第二十三話 沼
「……面白いじゃねーか」
俺は早速、自分の部屋に帰って今日貰ったユズキさんの本を読んだ。
そして、薙と約束したBL本も読んでみた。
始めこそ濃厚なボーイズラブシーンが展開するものの、中盤以降はそれが薄れていき、主人公がもう一人の主人公に堕とされていく過程がコミカルに描かれていて笑いを誘う。
なんだこれ。
BLってこんな面白いものだったのか?
ちょっとハマってしまいそうだぞ。
いや待て待て……これは特別だ。
そう特別な本だ。
ユズキ先生が描いてるから面白いんだ。
きっとそうに違いない。
俺はBLの沼にはハマらないぞ……。
そう思いつつも続きが気になってしまう。
あかん。
これは沼ってる。
間違いなく沼ってる。
やーめーろーーーーーー。
俺はノンケだっ!!
ノーマルなんだあああああああああああ!!!
「どうした、始よ。さっきからコロコロ表情を変えおって」
テーブルでカップ麺を食べていた永久にまで心配されてしまった。
むう……。
ユズキ先生のBL本は戸棚の奥にしまっておこう。
これは精神衛生上よくない。
こんなものを日常的に読んでいたらハマってしまう。
それだけは不味い。
このタカマガハラでハマってしまうのだけは不味い。
もしこの本の様な展開に薙となってしまったらと考えるとそら背筋が凍る思いがした。
「……」
うん、もうホモの事は考えるのはやめよう。
そうだ、俺にはサクラが居るじゃないか。
例え幼女趣味だと言われようとかまわない。
ホモよりはましだ。
日本人は少女趣味が多いらしいし、多少幼児でもこの際もうどうでもいい。
そうしよう、そうしよう。
よし今後の会話をシミュレーションしてみよう。
薙『実は僕、始君のことが……』
俺『すまないな。俺には心に決めた相手が居るのさ』
薙『な、なんだって。それはいったい誰なんだい?』
俺『そうそれは、サクラ、キミさ!』
陽依『何言ってんのよ、このロリコン幼児っ!!祖たる原初の土霊よ、馳せ来たれ。そして我が呼び声に応えよ、乱岩弾!!!』
ちゅどーん(爆発音)。
……うん。
絶対こうなるな。
間違いない。
好意を向けられてるとはいえサクラに告るのはやめておこう。
よしもう一回シミュレーションだ。
薙『実は僕、始君のことが……』
俺『すまないな。俺には心に決めた相手が居るのさ』
薙『な、なんだって。それはいったい誰なんだい?』
俺『そうそれは、刹奏、キミさ!』
奏『何言っちゃってくれてるのかな、このロリコン幼児はー』
ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり。
「……」
……あれ……なんか俺の周りの女子に告ると誰であってもこうなる運命じゃね?
……うーん……。
ダメだ……あかん……。
まぁこういう展開になることは早々ないだろうから無意味なことか。
うん、やめだやめだ。
そん時になってから考えよう。
そうしよう。
という考えが甘かった。
翌日の昼食後、俺は薙に呼ばれてこう告げられた。
「始君。実は僕、始君の事を愛しちゃったみたいなんだ」
「は?」
「だから、始君の事を愛しちゃったみたいなんだ」
「ほうほう。それはそれは。私達の事は気にしないで続けて続けて」
俺達の様子をうかがっていた桜花先生はニマニマと笑みをこぼしながら囃し立てる。
こんのアホ教師ーーーーーー!!!
「はぁ……。……俺にはそんな趣味ないんだが」
「昨日、BL本読んだんでしょ?面白かったって思わなかった?」
そりゃあ確かに面白かったけど。
それはあくまで薄い本の中のお話なわけで。
「あー!薙っち、せこいぞ!ワイもはっつんのことねろうてたのにっ」
少女のような顔をしたピンク髪の幼児が俺の袖を引っ張る。
薙も対抗して反対側の袖を引っ張る。
「おー……これはこれは意外な展開。もてもてだねぇ、はっつん?」
アホ教師は更に二人を焚きつけるような言葉を発する。
こんのアホ教師いいいいいいい。
アホ教師の後ろの方から、こっそりとこちらの様子をうかがうサクラの視線が痛い。
ううう……違うんだ、俺にはそんな趣味はないんだあああああ!
「とりあえず二人とも落ち着け。俺は誰とも付き合う気はないからっ!」
「えー……」
「そうかー。そら残念やなー」
「なーんだ。つまんないのー」
薙とヒルノの声に交じってアホ教師の声が聞こえてくるがあえてスルー。
サクラはちょっと安心したというような顔をしている。
これでいいんだよな?
「うん。でも諦めたわけじゃないからね」
「ワイもやでー」
「いやーもてる男はつらいね、はっつん?」
「……勝手にしろっ!」
無責任に煽るアホ教師と二人の男児を置いて俺は外に逃げ出すしかなかった。
ほんとリアルでBLとか勘弁してくれよ……。
しかもこんな幼少期から……。
いくら薙が中性的な顔立ちしてるからといっても。
いくらヒルノが女の子みたいな顔立ちしているからと言っても。
男は男だろう?
ホモは嫌だ、薔薇は嫌だ、BLだけは嫌なんだああああああ!!!




