Ⅲ「信じられない話を聞きました。」
「……すみません、ちょっと意味が…」
「まぁ、最初から理解出来るとは俺も思っていない」
怪訝な顔になる私に、当然と頷く魔王様。
いや、だっておかしいでしょう。2000年以上もの間、呼ばれ続けているのが一人の人間で、しかも「黒髪黒目のセンリ」って。
まぁ、同じ日本人とかで同姓同名の可能性もあるし、何なら私の元いた世界とはまた別の世界にいる人なのかもしれない。
今ここに私がいる以上、私が勇者なわけがない。
「魔族は人間よりも寿命が長い。500歳は優に超えるだろう」
「ちなみに魔王様は」
「俺は今152だな」
人間でいうと、20代くらいという事かな。思ったよりも長寿だ。
でもそれが、これまでの話と何か?
「勇者であっても人間だ。そう長くは生きられない。だから、俺はこれまでの間に勇者と呼ばれていた人間に3度会った事がある」
「…それで」
「3度とも、同じ人物だと思われる人間だった。そしてーーーお前と、同じ顔をしていた」
思わず眼を細め、魔王様が嘘をついていないかを探ろうとするも、彼は至って真面目な表情で、少なくとも私にはその裏があるのか分からない。
かと言って、魔王様の言葉を信じるには、あまりにも理解が追いつかなかった。
口を開かない私を見て、魔王様はゆっくりと話を続ける。
「恐らく、同じ時間軸にいるお前を召喚し続けているのだと思う。一つの世界に同一の存在は共存出来ない。最初に呼んだお前がこの世界で死んだ後、また同じ世界の同じ場所から、お前を召喚している」
「そんな事が可能なんですか?」
「理論上は可能だ」
「…何故、私が」
どうしてもまだ信じられず、疑心に溢れた視線を魔王様に向けてしまう。
それを正面から受け止めて、彼は説明を続けた。
「異世界から人間を召喚するーーーだがそれは、どんな人物が来るかは分からない。生まれたばかりの赤子かもしれないし、先の短い老人かもしれない」
「なら、どうやって同じ人間に焦点を当てて呼んでいるんですか?」
「召喚する際に、その人物自身を媒体とする事で同じ人物を呼ぶ事が出来る。理論上はな」
「…それがどういった理論なのかは、この際置いておきます。それで? どうして私なんです?」
「俺としては、お前だからこそ、と思うがな」
よく分からない事を言う魔王様に、黙ったまま眼で先を促す。
「お前ーーーセンリは、魔王にも匹敵する力を持っていた。俺も戦った事があったが、気を抜けば死ぬと思ったな。人間がお前に固執する理由も分かる程に」
「……それは、本当に私だったんですか?」
「こうやって話してみて確信した。アレは確かに、お前だったよ、センリ」
そういって、とても懐かしそうな顔をした。まるで、昔の友の話をするかのように。
魔王様の話の通りなら、過去の勇者ーーー私は、魔族の敵だったはず。彼と戦った事があるという事は、お互い命をかけていただろう。
なのに、魔王様の私を見る目は、とても親しみの篭ったものに感じる。
「…私の事、恨んでるんじゃないんですか? 魔族の敵だったんですよね?」
「あぁ、昔はな。それこそ、本当に殺そうと思っていた。だが…」
昔を思い出していたのか遠い目をしていたが、私を見て、ふっと笑みを浮かべる魔王様。
それはとても、優しい笑みだった。
「何故、人間が召喚し続けているお前を俺が召喚出来たか、不思議ではないか?」
「…それもそうですね」
「前回のお前と俺は、敵であり友だった。戦いの中、俺は何度もお前に語りかけた。召喚される度に人間共から都合の良い情報だけを与えられ、利用されているお前が不憫だと思ってな。最初は聞く耳持たなかったが、幾度目かの戦いでお前はようやく俺の話を聞くようになった」
そこで、クッと笑う魔王様。
「その頃から、お前は疑い深い奴だったな。今のお前のように、疑心の目で俺の話を聞いていた」
「…そりゃ、こんな話、信じろっていう方がおかしいですもん」
「違いない」
それでも、それが事実だと魔王様は言った。信じるかは私次第。
もう次の仕事があるらしく、魔王様は私の部屋から去って行った。また明日来るから、それまでゆっくり今の話を考えていて欲しいと。
フカフカのベッドの上、仰向けに横になりながら魔王様の話を思い出す。
どんなに頑張っても私には、この世界に居たという私の記憶なんてない。だから、どうしても信じきる事が出来ない。
話している彼の様子から、私を騙そうとしている気配はしなかった。
私が気付いていないだけ、という可能性はもちろん大。
しかし、嘘だとして、魔王様になんの得があるのだろう。
むしろ、こんな話なんかより「人間に一方的に虐げられる魔族」とでも売り込んだ方が、まだ信じるかもしれない。
嘘にしては話に手が込んでいる、真実にしては嘘っぽい。
判断材料は魔王様からもたらされた話だけ。
だから嘘だと言い切る事も、真実だと信じ切る事もできない。
「もう少し、情報があればな…」
モヤモヤとした気持ちを抱いたまま、その日は夜遅くまで魔王様の話を反復していた。