第三十一話 いつもの日々
「始ーーーーー!!あんた、手抜きしてないであの刀出しなさいよ!!!」
教室いっぱいに響き渡る陽依の怒鳴り声。
「やだよ、めんどくせえ」
俺は陽依に猛烈な勢いで追いかけられながら、そう答える。
天地神明刀は本当に必要な時しか使わないって月依先生と約束したからな。
俺はその約束を反故にする気はないのだ。
「むうー……良いわよ、そっちがその気なら。祖たる原初の水霊よ、馳せ来たれ。そして我が呼び声に応えよ。暴水刃!!」
俺の背後から肩の上を通り抜け正面にあった黒板が粉微塵に切り刻まれる。
おいいいいいいい。
「そんな呪言こんな狭い空間で使うなよっ!!あぶねえだろうが!」
「大丈夫大丈夫。私、失敗しないので」
……おまえはどっかの天才外科医か。
いや確かにカムイの才能は天才的だけどよ……。
もしも誰かに直撃したらかと思うとゾッとする。
「ひーよーりーーーーーーーーっ!!!」
教室のドアをガラガラと勢いよく開ける音と共に月依先生が鬼のような形相でたたずんでいた。
その陰にはサクラが不安そうな瞳でこちらを見つめている。
「げ……お母さん」
「お母さんじゃないの、ここでは先生っ。まったく教室でこんな呪言使うなんて。危ないでしょっ!!!」
「だって、始のやつが」
「だってじゃないのっ。万が一、誰かに当たったりしたらどうするのっ」
「はーい。わかりましたー」
「反省が足りないようね……」
反省の色が見えない陽依に月依先生は懐からカードを取り出す。
そして何かを念じると共にカードが淡く緑にひかり、閃光が陽依を襲う。
「いたたたたたた。痛い痛い、お母さん、いたいいいいいいいい」
「しばらく反省してなさいっ」
月依先生はカムイで痺れている陽依を尻目に粉微塵になった黒板の修理を始める。
「はぁ……まったく。なんでこんなお転婆に育っちゃたかなぁ……」
ボソリとそんな事をぼやきながら。
陽依はたぶんあなたに似たんですよ、とは流石に言えなかった。
「なぁなぁ、はっつん。あの刀、使いこなせるようになったんか?」
机の影に隠れていたヒルノが声をかけてくる。
「んー……まぁ多少使えるようになったかな、程度かな」
永久にあの後聞いたところによると、とりあえずは刀の力に飲み込まれる心配は無くなったらしい。
しかし気を抜けばすぐに飲み込まれるぞというありがたいお言葉をいただいたが。
「ふーん……でもまぁ多少でも使いこなせるようになって良かったなぁ」
屈託のない少女のような笑顔をヒルノは向けてくる。
うう……やめろ。
その笑顔はやめてくれえええええ。
俺の底のBLが目覚めるうううう。
「ああ……そうだな」
俺はしどろもどろになりながらそう返事をするしかなかった。
「お、BLか?薔薇なのか?お二人さん?」
そんな俺達の様子を机の影から見ていた桜花先生が黄色い声をあげる。
「ていうか、桜花先生も陽依を止めろよ」
「えー……だって見てて面白いじゃない」
「面白い、じゃありません。桜花さんも先生なんですから自覚もってください」
黒板の修理を終えた月依先生はアホ教師にそう告げる。
そうだそうだ。
もっと言ってやれー。
このアホ教師にもお灸を据えてやれー。
「でもさー、私のカムイじゃ陽依ちゃんの呪言防ぎきれないのよ。ぶっちゃけ、無理」
「……そうなんですけどね……」
「というか、あんただって、陽依ちゃんに全力で来られたら勝てないでしょ?」
「……まぁ、そうですね」
は?
今、何て言った?
タカマガハラ3位の実力者が幼児の陽依に敵わない……だと……。
まじか。
まじなのか。
「そもそもそんな幼児相手に私みたいなぺーぺー平社員が面倒見きれるわけないじゃん。ねー灯花ちゃん」
「桜花先生、それただの職務放棄です」
「もう。つれないなぁ灯花ちゃんは」
灯花に頬ずりしながらアホ教師はそんな事をのたまう。
頬ずりされてる灯花は心底うんざりとした顔でアホ教師を引きはがそうとしている。
ほんと、灯花も災難だな……こんな親に過保護にされて。
「で、陽依ちゃんが言ってたあの刀って何なのよ?ヒルノ君は知ってるみたいだけど」
「んー……まぁここに居る皆だけの秘密って事なら良いか。始、見せてあげなさいな」
顎に手を当て逡巡した後、月依先生は俺にそう告げる。
まぁこの場に居る人間にならもう隠してもしょうがないという判断だろう。
「へいへい。わかりました。我が呼び声に応えよ、そして我が力と成せ、天地神明刀」
俺はそう答えると右手に天地神明刀を呼び出す。
色は相変わらずの黒刀。
しかし今は不思議と手に馴染むような感覚を覚える。
「へー……そんな特技があったのね」
「いいや、これは永久から貰った力だよ」
「え”。あの永久から?てことは、それって元天使の力って事?」
ギョッとした顔で桜花先生は問いかけてくる。
「まぁそういうことになるな」
「ふーん……あの永久がねぇ……また珍しいことも有るもんだね」
「とりあえず、その力はあまり表沙汰にはしたくないの。だから皆も黙っててね」
月依先生の言葉に幼児たちは「はーい」と返事をする。
「よーし、やっとその刀だしたわね、始!勝負よっ!!」
約一名、話を全く聞いていない幼児がいたが華麗にスルーすることにした。
ほんと、どんだけ俺と勝負したいんだよ。
なんか俺恨みでも買ったか?
あ、買いましたね……もうすっかり忘れてたわ。




