Ⅵ「とりあえず魔法を覚えようと思います。」
ふと何かを思い出したのか、魔王様が私の方を見た。
シュナイゼンさんの方は未だにブツブツと魔王様の言っていた事を悩んでる様子。壁に向かって呟く姿は何とも怖いです。
「そうだ、センリ。お前、これからどうする」
「どう、とは?」
「前回のお前自身の頼みとはいえ、今のお前に断りなく呼んでしまったのは申し訳ないと思っている。だから、お前が望むように生きれるようにしよう」
「あぁ、やっぱり帰還方法はないんですね」
「魔導師と呼ばれた前回のお前にすら無理だったからな」
まぁ、召喚されちゃった初日で既にある程度覚悟していたし、良いんだけど。
同情的な視線を送ってくる魔王様とシュナイゼンさん。そんな二人に笑顔を向けた。
「気にしないでください。そこまで元の世界に未練もないので」
「しかし」
「前回の私だって、別に無理に帰ろうとはしてなかったんじゃないですか?」
「…あぁ」
「つまり、そういう事です」
今の私より、前回の友人だった私を引き合いに出した方が理解されやすいだろう。そう思って口にしたが、気持ちを切り替えた二人を見て良い判断だったと悟る。
前回の私がどこまで魔王様達に気を許していたかは分からないが、それなりに信頼関係を築けていたんだろう。
さて、問題は今の私ですね。
魔王様には勇者討伐を頼まれてはいるけど、強制ではないらしい。
そりゃ、今の私にとっては魔王様達はまだ会って間もない他人でしかない。
直接会話したのは今のところ二人だけだが、良い方達だと思うし仲良くなれそうだとも思う。
だけど、それは今後次第だ。
成り行きで勇者を討伐する事になるかもしれない。その時はその時かな。
とりあえずは。
「せっかくだから、私も魔法を覚えてみようと思います」
「お、魔導師をまた名乗ってみるか?」
「それは試してみてからですね」
前回の私に出来たからといって、今の私にも出来るとは限らないからね。
ということで、とシュナイゼンさんに頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「えっ⁉︎ 私が、魔導師殿に魔法を⁉︎ そんな恐れ多い!」
「今の私は魔導師どころか魔法師ですらないので、構わずビシバシ教えてください」
魔王様に教えてもらっても良いが、彼は王様としての仕事が忙しいだろうし。
それに対して、わざわざ私の部屋まで会いに来るシュナイゼンさんは暇そうだ。とは言わない。可哀想だからね。
「良いじゃないか、教えてやれ。シュナイゼン」
「王よ、貴方まで⁉︎」
「どうせ暇だろ」
「それはそうなんですがっ」
別に気を使う事なかったみたいです。本当に暇なんかい。大丈夫か宮廷魔法師。どんな仕事か知らないが。
それでもオロオロと迷っているシュナイゼンさんに頼み込んで、何とか承諾してもらった。
さすがに仕事がヤバイとのことで慌ただしく去って行った魔王様を見送り、私はシュナイゼンさんの案内で城内にあるという鍛錬場へと移動した。
ここへ来てから謁見の間から部屋までの道のりしか出歩いた事がなかったので、物珍しく辺りをキョロキョロしてしまう。
シュナイゼンさんは随分と顔が広いらしく、移動中いろんな人に話しかけられていた。
そのついでのように、私にチラチラと視線を向けてくる人達もいたが。
「魔導師殿を見にきてるのだよ、彼らも」
「え、そうなんですか?」
「つい最近まで普通に城内を歩いていた魔導師殿は、今よりも年齢が上だったから。事情は聞いているんだが、どうしても」
「なるほど」
まぁ、こっちの世界に来て死ぬまでいたのだから、当然今の私よりは年を取っているはず。
彼らからしてみれば、いきなり若返ったかのように感じるのだろう。若返ったどころか、生き返った?
と、一つ気になることを思いついた。
「そういえば、前回の私のお墓とかってあたりするんですか?」
「あるよ。行ってみるかい?」
「うーん……まぁ、そのうち」
身体は召喚に使ったのだとしても、さすがに自分のお墓参りというのもなぁ。
私にとっては、前回の私は私であり、別人でもあるという不思議な感覚なのだ。気が向いたら行こう。
そんな会話をしていると、突然通路が終わり、かなり拓けた場所へ出た。ここが鍛錬場かな。
シュナイゼンさんの話だと、ここは前回の私がよく魔法を練習していた場所でもあったそうで、いつの間にか魔導師専用となっていたそうな。
前回の私よ、少しは遠慮しろ。
「それで、魔法ってどうやって使えるようになるんでしょう」
「そうだな…まずは魔法の適正があるかをチェックするんだが、魔導師殿に限ってはそれは飛ばしても問題ないだろう。魔導師殿だしな。
まぁ、仕組みはそう難しくはないんだ。ある程度の魔力を保有していて、それが制御出来れば魔法は使える」
そういうと、シュナイゼンさんは目の前に手をかざした。
すると、距離をあけて立っていた私と彼の間に、ボッという音とともに火の球が浮かび上がった。
「おぉー」
「この程度のもので魔導師殿が驚くと、何とも不思議な感じがするな…」
「今の私には、初めて見るものですから」
しみじみと呟くシュナイゼンさんに返しながら、火の球に近付いて観察する。
何もない空間に、ひとりでに火が浮いている状態です。
何となく、その火の球に手を伸ばす。
「あれ」
しかし、私の手が火の球まであと数センチという距離になると、フワッと消えてしまった。
危ないからシュナイゼンさんが消したのかと窺うと、何やら感激したような顔をしている。
「なんと……まだ魔法を使ったことがない状態ですら、これ程の魔力障壁を」
「? 何ですか、それ」
「魔力を持っている者は、誰しも無意識に魔力の障壁を身体の周りに張っているんだ。魔力量が多い、もしくは魔力制御が上手いと障壁は厚く堅くなる」
「なるほど」
「魔導師殿は、実はそれ程魔力量は多くないんだーーーもちろん、そこらの人間や魔族より多いがな。だが、完璧に魔力を制御出来るからこそ、魔族一の魔力量を誇る魔王と同レベルの魔力障壁を持っている」
うーん? つまり、私は既に魔力を制御している状態、ということ?
魔力がそもそもどういったものなのかも分かっていないから、その辺どうなのか自分じゃ判断出来ないな。
まぁ無意識のうちに制御出来ているなら、変に暴走とかしなさそうだしいいか。
「魔力を制御出来ているなら、あとは簡単だ。どこに、どんな現象を起こしたいのか明確にイメージするだけ」
「え? それだけ?」
「本来なら魔力を制御することが難関なんだ。制御出来なければ、どれほど明確なイメージがあろうと魔法は成功しないからな」
予想よりも随分と簡単だ。何だろう、やっぱり異世界召喚にありがちな補正でも入っているのでしょうか。
前回の私なら何かしら分かっていた事もありそうだけど、ないものねだりはしまい。
先程のシュナイゼンさんのように手をかざし、同じような位置に火の球が出るようにイメージする。
すると、自分の中から何かが流れ出るような感覚があり、その一瞬の後、思ったとおりの位置に火の球が浮かび上がった。
「さすが魔導師殿。易々と成功させたな」
「今、魔法を使う時に身体から何かが流れ出るような感覚があったんですけど、それが魔力なんですかね?」
「そうだ。普通は、日頃から己の中の魔力を制御する為に意識すれば分かるものなのだがな。前回の魔導師殿も、魔法を使う時にしか魔力を感知出来ないようだった」
前回の私に分からないなら、今の私には尚更分かるわけないか。
火の球を出したり消したり繰り返す様子を、シュナイゼンさんはどこか呆れたような表情で眺めている。
「全く、やはり魔導師殿は規格外だな」
「褒めたって何も出ないですよー」
「ははっ! 前にも同じ事を返されたよ。魔導師殿は、魔導師殿なんだな」