Ⅸ「宰相さんとお話しました。」
「ごほんっ。それよりも、貴女に話しておきたいことがあって」
咳払いで話題を変えた宰相さん。魔王様からのジト目は完全にスルーされている。
それにしても、宰相さんが私に話したい事とは?
「何でしょう」
「実は……テイルナートから、貴女を引き渡すよう書状が届いているの」
「ているなーと?」
「お前を勇者として召喚し続けて居た、人間の国だ」
聞き覚えのない言葉に首を傾げていると、魔王様からの補足が。その口調からも表情からも、嫌そうな感情が伝わってきます。
宰相さんも忌々しそうにしながらも、懐から一枚の紙を差し出してきた。
それを受け取り、中身に眼を通す。
「すみません、私この世界の字は読めないんでした」
「あら、そうなの? 前回の貴女は普通に読み書きしていた気がしたのだけど」
「…頑張って勉強しますね」
「それならアタシが教えてあげるわ!」
嬉々として手を叩く宰相さんに対し、私は遠い眼になる。異世界にきてまでお勉強をせねばならんとは、悲しいかな学生の身分。
別に必要ないかな、とこれまで触れずに来たけど、やっぱりこの世界で生きて行こうとするなら必要か。むしろ必須か。
とりあえず読んでもらおうと、受け取った紙はそのまま宰相さんへと返した。
「腹が立つから簡潔に言うと『魔族が奪った勇者の遺体を、すみやかに祖国へと返すように』とのことよ」
「祖国も何も、センリは異世界から来たのだがな」
「まったくっ、図々しいったらないわ」
「ということは、私が召喚された事は知られていないんですね」
「教えるわけがないわ。あちらがそれを知れば、また貴女を利用しようと考えるでしょうから」
書状を破り捨てそうな程に睨みつけている宰相さん。とりあえず、握り潰すだけで留めたようだ。
クシャッとなった紙を無造作に魔王様へポイした。
良いのだろうか。一応、国から国へ正式に来た書状っぽいのだけど。
魔王様もその紙を面倒そうに視界に収めるが、広げて綺麗にすることはなかった。良いのか。
私の方が心配になって丸められた紙を見ていると、正面に座る宰相さんから真剣な視線を向けられた。
「それで、貴女に確認したいことがあるの」
「? はい」
「センリちゃん、貴女はテイルナートに行きたい?」
思ってみなかった言葉に、思わず眼をパチクリしてしまう。
そんな私の様子に、宰相さんは悲しげな表情で続けた。
「アタシは、今の貴女には元の世界で幸せに生きて欲しかった。だから、召喚には断固反対していたの」
「はい、魔王様からもそう聞いています」
「…でもね、こうやってまた貴女と会えて、話せるのは凄く、嬉しいとも思ってしまうのよ。ごめんなさいね」
「……」
「こちらの世界に来てしまったからには、アタシはセンリちゃんの好きなように生きて欲しいと思っているわ。だから…もし、魔族ではなく人間のもとで暮らしたいと思っているのなら、そうさせてあげたいの」
悲しそうに、それでも強い意思を持った視線と声に、宰相さんは本当に私のことを心配してくれているのだと感じた。
魔王様へと視線を移すと、彼も珍しく茶化す事なく静かに私達を見ていた。その態度から、私の意見を尊重してくれるのだろうと思う。
いくら前回の私と友人だったとしても、今の私とは別人のようなもの。それは、実際に会話している彼らも理解出来ていると思う。
それでも「今の私」を気遣って、力になろうとしてくれる魔王様達。
「…はは、そんなの、決まってるじゃないですか」
どこか不安げな表情をする二人に、笑ってみせる。
「私はここに残ります。あちらに行く気なんて、最初からないですよ」
「センリちゃん…」
「もちろん、みんなが許してくれるのなら、ですけど」
「そんなの、当たり前じゃない! ずっと居てくれていいのよ!」
瞳に若干の涙を溜めながら、嬉しそうに笑い返してくれる宰相さん。
魔王様も安心した様子で、優しい笑みを浮かべている。
「お前の事はそれなりに理解しているつもりだが、それでもちゃんとお前の口から聞くと嬉しいものだな」
「そりゃ、あくまで『私は私』ですからね」
「違いない」