ⅡⅩⅤ「人間の国へ行きました。」
「おぉ、人間だぁ」
フード付きのコートを纏い、深く被った隙間からコッソリと周囲を窺う。
こっちの世界に召喚されてから、頭から角の生えた魔族の方々しか見ていなかったので、普通の人間がとても懐かしく感じる。
という私も人間ではあるのですが。
「ここが……テイルナート」
デュークランゼの城下町のような賑わう人波に紛れ、私は人間の国テイルナートへと訪れていた。
理由はもちろん、宰相さんから聞いた「私によく似た黒髪・黒目の少女」を探しに、だ。
別にこの世界で黒髪や黒目は珍しくはない。顔立ちだって、他人の空似という可能性も大いにある。
魔法で変装しているのかもしれないし、そもそも見間違いだってあり得る。
それでも……もし、私が想像していることが、事実だったら。
その可能性がゼロじゃないのなら、私はそれを放置できない。
なので、実際にこの目で確かめに来たのだ。
「おじさん、これ一つ」
「あいよ、銅貨2枚だ」
「はーい」
目に留まったお店で、林檎に似た果物を一つ買う。
ちなみに、お金はユーゼルさん達、薬剤師の方々からの依頼を受けた報酬として貰っていた。
別に良いと断っていたんだけど、あくまでも「依頼なので」というスタンスを取るユーゼルさんに根負けしたのだ。
今となっては、受け取っておいて良かったと思うよ。無一文で旅は出来ません。
お城でシュナイゼンさんら宮廷魔法師のみなさんに魔法を教え教わり、遠くから訪ねてくる怪我人を治療したり、街で人助けをしたり、本当に気のままに暮らしていたからな、最近の私。
働いているのやら、いないのやら。
今職質でもされても、
「ご職業は?」
「魔導師やってます」
としか返せないのはイタイ。そもそも魔導師って役職?
見た目林檎、なのに味は梨のような果物を食べ終わり、残った芯は空間収納へこっそりとポイ。
基本的な荷物は全て空間収納にしまってある。旅は身軽の方が良いよね。
ただ空間収納を使える人間はあまりいないそうなので、一応小さめの鞄を肩から提げて、その中を空間収納へとリンクさせてある。
改めて魔法って便利だなと思います。
「とりあえずは情報を集めたいところ」
とすると、やっぱり酒場かなぁ。
それとも冒険者ギルドとやらに行った方が良いのだろうか。
宰相さんからは、この世界に言語を教わりながら簡単な世情も習ってある。その中で、人間の国には冒険者ギルドという、冒険者が利用する施設があるそうで。
そこで冒険者として登録すると、依頼を受けたり一部の立入禁止区域にも入れたり、色々とサービスが受けられる。
ギルドが発行している冒険者の身分証明書にはランクがあって、下から白、緑、青、紫、赤、銀、金と分けられている。
ランクが上にいく程、受けられる依頼のレベルやサービスの向上があるのだとか。
ちなみに、前回の私は『勇者』としてギルドにも登録していて、ランクは金だったそうだ。まぁ、そりゃそうだ。
登録自体は初期費用さえ払えば誰でも出来るらしい。
「せっかくだし、ギルドとやらに登録していくか」
まだ日が高い今の時間に酒場に行っても、開いてる店があるか分からないし。
それに、ギルドに登録している冒険者には、割引料金で提供してくれる店もあるそうだ。
あんまりお金持ってないし、出来るだけ安く済ませないとね。
「すみません、冒険者ギルドってどこですか?」
「なんだいお嬢ちゃん、冒険者なのかい? そんな細い体で魔物なんて倒せるのかねぇ」
「むむ、見た目で判断しちゃいけませんよー。私、これでも結構強いんですから」
「そうかい? まぁ、死なないようにだけはしな。ギルドはここを真っ直ぐに行って、赤い屋根の宿を右だよ」
「はーい、ありがとう。あ、これ一つ買うね」
「まいど、またおいで」
道を教えてくれたお礼に、おそらく焼き鳥であろう串に刺さった肉を買う。
これ魔王城の城下町でも食べたけど、本当に何の肉なんだろうか……。
店主のおばさんに笑顔で手を振り返し、食べ歩き第二弾で言われた通りを歩く。
それにしても、本当に人が多いなぁ。
アレだ、休日の竹下通りみたいな。人波に逆らうと舌打ちされるやつ。おそろしや。
飛べたら楽なんだけどなぁ……。さすがになぁ……。
「あ、ここかな」
おばさんに言われた赤い屋根の建物を右に曲がる。
お? 奥に大きな建物があるな。看板は……片手剣と盾のマーク。うん、冒険者ギルドだ。
ギルドが近いからか、周囲にいるのも体格の良い人が多いな。帯剣してたり、魔法師っぽい人もいる。
えーっと、まずは登録しなきゃね。
オープンホールになっている入口から、受付で空いているところを探してみると、一番端っこの子が空いているようだ。
他の人の前にはそれなりに列が出来ているのに……?
「あのー」
「ふぇ⁉︎ わ、私でございますか⁉︎」
「あ、はい」
話しかけると、とても辿々しい感じのお返事が。
明るい新緑の髪と瞳の、小さい女の子だ。小学生くらいに見えるけど、さすがにな。
「受付してない、とか?」
「い、いいぃぃいえ! 全然でございますよ! 毎日毎時間大歓迎でございます!」
「そうですか?」
「ははははいっ」
両手を顔の前で握り締め、上目遣いにこちらを見上げてくる少女。
うん。小動物!
「そそそのですね! 私まだまだ、ううう受付じょじょじょ嬢になったばかりでございましてっ。いいいいぃろいろと、そのその、ご迷惑をおかけいたしますかも!」
「大丈夫ですよー。私も今日、お初ギルドなので」
「とととということは、ご登録でございましょうか⁉︎」
「はい、そうです」
「っでででは! こ、こちらに!」
受付のカウンターに、一枚の紙が取り出された。
これが登録用紙かな?
えと、名前と、得意武器か。
「得意武器、というか、私は魔法を使うんですけども」
「そそそそれでしたら、魔法と!」
「はーい」
名前……は、本名じゃマズイよねぇ。これまでの私も本名だっただろうし。
ふむ、とりあえず「セン」でいいよね。得意は魔法、と。
「セ、センさんでございますねっ」
「はい、ちなみにお姉さんは?」
「ふぇぇ⁉︎ 私でございますか⁉︎」
「お姉さんの、です」
「わわっわわわ私は、ジェジェジェジェジェスとももも申します!」
「ジェジェジェジェジェス?」
「ジェス、でございますです!」
「ジェスさんですね。これから、よろしくお願いします」
「ここここちらこそっ」