ⅡⅩⅨ「いろいろ教えてもらいました。」
一通り料理を平らげて満足したのか、ジェスさんはデザートであるプリンを食べ始めた。
私も結構食べる方だと思っていたけど、ジェスさん……そんな小さいのに私の5倍くらいは食べていたような。
そのうえデザート…………女子だね!
「そういえば、ジェスさんはランマさんとお知り合いなんですよね。単にお客というわけでもなさそうですけど」
私もプリンを食べながら、紅茶を啜る。桃のような風味のする、飲みやすい味だ。
ランマさんは食べ終わった料理のお皿を下げて、裏の調理場で洗い物中です。
んむ? とプリンを口に入れたジェスさんが首を傾げた。
「ラ、ランマさんは、私の母の友人でございますです。昔は一緒に、おおお同じ店で働いていましたが、お互い独立されたのです」
「なるほど。その頃からのお知り合いなんですね」
「ははははいですっ。私が子供の頃からお世話になっているですっ、なので少しでもお役に立てればと!」
「つまりお客さんの呼び込みですか、やりますね」
「はっ! すすすすみませんですっ!」
「いえいえ、私がおススメを紹介して欲しいと頼んだんですから。料理も美味しかったですし、今後もお客として来ますよ」
魔王城で食べる料理とは違って、家庭の味って感じ。私の舌は基本的に庶民派です。
ホッと安堵の息をついたジェスさんを、洗いから戻っていたランマさんが面白がった笑みを浮かべた。
「ジェスは昔っからちっこくて、近所の子供にからかわれたりしててね。仕事は丁寧だし早いし、優秀な子なのに自信がないのさ。セン、いつまでこの街にいるのか知らないが、仲良くしてやってくんな」
そう優しい瞳と手つきでジェスさんの小さな頭を撫でるランマさんは、彼女の言う通りジェスさんのもう1人の母親なんだろう。
恥ずかしそうにしながらも嬉しげな笑顔をみせるジェスさんを微笑ましく思った。
「ーーそそそそういえば、センさんは、聞きたいことがあるとか……?」
会話にひと段落したところで、思い出したようにジェスさんが首を傾げた。
「はい。私、実はかなり田舎の方から来たので、この辺のこととか全然知らないんです。なので、いろいろ教えてもらえればなって」
「ははははいですっ。私にお答えできるものであればっ」
改まった様子で姿勢を正すジェスさんに、真面目だなと苦笑を浮かべる。
さて、何から聞こうかな。
「うーん、と。じゃあ、まずはこの街について教えてもらっても良いですか?」
「はいですっ! こ、ここはテイルナート国で最も魔族の国デュークランゼに近い主要都市シェルタでございます。
シェルタは別名『冒険者の街』とも呼ばれ、過去、『魔導師』センリ様が冒険者ギルドに始めて登録した街でもありますです。
戦争時には城砦としての目的を果たす為、街の周辺は大きな石壁に覆われ、西と東の門のみが出入口になります。
シェルタの領主様はネイサン・シェルタ・エレヴァル辺境伯でございます。家をお継になるまでは王都にて王宮騎士団の分隊長として、デュークランゼとの戦争で名を馳せておられました」
「団長候補筆頭でもあったけど、前当主だったお兄さんが戦争で死んじまって、急遽、家を継いだらしいね」
「筆頭……かなり強いんですね、今のご当主は」
「そりゃ、この街の頭を任されるからには、軟弱なヤツじゃ務まらないだろうさ。誰も付いていきゃしないよ」
ランマさんも説明に加わってくれながら、この街について語ってくれた。
外から見た時も随分と武骨な街だな、とは思ったけど。戦争前提の街だったか。
デュークランゼから来るまでに人間の住む小さな町や村はポツポツあったけど、ここまで大きな街はなかった。多分、戦争になったら近くの町や村からの避難先にもなってるんだろう。
「ネイサン様は剣の腕だけでなく魔法の腕もたち、ま、魔剣の使い手として有名でありました。ななな何でも『魔導師』センリ様から魔法のご教授を受けていたそうで、羨まし……ごほん。
現在の辺境伯お抱えの騎士団も、全員が魔法も使える者で構成されているのでございます」
「やっぱり魔族との戦いを想定しているんですか」
「それはもちろんでございますっ! いいいいつ魔族が攻めてくるか分かりませんから、それに備え冒険者の方々もこの街に多く滞在しているのでございますですっ!」
「……ちなみに、これまで魔族から攻めてきたことってあるんですか?」
「? 今のところはございませんが……」
それが? という不思議そうな顔のジェスさんに、笑みを返して続きを促す。
「もちろん、冒険者の方々が集まるのはそれだけでなく、依頼数の多さや冒険者価格で利用できる施設、名のある鍛冶屋などが揃っている点もございます」
「ここもその1つさ。だから客は冒険者が8割くらいかね。冒険者は粗野な野郎が多いが、羽振りが良いのも多い。多少は安く提供してでも沢山の冒険者に利用してもらった方が利益があるのさ」
「シェ、シェルタの街がここまで拡大したのも、そそそそういった冒険者側と施設側の利害関係によって発展があったからなのです」
「ふむふむ。思ったより歴史ある街なんですねぇ、ここ」
人間の国で最初に立ち寄った街としては、当たり、かな。
冒険者が多ければ隠れ蓑にできるし、旅費を抑えられそうな店も多い。
それに前回の私に会ったことのある領主様とやら……ちょっと興味ある。
「あ、そういえば」
「ななななんでございましょう?」
「今って、『勇者様』はいないんですか?」
今の私が魔王城で召喚されたからには、私を再び召喚することは理論上は不可能。
『勇者』を2000年以上に渡って召喚し続けていた国が、今の事態をどう民間に流しているのか。これまでは「神が人間の為に遣わせてくれた存在」として流していたらしいけど。
そして、宰相さんの話からあがった、新しい『勇者』の存在。私にそっくりな顔をした「黒髪・黒目の少女」。
私の質問にーー何故か困ったような顔をしたジェスさんとランマさん。
「セン、アンタどれだけ田舎に住んでいたんだい? 『勇者様』の話も知らないって……」
「あはは、すみません」
「そそそその、『魔導師』センリ様はすでにお亡くなりになっているのでございます。神の御使様であったセンリ様はお役目を終え、もうこの世界には遣わせられることはないと……」
「お役目、というと、魔王討伐ですか? でも、魔王ってまだいますよね?」
「も、申し訳ございませんです、お役目の詳細については伝えられていないです。それを知っているのは、おおお王家の方々と教会の上層部だけの秘事なのでございます」
「なるほど……教会、ね」