです。」


俺そんなに臭いかな……

席に座ってクンクン自分の体を臭っていると蛍ちゃんがクスクスと笑い出した。


「気にし過ぎですよ。私の鼻が良いだけです。」


蛍ちゃんて人の心の中が見えるのかな?

俺が考えてることがなぜかわかるんだよね……



「どこか行きたいとこある?」

普段はカラオケやボーリングに行ったりもするのだけれど…それは無理だよね。


「お腹が空きました。」

そう言って蛍ちゃんはお腹をさすった。

食べたいものある?って俺が聞くと、少し考えてから……


「潤さんが一番好きなお店に連れてって欲しいです。」


すごく恥ずかしそうに言うのでこっちまで照れてしまった。


「じゃあちょっと遠いからタクシーに乗ろうか?」


俺はこの間教わった通りに、肘の少し上を蛍ちゃんに掴んでもらってタクシー乗り場まで移動した。


食事って俺があ~んて言って食べさしてあげるのだろうか?

それはそれで全然構わないのだけど…なんかのプレイみたいでヤラシイな。

平静を保てる自信がない……






タクシーに乗ってしばらくすると酔いが回ってきていることに気付いた。

今日はハンパなく飲んだからな……

吐きはしないけど…かなりしんどくなるかも……

息が荒くなってきた。

せっかくの蛍ちゃんとのアフターなのに─────


蛍ちゃんがそっと俺の手を握ってきた。


「蛍ちゃんっ?」

手を握られただけなのに、動揺して声が上ずってしまった。

「手には酔いを覚ます健理三針区ってツボがあるんですよ。」

そう言って手の平の、手首の少し上の辺りをにぎにぎと指で押してくれた。

「また今度にしますか?」


俺がしんどそうなのがわかったんだ……

ほんとに……優しい子だ。


「いや、俺もお腹減ってるし…蛍ちゃんと一緒に食べたい。」

そう言って蛍ちゃんの細い肩に頭を乗せた。


「着いたら起こして。ちょっと寝る。」


いつものアフターじゃ気を張ってるから客の前で寝るなんて絶対しないけど……

蛍ちゃんだと素の自分のままでいいやという気持ちになれた。




ずっと手の平をマッサージしてくれている蛍ちゃんの手の感触が、小さい頃に亡くなった母のようで……

とても、安心できた──────……





















目が覚めると布団の上で寝ていた。

なんか…幼い頃の夢を見てたような気がする……


窓から光が差し込んでいて、チュンチュンと雀が鳴く声が耳に聞こえてきた。


俺の家でもホテルでもない。

誰かの家……俺昨日誰といたっけ?

頭が重くてなかなか思い出せない……


…………



まさかっ……



布団からガバッと起きたら頭にハンマーで殴られたかのような痛みが走った。

「いってぇ……」

完全に二日酔いだ。


「潤さん起きました?おはようございます。」

台所から蛍ちゃんがひょこっと顔を出した。

やっぱりここは蛍ちゃんの家か……


「ごめん俺昨日……」

なんにも覚えてない。


聞けば目的地に着いても俺が起きなかったようで…どうも蛍ちゃんにマッサージされると寝すぎるみたいだ。

俺の家もわからないしとりあえず自分の家に連れて帰り、部屋まではタクシーの運転手さんと一緒に運んだらしい。


今日、火曜日は蛍ちゃんの職場は定休日だ。

俺は今日も店があるから昼過ぎにはここを出なきゃ行けない。




にしてもこの部屋……

今俺の居る布団が敷いてある部屋と小さなキッチンとトイレとお風呂がある間取りだった。


「……蛍ちゃんてもしかして一人暮らし?」

「そうですよ?」


「一人暮らしの家に男を連れて帰ったらダメっ!ましてやホストなんか!」

爆睡した俺が悪いのに、思わず説教してしまい蛍ちゃんはビクっとなった。


「あと…もうホストクラブなんて誘われても絶対行かないでね?」

「なんでですか?」


「女を騙す悪いやつらばっかりだからっ!」


蛍ちゃんはキョトンとした顔をしていた。

本当にわかってくれているのだろうか?

心配でならない……






「朝ごはん食べますか?」


テーブルを見るとご飯が用意されていた。

焼き魚としじみ汁と卵焼きと真っ白なご飯……

食べてみるととても美味しかった。

蛍ちゃんもお箸を持ち、時折お皿の位置を確認しながらも綺麗に食べれていた。

あ〜んてしなくても自分で食べれるんだ……

ちょっと残念。



「これ蛍ちゃんが作ったの?」

「そうですよ。」


「全部一人で?」

「はい、もちろん。」


「買い物も一人で?」

「近くに商店街があるので。」


「洗濯も?」

「……はい。」


「掃除も?」

「もう、さっきからなんですか?誰の助けも借りずにぜ〜んぶ一人で出来ますっ。」


蛍ちゃんは俺からの質問攻めにちょっと怒ったようにほっぺを膨らませた。



ただ単純にすごいなって思ったんだ。

目が見えないのに普通と同じように生活出来るだなんて…自分の中の常識にはなかったからだ。




「蛍ちゃん、今スッピン?」

「こっこれは…さっきお風呂に入ったんで……」

髪の毛を前に持ってきて慌てて顔を隠そうとした。


「化粧も一人で出来るの?」

「その質問、さっきからしつこいです!」

俺の方を向いてイーダってされてしまった。



「スッピンでも可愛いよ。」



蛍ちゃんの顔がカーっと赤くなっていく……



「ズルい…私も潤さんの顔知りたい……」



蛍ちゃんは正座したままずりずりと近寄ってきて、俺の顔の前で両手を広げた。




「触ってもいいですか?」




その仕草と蛍ちゃんの真剣な眼差しに心臓がドクンと鼓動した。



「……いいよ。」



蛍ちゃんが指先でそっと俺の頬に触れると、お風呂上がりの石鹸の香りが広がった。


「潤さんお肌スベスベですね。」

「まあ商売道具だから…手入れはしてるよ。」


蛍ちゃんの瞳に俺の顔が映っているのが見える。

普通ならこれからキスをするような距離だ。

ダメだ…この近さはヤバい……


「目も大っきいし鼻も高ーい。イケメンさんだっ。」


蛍ちゃんが目の前でニコっと笑うもんだから堪らず視線を下に向けた。

白くてきめ細やかな肌の首筋と鎖骨……

吸い付きたくなってくる……


俺の中でドクンドクンと危険信号が鳴り響く。


「お口はどんな形かなー?」

そう言って蛍ちゃんが口に触れようとした手を俺は掴んだ。


マズイ……もう自分を抑えきれそうにない。



「……口は…俺の方から触れてもいい?」



蛍ちゃんは目をパチパチと何度か瞬きさせたあと、コクリと頷いた。


俺は蛍ちゃんの手を自分の口元に持っていき、その指先を唇で優しくはさみ込んだ。

一本、一本…じっくりと…丁寧に……


「どう?どんな形かわかる?」

「……わ、わかりません。」


蛍ちゃんの顔は耳まで真っ赤になっていた。



「じゃあ違う場所でならわかるかな?」



俺は蛍ちゃんの首と背中に手を回し、床にゆっくりと押し倒した。



「潤さん……?」

「大丈夫…痛いことはしないから。」



蛍ちゃんの頬に手をやり、唇と唇を合わせようとした時、蛍ちゃんと視線が絡んだ。





この目には今なにが映っているのだろう────


真っ暗なのだろうか…真っ白なのだろうか……?

そもそも色という概念があるのだろうか……


どんなに近づいても俺の姿が見えることはない。



蛍ちゃんに、今の俺はどう映っているのだろう……



ここでキスをしてしまったら……

全てを知りたくなってきっと最後まで奪ってしまう。






──────俺はホストだ。


ホストになってから付き合ったのはホステスやキャバ嬢等の同業者ばかりだ。

それはお互いに割り切れる関係だから。

相手が自分以外の異性と仲良くしていても、仕事だからと理解し合える……



俺は蛍ちゃんにそれを求めるのか?


苦しませるってわかっているのに……




「潤さん……?」


動きが止まってしまった俺を蛍ちゃんが不安そうな表情で見つめてきた。




「……ねっ蛍ちゃん。ホストを部屋に入れるとこんなことを平気でしてくるから気を付けなきゃダメだよ?」

俺は蛍ちゃんの腕を引っ張り座らせた。


「……騙したんですか?」

「蛍ちゃん口で言っても分からなそうだったから。」



蛍ちゃんがこんなに表情が豊かなのも、目が見えないのに一人暮らしが出来ているのも、本人だけでなく周りからの並々ならぬ努力があったからこそだ。




こんなに一生懸命生きてる子を


俺が軽々しく手を出していいわけがないっ……






「帰るよ。俺とはもう会わない方がいい。」



髪を撫でそうになった手を止めた。

最後に触れてしまいたくなる気持ちを必死で抑えた。

蛍ちゃんの顔が見れない……




「……ひどいです。」




絞り出すような悲しげな声……

きっと泣いてる。

泣かせてしまった……



胸が焦がれるくらい辛くて……

最後のお別れの言葉も別のことを言ってしまいそうで───────……




サヨナラも言えずに、蛍ちゃんの家をあとにした。













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