ⅡⅩⅣ「断固拒否のつもりよ。」宰相視点
【ラインズ視点】
今日ほど宰相の地位を得て嬉しく感じたことはないわ!
「ーーでは、こちらを。あぁ、そうそう。変な期待のないように先に言っておきますが、彼女を渡す気はありません」
「……」
「帰ってお伝えくださいな。例え戦となろうと、こちらは一切構いません」
「……」
「最後に、陛下よりお言葉をお伝えしますわ。『もう二度と、友を犠牲にはさせない』とのこと。さぁ、お帰りくださいな」
「……確かに」
顔を強張らせながら小さく頭を下げ、応接間を退室したテイルナートからの人間の使者。
魔族は野蛮だ危険だの言いながら、こうやって使者を送りつけてくるのはーー魔族が無闇に襲いかからないと知っているから。
まぁ、もし使者が殺されれば「やはり魔族は」と言って、魔族の悪質な噂を流してしまおうと考えているのでしょうけど?
どちらも分かっているからこそ、あの怯えた使者の表情。
殺されないとは思っていても、殺されても問題ないお仕事なんて、可哀想なこと。
「ふふ、今回はそれだけじゃないわね」
使者の去った部屋で一人、棚に備えられた茶器を取り出す。
今日、ここを使うことを事前に知らせていたから、応接間にはアタシの好みの茶葉が用意されている。うふふ、ここのメイドは優秀だわ。
それにしても、本当に人間というのは戦争が好きねぇ。勝てない戦争なのに、こうも何度も何度も。
センリちゃんが人間側にいる時ならともかく、あの子は今魔族側に。
仮に代わりとなる新しい『勇者』を召喚したのだとしても、センリちゃん程の脅威が喚べる可能性は限りなく低い。
だからテイルナートも、2000年以上も同一人物を喚び続けていたわけだし。
「今回も、これを機に戦争を仕掛けてくるつもりだったのでしょうけど……」
さて、勝機があると考えてのことなのか、端っから負け戦として無駄なことをしようとしているのか。
まったく、それに毎回毎回付き合わされるこちらの身にもなって欲しいものね。
何より! その戦争の最前線を、異世界から身勝手に喚んだ存在に押し付けるなんてっ。
「となると、目撃された『黒髪・黒目』の少女が気になるわねぇ」
しかも、センリちゃんに似た顔を持っている、ね。
テイルナート、アタシ達がセンリちゃんの身体を使って魔物を生み出したの言い掛かりつけてきたけど、よもや自分達の方がやらかしたわけじゃないわよね?
「あとは……センリちゃんが、何に気づいたのか」
何も教えてくれずに、一人でどこかへ行ってしまった。レオン曰く、テイルナートへ向かったらしいけど……。
センリちゃんったら、もう少しアタシ達のことも頼って欲しいわ。
あの手紙の中身はレオンも知らないらしいし、役に立たないわね。そのくせ、気にするな、とか言って心配もしないし!
まぁ、あの子に危害を加えられる存在なんて早々いないでしょうし、危険はないんでしょうけど。
溜息を紅茶と一緒に飲み込む。季節の果物をふんだんに使われた、それでいて品を損なわない香り。
好ましい香りに気を落ち着かせる。
「とにかく、テイルナートにこちらの意向は示した。これまでの事例からして、軽く仕掛けてくるはず。もし新たな『勇者』が召喚されているのなら、良いお披露目にもなる」
ただの一般兵如きになら、魔族が負ける可能性は限りなく低い。
心配するのは、センリちゃんに匹敵し得る力を持つ個。
研鑽を積んだ人間にも油断できない個体はいるけど、魔王に傷を負わせることの出来る程じゃない。
もし戦争になって、脅威的な敵が登場すればレオンは当然のように前線に立つでしょう。
歴代の魔王を凌駕する、史上最強の魔王レオンバルト・デュークランゼ。そんな彼が手を焼いたのは、魔導師センリのみ。
今のテイルナートに、魔王を相手取れる者などいないだろう。それは人間だって分かっているはず。
それでも挑んでくるのだ。やはり、警戒はしておくべき、か。
「例えそれで怪我をしようと、センリちゃんを渡す気なんてないんだから!」