第四十四話 フードの少女
これはそんなある日の事だった。
いつもの様に仲良く世間話をしている陽依達三人の姿を、俺はぼんやりと見つめながら帰路に着く。
家があるマンションの近くにある公園に差し掛かった時。
「そこのあなた。さっきから私達を狙ってるの見え見えなんだけど。何か用?」
陽依も気付いてたか。
まぁ……不審に思うわな。
そいつはぴったり俺達の後ろをついてきていた訳だし。
「用か……そうだな。そっちの男と女には特に用はない。巻き込まれたくなければ下がっておれ」
俺達の後ろを歩いていた目深に被ったフードの小柄な少女は俺と刹奏を指さしながらそう告げる。
「……なんだと?」
そう言われて下がっているのは男が廃る。
俺は右手に天地神明刀を呼び出そうと構えると陽依に手で制された。
「始、サクラ、刹奏。三人とも下がってて。この子の相手は私がするから。いるのよねー、習ったばっかりのカムイの力試しをしたがるやんちゃな子って」
陽依は鞄をサクラに預けながら、ため息交じりにそうぼやく。
しかしそんな陽依の言葉を意に解せず、フードの少女はこうつぶやいた。
「祖たる原初の木霊よ、馳せ来たれ。そして我が呼び声に応えよ、風呼!」
フードの少女の呪言で発生した風呼が無防備な陽依に襲い掛かる。
「祖たる原初の土霊よ、馳せ来たれ。そして我が前に壁を成せ、土壁!」
陽依は土壁でフードの少女の風呼の風を防ぎ切ったかと思ったのも束の間。
陽依の土壁はもろくも中央から突き破られ風呼の風に晒され俺達の背後の壁に叩きつけられた。
「くっ……」
「陽依っ!!」
「お姉様っ!!」
「陽依お姉ちゃんっ!!」
俺達は何が起こったのか分からず慌てて陽依の元に駆け寄る。
ボロボロに突き破られた土壁の向こう側に怪しげな笑みを浮かべる少女が見える。
「……フ……お前の力はそんなものか?陽依よ」
「何ですってっ!!!祖たる原初の火霊よ、土霊よ、我が問いに応えよ。そして我が力と成せ。火岩弾っ(かがんだん)!!!」
フードの少女の言葉に煽られた陽依は2属性を用いた呪言を詠唱する。
詠唱の完了と共に火を纏った岩の塊がフードの少女を襲う。
「フン……祖たる原初の金霊よ、我が問いに応えよ。そして我が力と成せ。鉄壁」
その状況に物怖じもせずフードの少女は1属性の呪言で軽くいなして見せる。
「なんで……なんで……なんでなのよ……。あなた、一体何者なの?」
陽依の苦痛に歪んだ顔が驚愕の色に染まる。
それはそうだ。
神童と呼ばれた陽依だけが使えるはずだった呪言によるカムイの発動を、このフードの少女はいとも簡単に使って見せたのだから。
しかも陽依の土壁や火岩弾は並のカムイでは破れるはずのない呪言だったはずなのに。
「何者……か……」
フードの少女はフフフと一頻り笑いを堪えた後こう続ける。
「……私の名前はテナ」
「テナ?」
「……テナ=オオヒルメ。そう言えば分かるだろう」
「……オオヒルメって……まさか……」
今度はサクラの顔が驚愕の色に染まる。
オオヒルメ。
その苗字を知らないものはこの国には存在しない。
何故なら……。
「ああその通りだよ、サクラ。私はこの国の皇女テラス=オオヒルメのたった一人の隠し子さ」
「皇女に隠し子がいるなんて聞いたこともねーぞ」
そもそもあの幼児のような体躯で子持ちだったなんて信じらんねーぞ。
あんななりで経産婦だったてのかよ。
「それはそうだろう。これはごく一部の者にしか知らされていないことだからな」
「そのお姫様が陽依やサクラに何の用だよ。事と次第によっちゃただじゃ置かねえぞ。我が呼び声に応えよ、そして我が力と成せ、天地神明刀!!」
告げながら俺は右手に天地神明刀を顕現させる。
「フ……この国の姫に刃を向けるか、不届き者め」
「ああ、幸い俺はこの国の人間じゃないんでな。この国の姫だろうが関係なしだぞ?」
「……始お兄ちゃん……」
刹奏が俺の制服の裾を掴んで俺を落ち着かせようとする。
大丈夫だ、俺は至って冷静だ。
でなきゃ間違いなく陽依が吹き飛ばされた時点でテナに切りつけている。
「まぁいいさ。今日は挨拶代わりだ。この辺にしといてやる」
クククと笑みをこぼしながらテナは立ち去ろうとする。
「……恐れながら申し上げます。なんで姫が私達を憎むのでしょうか?」
サクラは去って行こうとするテナを呼び止める。
「それはお前の力を使えばすぐに分かることだろう?サクラよ」
テナは振り向きざまにほくそ笑む。
な……。
なんでこいつサクラが思考を読めること知ってるんだ?
とりあえずそんなことはどうでもいい。
サクラの顔を伺うとみるみる真っ青に染まっていく。
「……そんな……」
「そうだよ、私の父は陽花だ。私はお前達の父に捨てられた娘だよ……」
テナは目深に被ったフードを取りながら。
「私はな。お前達に復讐する為に皇照宮からやってきたのさ」
そう告げて去って行く長い白髪の少女の可愛らしい顔の瞳はどこか寂しさを湛えていた。
本日から第二章です。
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