第三十二話 勝負
「それじゃ、勝負よ!始っ!」
「おうっ!」
俺達の住んでいる高層マンションの近くの公園の一角で、今まさに勝負が行われようとしていた。
「二人共怪我しないようにねー」
そんな言葉を少し離れたところから受けながら。
何でこんなことになっているかというと話は30分程前のことになる。
―――
ピンポーンピンポーン。
俺は精一杯に背を伸ばしてインターホンのボタンを押す。
ドタドタドタ。
部屋の中からドアの方へ駆けてくる音がする。
ガチャリ。
「なんだ、始か」
「なんだじゃねえよ。俺を呼んだのはお前の方だろうが陽依」
そう。
今日は何故か陽依に呼ばれて陽依達の部屋へとやって来た。
やって来たと言っても同じマンションの下の階なのだけれども。
「とりあえず、上がって良いわよ」
そっぽを向きながらぶっきらぼうに陽依は告げる。
ほんっと、可愛くねえ奴だな。
居間に入ると一人のズボン姿の女の人がこちらに声をかけてくる。
外見はちょっと背の高い男の子っぽい雰囲気のショートカットをしていた。
なんていうか陽依が少し地味にして大人になったらこんな感じになりそうだな……。
「あれ……陽依が男の子の友達連れてくるなんて珍しい」
「今日は特別なの。これからこいつと勝負するんだから。んで陽花さんには審判やって欲しいの」
おい。
そんな話全然聞いてないんだが―……。
まーだ、勝負に拘ってんのかよ。
ほんと、めんどくさい奴だな……。
「審判かぁ。てことはこの子が噂の始さん?」
「あ、はい、初めまして。春日野始です」
「はい、初めまして。陽依が毎日迷惑かけてごめんね」
ぺこりと俺に頭を下げる陽花さん。
月依先生と違って落ち着いた物腰の人だな。
月依先生が落ち着いてないかって言うとそういう訳じゃないんだけども。
てか、この人が陽依とサクラのパパってことか。
「ぶー。そんなやつに謝る必要ないのに」
「いや、だっていつも迷惑かけてるんでしょ?」
「迷惑じゃなくて遊んであげてるのっ。この私がっ」
ほー……。
あれが遊びか。
黒板を粉微塵に切り刻むような呪言を使うのが遊びなのか。
まじでその感覚疑うわ。
この幼児、ろくな大人にならないぞ、きっと。
「はぁ……まったくその性格は誰に似たんだろうね……」
「さぁ。お母さんじゃないかな?」
「さすがの月依でもここまでの性格じゃなかったよ……」
やれやれとかぶりを振りながら陽花さんは娘の言に答える。
「それじゃ、始、早速勝負に行くわよ!」
「やだよ、めんどくせー」
そういや月依先生やサクヤさん、サクラはどこに行ったんだろう。
こういう時に止めてくれる役割なのに。
俺が部屋をキョロキョロして様子を伺っていると。
「お母さんはサクヤさん達と一緒に洋服の買い物に行ったわよ?だから早く勝負しなさいよ」
ち……。
あーもうめんどくせーなぁ、このクソガキは。
嫌だつっても意地でも勝負させる気なんだろうな。
はぁ……しゃあねえな……。
「一回だけだかんなっ!」
「やたっ。それじゃ公園まで行きましょう。今すぐ行きましょう。陽花さんもついてきてっ」
「えー……私はこれから柚木先輩の新刊読みたかったのに……」
「なんですとっ」
陽花さんの言葉に思わず俺は反応してしまう。
それは聞き捨てならない。
俺もその本、とっても読みたいぞ。
喉から手が出るほどにっ!
「そうね。私に勝ったら陽花さんの持ってる柚木さんの同人誌、貸してあげていいわよ」
「まじでっ?」
「うん、まじまじ」
「……あのー陽依。勝手に親の持ち物を賭けの対象にしないでくれないかな……。別に貸すのは良いんだけど」
「気にしない気にしない。貸す分には別に良いんでしょ?」
「そうなんだけど……。はぁ……ほんとこの性格誰に似たんだろう」
陽花さんはこめかみを抑えながら頭を抱えている。
この人、娘に悩まされてるんだなぁ……。
ちょっと不憫に思いながらも俺もニンジンを前にぶら下げられたからにはやらないわけにはいかない。
「じゃあ、勝負だ、陽依っ!」
「ふんっ。望むところよっ」
―――
というわけで、陽依と勝負をすることになった。
勝負の形式は陽依の呪言を受けきれれば、俺の勝ち。
受けきれなければ、陽依の勝ち。
至ってシンプルなルールだ。
「我が呼び声に応えよ、そして我が力と成せ、天地神明刀っ!!」
右手に天地神明刀を呼び出し俺は正眼に構える。
「ふんっ。私の呪言、受けきれるものなら受けてみなさいっ」
刀を持つ俺を見てフフリと不敵な笑みを陽依は浮かべる。
「祖たる原初の五精霊よ、我が問いに応えよ」
ん?
ちょっと待て。
その呪言ってもしかして。
「そして我が力と成せ。空の静寂打ち砕き、新たな理の下に力を示せっ!!!」
待て待て待て待て待て待て!!!
そんなもん受けたら死ぬわっっ!!!
「天地かいむぐぐぐ……」
俺は陽依の呪言を唱え終わる前に陽依の口を塞ぐ。
「むーむー……!!!」
何すんのよあんたと言いたげな瞳で俺を睨む陽依。
何すんだよはこっちの台詞だわっ!!
金剛石の大石を粉微塵にするような呪言使おうとしやがって!!
俺をこの世から抹消する気かこの野郎!!!
「ぷはっ!!ちょっと、呪言の途中で詠唱辞めさせるとか反則なんですけどっ」
「反則でもなんでも結構。あんなヤバイ呪言を使おうとすんなよっ!!」
「むう。あんたの力がどんなものか試してやろうと思ったのに」
「試す前に、俺が消し炭になるわっ!!」
「まぁまぁ二人共落ち着いて……。陽依も天地開闢はさすがにやり過ぎだと思うよ?」
俺と陽依のやりとりを遠巻きで見ていた陽花さんがそう告げる。
「せめて一般的な呪言で、ね」
「はぁ……しょうがないわね……じゃあ火岩弾で我慢してあげるわ」
「……2属性は使うんだね……」
「だって、ホウライのおっさんの1属性だと吸収してたしっ」
2属性だの1属性だの何の事やらよう分からんが、ともかく一般的なカムイでないことは間違いないようだ。
はぁ……受けきれるかな、俺。
「じゃ、仕切り直しという事で。祖たる原初の火霊よ、土霊よ、我が問いに応えよ。そして我が力と成せ。火岩弾っ!!!」
陽依の呪言が完成すると共に火を纏った岩礫が迫りくる。
俺は正眼に構えた天地神明刀を一閃二閃三閃と振りぬく。
すると迫りくる岩礫はまるでその存在が無かったかのように消え去ってしまった。
「おー……」
遠巻きで見ていた陽花さんは感嘆の声をあげる。
「もー!!!やっぱだめじゃないっ!やっぱ天地開闢試させてよっ!!」
「いやだつってんだろっ!それに勝負は今ので終わりだ。俺の勝ち!!」
「むー……勝ち逃げじゃないのっ。やっぱり試すっ!!祖たる原初の五精霊よ、我が問いに応えよ。そして我が力と成せ。空の静寂打ち砕き、新たな理の下に力を示せっ!天地開闢っ!!!」
陽依がめっちゃ早口で呪言を唱えると、俺の周囲の天が揺れ、地が揺れ、そして稲妻が走る。
こ、こんなんどうやって防げって言うんだっ!!!
そう思いながら俺は闇雲に天地神明刀を振り回す。
振り回しているうちに天地の揺れはとりあえずは収まった……が。
ほとばしる稲妻が俺に直撃した。
「ぐぎゃあああああああああああ!!!」
「やたっ。私の勝ちぃーーーーーーーーー♪」
俺は遠のいていく意識の中で満面の笑みの陽依の姿を見つめながら毒づくことしかできなかった。
ほんと……おぼえてやがれ、クソガキめ……。




