第四十話 兄と妹
「はっつんー、今日は生田亭やろ。一緒に帰ろうやー」
放課後。
帰り支度をしているとヒルノが可愛らしい顔をキラキラ輝かせて教室にやって来た。
ピンク色の手入れされた髪はヒルノの容姿とあわせてみると少女のように見えるに違いない。
「おう。そうだな。永久も待ってるだろうし、さっさと行くか」
「ちょっと待ちなさい、あなた達」
そんな中、小麦色の髪の少女が不機嫌そうな声色で声をかけてきた。
ヒルノの妹、カコ=フシミだ。
「ヒルノ、あなた遊んでばかりでパパに迷惑かけてない?」
「んー……おとんは子供は元気が一番言うてくれてるけど」
「はぁ……パパも甘いわね。少しはお店の手伝いをしなさいよ」
「しとるしとる。たまにやけど」
「たまに、じゃなくて、毎日しなさいよ。私は毎日帰ったら伏見屋を手伝ってるわよ」
「カコはえらいなぁ……ワイには真似でけへんわ」
ヒルノは言いながらフシミの頭を撫でつける。
「子ども扱いはやめてよ、ヒルノ。ヒルノがしっかりしてくれないとパパが困るんだから」
フシミは嫌そうにヒルノの手を払いのける。
「そうなんか?」
「そうなの。生田亭はあなたが継ぐんでしょ」
「そのつもりやけど。まぁまだそこまで気にせんでええんとちゃうか?」
「ヒルノはいつもそんな事ばっかり。いつか苦労するのはヒルノなんだからねっ!!」
「なぁ、フシミ。まだ将来の事を考えるのは早すぎないか?」
一家の問題に口を出すのはどうかと思ったが、俺は二人の間に割って入ることにした。
招来の事を語るには俺達はまだ幼すぎると思ったからだ。
「何?春日野君には関係ない話でしょ」
「関係はないけどな。あんま自分の考えを押し付けすぎるのもどうかと思うぞ」
「伏見屋も生田亭も伝統の味を大事にしている店よ。今のうちからその伝統を受け継いでいないと将来苦労するのはヒルノなの。だからあなたは口を出さないで頂戴」
俺の鼻先に指を突きつけながらフシミはそうのたまう。
むう……伝統の味とか言われるとなぁ……。
そういうもんなのかと思ってしまう。
「そもそも春日野君、あなたはヒルノの何なの?いつも昼食一緒に食べてるみたいだけど」
「はっつんはうちの恋人やねん」
ザワッ。
ヒルノの一言に、教室に残っていた一部の生徒がざわめく。
「ち・が・う!!!俺はそんな趣味はねええええ」
「えー……前の学園であんなに愛を誓い合った仲やん」
俺の背中で『の』の字を恥じらいながら書いている。
おいいいいい……そんなデマ流してんじゃねええええ、ヒルノおおおおおお。
ヒソヒソヒソヒソ。
『春日野君ってイクタ君の彼氏だったんだねぇ』
『いつも昼休みに可愛い女の子達と一緒に居るのにそういう趣味だったんだ?』
『日本人は進んでるっていうけどホントなのね』
『うちの灯花ちゃんていう子に目もくれず、だからねー。見る目無いわー』
……。
おい、そこのお前ら、ひそひそ話のつもりだろうけどちゃんと聞こえてるからな。
特にそこの赤髪の女アホ教師っ。
学生に交じって会話に参加してんじゃねえよ。
どっから湧いて出やがった!!!
「ともかく。ヒルノと俺はそんな関係じゃねえ!!」
「はっつんは照れ屋やからなぁ……」
「ヒルノはもう黙ってろ!!話がややこしくなる!!」
俺はヒルノの口を塞ぎつつ叫ぶ。
「ふーん。ふーん。そうなんだ。そうなんだ。なら別に良いわよっ!!」
フシミはそう告げると不機嫌そうな顔を更に不機嫌な色に染めて教室を出て行った。
……なんだったんだ、いったい。
「カコも相変わらず、いじりがいがあるやっちゃなぁ」
「……そういうもんなのか……?」
「そういうもんなんちゃうかな?」
「それはともかく、誰と誰が恋人だって?」
俺はジト目で俺の背に隠れるヒルノに問いかける。
「はっつんとワイ?」
「だからそれは違うって言ってるだろおおおおお!!」
「えー……そんなこと言わんといてーな。ワイとはっつんの仲やろ?」
ヒソヒソヒソヒソ。
『みてみて。痴話喧嘩よ、痴話喧嘩』
『もしかして別れ話?』
『えーうそー。こんな人が居る教室の中で大胆ねー』
『もしかして灯花ちゃんに乗りかえる気かな?でもそんなこと許さないけどね!!! 』
もうやだ……こいつら。
ていうかあのアホ教師もいいかげんにしやがれ。
はぁ……もうとっとと生田亭寄って帰ろ……。
「あーっ!!もうさっさと生田亭に行くぞ」
俺はそう告げてヒルノを置いて教室を出ていく。
「あ、待ってーな。はっつんーーー」
ヒルノも慌てて俺の後を追ってくる。
まったく冗談じゃなくても教室でこういう話はやめて欲しいもんだ。
明日からの学園生活に頭を抱える俺だった。




