第二十五話 私の大切な娘
私、野口桜花は日本人だ。
大学時代にこのタカマガハラにやってきて。
この世界の住人アカリ=マスミダに恋をして。
そして結婚にまでこぎつけた。
結婚する時はそれこそ本当に大変だった。
マスミダ家はそこそこ名の通った名家だったらしく、日本人の私と一人娘のアカリが結婚することを猛烈に反対された。
あまりにも猛烈に反発されたものだからアカリはマスミダの家を家出して私の日本の部屋にやって来たくらいだ。
そしてその時アカリが男の人になって、えっちなことをして身籠ったのが灯花ちゃんだ。
いわゆる既成事実と言うやつだ。
マスミダの人間には散々反対されたけど私とアカリは灯花ちゃんを日本で産んで。
結局はマスミダの人達が折れて私達はタカマガハラに戻ってくることになった。
私が初歩的なカムイしか使えないのも学生時代にそんな事をやっていたからというのもある。
まぁ、柚木さん曰く、うちの家柄はそう大した家柄でもないから使えるのは中級くらいまでだったというのもあるのだけれど。
さて、これから私達の大切な娘、灯花ちゃんの事を語ろうと思う。
灯花ちゃんはマスミダの家に入ってからは、ありとあらゆるお嬢様教育を施された。
いわゆる英才教育と言うやつだ。
タカマガハラの名家同士の社交界にも呼び出されたりと、幼少期から本当に大変な日々だったと思う。
そして帝王学なるものも学ばされた。
その辺はアカリも学んできた道だという。
日本の一般庶民だった私には到底理解できない感覚だったけれども。
まぁ、愛するアカリが必要だというのだから必要な事だったのだろう。
おかげで灯花ちゃんは品行方正、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花という言葉が似合う少女に成長した。
まだ幼児なのに凄いなぁと私は思う。
私が幼児の頃なんてその辺を駆け回って漫画本読んでるような生活だったのに。
だから、学園の中で位、自由奔放に暮らせてあげられればなと思うのだけれどなかなかそうはいかないらしい。
けれど、ある時をきっかけに灯花ちゃんに変化が訪れる。
そう、あのクソガキオヤジの始が転入してきてからだ。
「今日の始君も面白かったね、ママ」
「そう?いつも通りアホなだけじゃないの?」
始が何かにつけて陽依ちゃんに因縁つけられてはしばかれる。
灯花ちゃんにとってはそれが何より楽しいらしい。
そう言う所は両親に似たんだなーと思う。
私もアカリも、他人が誰かに引っ掻き回されてるの見るの好きだしね。
「陽依ちゃんはいいなぁ。始君と仲良くて」
「……灯花ちゃんは始と仲良くなりたいの?」
「んー。今より気楽な学園生活が送れるようなそんな気がするの」
気楽な学園生活か。
旦那のアカリもそうだったのかもしれないな。
陽花というおもちゃで毎日の様にからかって遊んでいたっけ。
実家はこんなに厳格なお嬢様な家柄なのに、それを隠して。
「そっかー……じゃあ仲良くなってみる?」
「え?良いの?」
「良いも何も灯花ちゃんが望むならそれでいいよ」
「じゃあ、私も始君と仲良くなろっと」
はぁ……でもなぁ。
中身おっさんなんだよなぁ……あの幼児。
正直あまりオススメしないというか、なんというか。
ぶっちゃけお断りなんですけど。
「そういえば灯花ちゃんは好きな子とかいるの?」
「んー?陽依ちゃんは好きだよ?」
「いや、そういう意味じゃなくて。愛してるっていう意味で」
「あー……」
そう言って灯花ちゃんは一頻り考えを巡らせた後。
ぽっと頬を染めてこうつぶやく。
「刹奏ちゃんは良いなって思う」
ほうほう意外な名前が出てきましたよ、奥さん。
「どんな所が好きなのかな?」
「んー絵も上手いし何より天使様みたいだもの」
あー……。
まぁ元天使の娘だしね、あの子。
そりゃ惚れるのも無理もないか。
うん。この恋が成就するように私は何だってしようじゃないか。
これが恋愛に発展するなんて今から考えてもしょうがない事だけれど。
この厳しいマスミダの家の教育で一時の安らぎが得られるなら、私はなんだってしよう。
それが私の愛しい愛しい娘の為なのだから。
―――
「というわけで、始、刹奏ちゃん。灯花ちゃんともっと仲良くしてほしいんだけど」
「どういう訳だけよ、このアホ教師」
月依が担任になってから始は私の事をアホ教師よばわり。
ほんとむかつくオッサン幼児だ。
こめかみに浮かぶ血管を抑えながら、私は平静に言葉を紡ぐ。
「そうねぇ。灯花ちゃんが二人ともっと仲良くなりたいんだって」
「ふーん……まぁ良いけどよ。刹奏もかまわないよな?」
「うん。私ももっと灯花ちゃんと仲良くなりたい」
しめしめ。
幼児を言いくるめるのは楽でいいわ。
この調子で仲良くなっていってくれれば良いなと私は天の神様に願うのだった。




