ホストのマジ恋 前編
俺は歌舞伎町の人気店、AuroraのNo.1ホストだ。
ホストなんてただ女の子と楽しく酒飲んでりゃ出来るラクな仕事だと思ってる?
まあ実際そういう風に考えてるやつは多いけど……
俺のように何年もトップにい続けるには見た目の格好良さ以上に巧みな接客術が必要だ。
お金をたくさん店に落としてくれる太客に出会えるかは運の部分が大きい。
でもそのあとも店に通ってもらえるかは、努力と経験と実績による実力がなければ長続きはしない。
俺にはその太客というのが何人もいる。
みんな俺のために毎回気持ち良く大金を落としていってくれている。
それは俺がラッキーだったからじゃない。
俺になにを求めているのか……常に頭をフル回転させ、発想力を豊かに切り返してどんな子にも隙なく接している。
一人の人間として、客は俺の事を信頼してくれているのだ。
客と店外で寝るような枕営業は絶対しない。
店でもそれは禁止されてるし、なにより俺のプライドが許さない。
時には俺と真剣に付き合いたいと言い寄られることもある。
悪いが勘弁して欲しい。
客との恋愛なんて俺には有り得ない────
あっそうそう、この話を読んでくれてるってことはホストの世界に少しは興味があるってことだよね?
そんな君にちょっと忠告。
ホストがする“育て”って知ってる?
営業の一種なんだけど…育てにもいろいろあって、一番気を付けなきゃいけないのがある。
ターゲットはホスト遊びなんかしたことがない若い女の子。
最初は彼氏の振りして近付くんだ。
店には呼ばないし、デート代も全部ホストが払う。
すると女の子は私には本気なんだって思うよね?
どっぷり自分にハマらせてから適当な理由を付けて店に呼ぶ……
今月は売上が足らないから助けてとか、君のことは真剣だから店のみんなに紹介したいとかね。
そうしてホストクラブの雰囲気に慣れさせて、外ではだんだん会わなくなるし、忙しいといってあまり相手にもしなくなる。
すると女の子は彼に会いたくたくて店に来る。
だって店に行ったら大好きな彼はすごく優しくしてくれるから……
お金が尽きれば体で稼げる仕事を紹介してあげる。
俺、水商売してる子に偏見なんて持ってないからとか言ってね。
俺はこんなことをしたことはないが……
ホストと恋愛する時にはみんなくれぐれも気を付けてね〜。
ではそろそろ本編を開始しよう。
「潤さんご馳走様でした〜!」
「でした〜っ!」
店の営業時間が深夜に終了したあと、俺は後輩のホスト達を連れてご飯をおごってやった。
それぞれの売り上げアップの為の改善策やメンタルケアなんかもしてあげたので、終わる頃には会社勤めのサラリーマン達の出勤時刻になっていた。
「あーっ!俺も早く潤さんみたいに一晩で何百万も稼げるようなホストになりてぇ!」
聖也が叫ぶ…こいつは最近入ってきた中では一番上昇志向が強いので、特に手を掛けている。
「それに俺も良い女と付き合いたいですっ。潤さん今は誰と付き合ってるんですか?」
「今はいないよ。」
「えーっ!潤さん女欠かしたことないんでしょ?次はキャバ嬢のアケミさんなんてどうです?」
「その子は客だから…付き合うことはない。」
「え───っ!もったいない!」
どうもこいつは客に対して必要以上に感情を持ちすぎる。
ド直球な性格のようで見ていて危なっかしい部分があった……
そう思いながら聖也を見ると、すれ違う人に向かってガンを飛ばしていた。
「おまえらジロジロ見てくんじゃねぇよ!」
「聖也っ。」
人目でホストだとわかる俺達を、昼間働く人達は怪訝そうな目で見てくる……
まあ仕方のないことだ。
寮生活をしている聖也達と別れ、都内のタワーマンションに部屋を借りている俺はタクシーを捕まえるために駅前へとやって来た。
空車表示のタクシーが来たので手を上げようとした時、背後でガシャンガシャンと大きな音が鳴り響いた。
見ると、駅前に並べて置かれていた自転車がドミノ倒しのように倒れていっていた。
そばには倒れていく自転車を呆然と見送る若い女性が立っていた。
「ヤダっ、この音…いったいどこまで倒れたの?!」
30台は倒れたかもしれない……
彼女は深い溜息をついたあと、ぎこちない手つきで手前の自転車から元に戻し始めた。
横を通り過ぎる人は皆忙しそうで、誰も手伝おうとはしない。
「大丈夫?怪我しなかった?」
俺は彼女にそう声をかけて手伝ってあげた。
「すいませんっありがとうございますっ。」
彼女はペコペコと謝り、また自転車を戻そうとするも要領を得ない。
むしろ倒れた自転車を直している俺の周りでうろちょろするもんだから邪魔だった。
「じゃあ。」
ちょっとイラっとしながらも全部戻し終えたので去ろうとしたのだが、彼女に呼び止められた。
「……あの…白い杖どこかに落ちてないですか?」
「……杖?」
最初に自転車を倒したところにその杖は落ちていた。
───────これって……
「本当にありがとうございましたっ。」
彼女は俺に向かって深々とお辞儀をした。
俺は改めて目の前にいる彼女を観察してみた。
身なりは清潔できちんとしている。
メイクも普通のOLとなんら変わりない…綺麗だ。
俺に話かける時もちゃんと顔を見て話してくる。
本当に信じられない……
────────見えてないだなんて……
彼女はその白杖で前方の路面を触擦して歩き出した。
背筋をピンと伸ばし、颯爽と歩く姿はとても凛としていた。
白杖を持っていないと誰も視覚障害者だとは気付かないだろう……
直後、また自転車に当たって何台もバタバタとドミノ倒しのように倒れた。
ウソだろ……」
「すいませんっいつもボランティアで自転車を整理してくれている方が今日はいないみたいで。」
確かに無法地帯みたいになっていて、点字ブロックにもはみ出ていた。
彼女は俺に向かって謝りまくっていた。
見捨てるわけにもいかず、もう一度倒れた自転車を全部戻してあげた。
「送ってあげるよ。どこまで行くの?」
「いえ、もう…ここからすぐそばにある職場なんで。」
「働いてるの?何の仕事?」
目が見えない人がする仕事というのに単純に興味がわいた。
「マッサージです。」
「やらしいやつ?」
歌舞伎町が近いし彼女がとても可愛らしかったのでそう思ってしまったのだが、ムッとした顔をされてしまった。
「違います。」
「そっちの方が稼げるんじゃない?なんなら紹介してあげようか?」
親切心のつもりだったんだけど……
彼女は眉間にシワを寄せ、プクっと頬を膨らませた。
その仕草に思わず吹き出してしまった。
「今笑いました?すごく失礼な人ですねっ。」
そう言って彼女は両手を自分の顔の前ぐらいに上げた。
「ちょっとこの辺にあなたの顔がくるように立って下さい。」
言われた通りにするといきなり俺の頬を叩こうとしたので避けた。
「なんで避けるんですか!」
「いや、普通避けるでしょ?」
ホストの大事な商売道具に引っかき傷でもついたら大変だ。
彼女はもうっと言って悔しそうに唇をとがらせている。
なんか反応が素直すぎてまた笑けてきた。
「ねぇそのマッサージって今から店に行ったらしてもらえるの?」
彼女は目を見開いたあと、パチパチと何度も瞬きした。
俺の言葉に動揺しているようだ……ここまでわかりやすい子って珍しい。
「……平日の朝イチで予約入れる方はあまりいないので…出来るとは思いますが……」
「指名も出来る?君にやってもらいたい。名前は?」
「あの……加藤といいます。」
「違う、下の名前。」
「下ですか?えっと…蛍です……」
下の名前を聞かれたことに戸惑いながらも教えてくれた。
話す時は俺の方に必ず顔を向けてくれていたのに、名前を言う時は恥ずかしかったのか、口元に手をやりうつむき加減だった。
その仕草がとても可愛らしかった。
「俺は潤ていうんだ。よろしくね、蛍ちゃん。」
俺の周りにいるのはいかに自分が良い女に見えるかを計算して着飾ったり振舞ったりしている女達ばかりだ。
それはそれで努力していていじらしくは思うのだが……
「蛍ちゃんは天然だね。」
「えっ……私そんなにボケてます?いつもは自転車なんて倒しませんよっ。」
そういう意味じゃないんだけど……
シュンと落ち込んでる姿にまた可愛らしいなと思ってしまった。
手を握って歩いてあげようかと蛍ちゃんに言ったのだが丁寧に断られてしまった。
普通は視覚障害者の人が歩くのをサポートしてもらう時は、相手の肘の上を軽く持ち半歩前を歩いてもらうのだそうだ。
蛍ちゃんは毎日通ってる道なので大丈夫だから付いて来て下さいと俺の前を歩き出した。
点字ブロックがない道でもズンズン進み、曲がり角もまるで見えているかのように曲がる……
なんでわかるんだろうか?
「今の道は角に定食屋があって、この時間はいつもランチの仕込みをしてるんですよ。今日は生姜焼き定食みたいですね。」
なんてことはないといった感じで説明してくれた。
信号が赤に変わったのでマズいと思い教えてあげようとしたのだが、ちゃんと手前で立ち止まった。
「ここは音響式信号機なんで大丈夫ですよ。」
俺が慌てたのが伝わってしまったのだろうか…クスクスと笑われてしまった。
蛍ちゃんが務めている職場は意外にも若い女性が来るような、とてもお洒落な外観のエステのお店だった。
聞けばここではフェイシャルエステや美顔を目的としたあん摩マッサージ指圧もしているらしく、蛍ちゃんは結構人気があるらしい。
接骨院のような診療所をイメージしていた。
参った…俺場違いかもしれない……
受付にいるスタッフが待合室のソファに座る俺に熱っぽい視線を送ってきた。
口説けばすぐ店に来てくれそうなタイプの女の子だ。
「ごめん、俺勘違いしてた。やっぱりいいや。」
「全身マッサージのコースもありますよ?ちゃんと国家資格持ってるんで安心して下さい。そこに上半身だけ脱いでうつ伏せで寝てもらえますか?」
制服に着替えてきた蛍ちゃんに個室へと案内された。
「潤さんだいぶ疲れてますね。」
「う〜ん…今日50台くらい自転車持ち上げたからかなあ。」
「そうでした…ゴメンなさい……」
困った顔を見たくてワザと意地悪なことを言った。
蛍ちゃんの顔を見ると眉を寄せ、頬が少し赤くなっていた。
俺の首や肩、腰を中心に手や指で押したり揉んだり叩いたり、時には引っ張ったり……
溜まっていた疲れやストレスが蛍ちゃんの温かい手で解されていくのを感じた。
すごく気持ちが良い……
この子とSEXしたらどんな感じになるんだろう……
そんなことを考えながらぼんやりしていたらいつの間にか眠ってしまっていた。
目が覚めると随分スッキリしていた。
起きた直後にこんなに爽快な気分なのは久しぶりかもしれない。
個室を見渡すと誰もいなかった。
大きく伸びをしながら壁時計を見ると15時だったのでギョッとした。
俺、五時間も寝てたの?
お客の女の子達にLINEも電話もしていない。
今日は17時から客との同伴もあるのにっ……
同伴とは店に行く前に二時間ほど客と一緒に過ごすことだ。
俺のために時間を作ってくれてるのに遅刻なんてとんでもない。
これから急いで家に帰ってシャワーを浴びて着替えて、美容院でヘアメイクをしてもらわないと……
「潤さん起きました?おはようございます。」
慌てて着替えていると蛍ちゃんがのぞきにきた。
「蛍ちゃんっ起こしてよ!」
つい半ギレで言ってしまった。
「起こしましたよ何度もっ。潤さんが起きなかったんです!」
言い返されてしまった。
「いくら?」
「いりません。助けてくれたお礼です。」
「それはダメだよ。払わせて…」
「じゃあまたお店に来て指名して下さい。」
ここはホストクラブかよと突っ込みそうになった。
俺を見てニッコリと笑う蛍ちゃんの純な笑顔に、これ以上払わせてとは言えなくなった。
「じゃあ今度は俺の──────」
俺のいる店に来てと言いかけて止めた。
仕事柄毎日何人もの女の子と出会いはあるが、みんな俺がホストだとわかっているし俺も客として接している。
外で誰かと偶然出会う時があってもだ。
いずれ客として店に来てもらいたいと思うから営業と思って接している。
蛍ちゃんにはまったくの素の自分だった……
こんなこと、ホストになってから初めてかもしれない。
付き合った子でさえ、自分を良く見せようと常に偽っていたのに……
「どうかしましたか?潤さん?」
「……いや、なんでもない。今日は甘えとくよ。」
彼女の目が見えないから?
客にはなり得ないし、付き合うことも考えられない……
ありがとうございましたと蛍ちゃんはお辞儀をしてから個室の清掃を始めた。
彼女の横顔を少し見つめてから個室をあとにした。
もう会うことはないだろう……
会っちゃいけないような気がした。
待合室に行くと受付の子が物言いたげな表情を浮かべながら見つめてきた。
「俺、潤ていうんだ。Auroraって店で働いてるから良かったら来て。他の子にはナイショね。」
営業スマイル全開で名刺を差し出すと、ととても嬉しそうに受け取った。
「待ってるから。」
そう言って髪を優しく撫でてあげたら目がハートになった。
この子はきっと店に足を運んでくれるだろう。
「麗子様からシャンパン入りましたー!本日10本目でーすっ!」
今日も店ではシャンパンコールが乱れ飛んでいた。
俺は酒はかなり強い方だ。
ホストの中には酒が飲めない下戸もいたりするが、稼ぐためにはより多く飲めるに越したことはない。
特にこの俺の太客のうちの一人である麗子さんは名家のお嬢様なのだが、男が酒を一気飲みしている姿に興奮するらしく、いつも大量のシャンパンボトルを注文してくれる。
飲んだら飲んだだけ金を落としてくれるありがたい客だ。
「さあ次は誰が飲んでくれるのかしら?」
「俺がいきますよ。」
ヘルプについてくれたヤツらはすでに酔いつぶれてしまっていた。
これで三本目だがいくしかない。
ノドの奥に流し込むように一気に飲んだ。
「カッコイイ潤く〜ん。そそりますわあ。」
「ありがとうございます。麗子さん。」
俺は他の席でヘルプに着いていた聖也を呼んだ。
「聖也、次おまえいけ。」
聖也も酒は強い方だ。
「次ドンペリじゃないですかっ。あんな酸っぱいもん飲み物じゃないです!」
俺もドンペリは酸味が強いから好きじゃない。
だがホストが客から出されたもんを嫌いだからと拒絶してたら上には上れない。
「いいから飲め。あとで吐いてもいいから。麗子さんの前では絶対吐くなよ。」
「ひどいですよ〜俺もモエピンが良かった!」
麗子さんは聖也に任せて別のテーブルへと向かった。
「随分飲まされてたわね。」
この方は小百合さん。
俺の一番古い客でまだ俺がホストに成り立ての頃からずっと店に通ってくれている超太客だ。
今まで俺に使ってくれたお金は合わせたら数千万はくだらない。
「さすがにあの席でずっとはキツいです。今日は小百合さんがいてくれて良かった。ホッと出来るから。」
40代前半であろう小百合さんには弱音を吐いたり甘えたりしている。
彼女は会社を何個も経営していて姉御肌な性格だから、俺から頼られることを心地よく思っている。
もちろん、幾つであろうが女性扱いすることを忘れてはいない。
「私は今日は潤くんとアフターでも一緒だから、他の指名客のテーブルに行ってあげなさい。」
小百合さんは客なのに店全体を見回してすごく気遣ってくれる。
この人がいなかったら入店3ヶ月でNo.1にはなれなかっただろう。
ちなみにアフターとは、店が終わってからお客の女の子と夜の街に繰り出すことだ。
「小百合さんいつもありがとうございます。アフターのご飯、今日は俺がおごりますね。」
「あら、頼もしい。」
別のテーブルに行こうと席を立った時、入口から入ってきた客がどこかで見た顔だった。
確か……蛍ちゃんの店にいた受付の子だ。
「来てくれたんだねっ嬉しいよ。」
「今日は会社の飲み会がこの近くであったんです〜。」
近くまで寄って行くと、受付の子の後ろに縮こまりながら誰かがいることに気付いた。
「ユナ、ここどこ?すごく騒がしいし、お酒の匂いがすごい……」
蛍ちゃんだった────────