第三十四話 平和?な日常
「始、あんたは私より弱いんだから、言うこと聞きなさい」
幼児のくせにない胸を張って陽依は俺に上から目線で告げてくる。
流石の俺もカチンときたが幼児のいう事にいちいち目くじらを立てていてもしょうがない。
「はぁ……今日は暑いわね。始、扇ぎなさいよ」
陽依は俺に向かってうちわを投げつけ、俺にそれを扇げと促してくる。
……落ち着け、俺。
これは幼児のすることだ。
幼児のすることだ。
そう心に言い聞かせる。
「ほら、さっさと仰ぎなさいよ」
いつまでも足元に転がっているうちわを扇がない俺に向かって陽依は俺を足蹴にしてくる。
「……やってられるかあああああああああ!!!」
流石に切れた。
完全にぶちぎれだ。
幼児のうちからこんな態度なんてろくな大人にならんぞ、マジで。
何でこんな自己中なの、コイツ。
マジでなんなん?
なんか俺に対してだけやたらと当たりがきつくないですかね?
他のやつに対してはそんなことないよね?
「お?お?やるか?また天地開闢食らわせちゃうぞ?」
「んな危険な呪言を教室内で使おうとすんなや、このアホ幼児!!!」
「アホじゃないですぅーーー。私、優秀だもんー」
「そういう意味で言ってんじゃねえよ!そんなこともわかんねーからアホ幼児って言ってんだ!!」
「またアホって言った!!ほんとに食らわせてやる。祖たる原初の五精霊よ、我が問いに応えよ。そして我が力と成せ。空の静寂打ち砕き、新たな理の下に力を示……っていひゃいいひゃい」
「はぁ……もうなんでこんな強気に育っちゃったかなぁ……」
天地開闢の呪言を遮るように月依先生がため息をつきながら両手で陽依の口を横に引っ張る。
ほんとになんでこんな強気なお子さんに育っちゃったんでしょうかね。
非難の視線を月依先生に向ける俺。
「……始、あんたの言いたいことは何となくわかるけど、ちゃんと厳しく育てたつもりなのよ。これでも」
「じゃあなんでこんな横暴に育ってんだよ」
「基本的に横暴に接してるのってあなたにだけじゃない?つまりはそういうことなのよ」
……。
まーだファーストキスのこと根にもってんのかよ。
もういつの話だよってくらい昔の話なんだけどな。
幼児の頃の一時の過ちで済ませれば良いじゃねーか。
どうすればこの幼児の怒りは収まるのか。
いっそあの時の記憶を陽依が失くしてしまえればと思う。
「なぁ月依先生。精神を操作できるカムイとか機械ってないのか?」
「あるにはあるけど、一時的なものでしかないわよ?」
「チ……それは残念」
「大体そんなものがあったとしても、愛娘にそんな物騒なもの使わさせるわけにはいかないわよ?」
「ですよねー……」
「精神操作がお好みなら私が始の精神操作をしてあげてもいいわよ?」
月依先生の拘束を逃れた陽依がそんなことをのたまう。
「いや、別に俺が操作して欲しいわけじゃないからな」
「別に遠慮しなくてもいいんだよ?始」
ポコン。
陽依の頭に拳骨が一つ落下する。
「あいたっ。もー……お母さん痛いってば」
「少しはサクラちゃんを見習ってお淑やかにしてなさい」
「はーい……」
そう渋々と呟いて陽依はままごとをしているサクラ達のもとへと向かって行った。
陽依がお淑やかねぇ……。
全くと言っていいほど想像がつかねーな。
むしろそんな陽依は気持ち悪くて近寄りがたいわ。
って……まてまて。
そんなこと自然と思ってる俺ってもしかして陽依に調教されちゃってる?
その事実に愕然とする。
やべえ、このままじゃやべえ。
このままいくと一生陽依に頭が上がらない人生が待っている。
それだけは何としてでも防がなければ。
「どないしたん、はっつん。そんなしかめっ面して」
「いや……俺もしかして陽依に一生頭上がらないんじゃないかと……」
「何を今更言うてんねん。もう完全にひよ姉に下に見られとんで」
「ですよねー……」
「まぁひよ姉も楽しそうだしええんちゃうかな?」
「楽しそうねぇ……。俺はまったく楽しくもないんだが」
「そうなんか?なんだかんだで、はっつんも楽しんでるように見えるけどなぁ……」
「そんなことはないんだがな……」
なんかこの間も灯花とそんな話したなぁ……そういえば。
やはり陽依に対する態度をもう少し改める必要があるようだ。
「それはそうと今日は刀の修行はせーへんのか?」
「そういやそうだな。とりあえず素振りでもしとくか」
「ワイも一緒にみとってやるさかいきばりいや」
「おう。ありがとな。ヒルノ」
そんな姿を見てどっかのアホ教師が、
「お、またBLか?薔薇なのか?お熱いねぇwwww」
と囃し立てていたが華麗にスルーすることにした。
もうあのアホ教師のいう事は無視するに限る。
相手をするのも馬鹿馬鹿しいので俺はヒルノと共に校庭に向かうのだった。




