第十九話 約束
「ほう……一日で第一段階をクリアしたのか」
今日召喚した黒い天地神明刀について永久に聞いてみるとそんな言葉が返って来た。
「刀は人それぞれに色がある。心の色を反映したな。これからお前の刀がどんな色に染まっていくのか楽しみだ」
そう言って永久はフフフリと笑みをこぼす。
つまり、あの召喚方法は間違いではなかったって事か。
でもあの禍々しい力は何だか不安を覚える。
「それは天使の力は人の身に余るものだからなのだろうな」
俺の問いに永久はそう答える。
「まず精神を磨くこと。それが天地神明刀の力に飲まれないために必要なことだ」
精神を磨く……か。
……どないせいちゅうねん。
滝行でもしろって事なんだろうか。
ていうか、剣術の心得なんてないからまずそこからだよなぁ……。
はぁ……とりあえず考えててもしょうがないので今日はもう寝よう。
―――
ある日の午後。
「こらーーーっ!始!!待ちなさい!!」
「嫌だ、お前絶対なんかやる気だろ!!」
俺はまたもやとても理不尽な理由で陽依に追いかけられていた。
俺の顔を見るや否やムカツクからとかいう理由で。
「よく分かってるじゃない。祖たる原初の木霊よ、馳せ来たれ。そして我が呼び声に応えよ、疾空迅風っっ!!」
呪言を唱えると共に陽依の体が宙を浮いて物凄いスピードで迫ってくる。
そして。
「ぐえ……」
俺の背中に思いっきり陽依の頭突きが直撃して俺の体は廊下の壁にしこたま打ち付けられる。
くそー、ほんと何でもありかよカムイってのはよー……。
天地神明刀使いこなせるようになってもとてもじゃないが勝てる気しねえ。
「まったく。私に逆らうからそんな目にあうのよ。懲りないわねアンタも」
「へ。お前みたいなクソガキにへこへこしてたまるかっつーの」
「……また痛い目にあいたいのかしら?」
「すいませんでした、陽依様、オユルシクダサイ」
俺は某読みで許しを懇願する。
陽依は不満そうな顔をしていたが、くすりと笑い俺を置いてその場を後にして行った。
ここ最近の陽依のストレス発散は主に俺に集中している。
やっぱりあの件についていまだに根に持っているんだろうなぁ……。
おかげでヒルノは暢気に外で駆け回っているわけだが。
「始さんはなんで反撃しないんですか?」
ふと横から声をかけられる。
陽依と性格が似ても似つかない妹、サクラだ。
「何の事だ?」
「……天地神明刀」
「な……サクラ……。何でその名前を……」
天地神明刀のことは永久とヒルノしかしらないはずなのに。
それを何故サクラが知っている?
ヒルノのやつがばらしたのか?
いや、アイツはそんな事をするはずがない。
そういう性格じゃないのはこの数か月の付き合いで分かっている。
じゃあ、何で……。
「お姉様に特殊な力があるように、私にも特殊な力があるんです。他人の心を読むという力が」
「……そうだったのか」
なるほど。
そういうことか。
初めて会った時、サクラには心を見透かされたかのように答えを返されたことがあった。
先日の誘拐事件の時もそうだ。
黒服の男が父親の友人ではないとすぐに看破してみせた。
思い起こすとサクラは何故か人の心を見透かしているような言動が目立っていたように思う。
そうか、他人の心を読む力か……。
そんな便利な力もあるんだなぁ……この異世界は。
「そんな、便利なものではありませんよ、この力は」
俺の思考を読んだのかサクラはそう告げる。
「これは……私が未熟なせいもあるのですが……時々、読みたくない心の声が聞こえてくることがあるんです。それは私の大切なお姉様の心のこえだったり。見ず知らずの通りがかった人の怨嗟の声だったり……」
「そうなのか……」
「そうなんです……。だから私は必要な時以外はこの力は使いたくないですし、お母様からもあまり使わないようにいわれているんです」
まぁ……そうだよな。
今はまだクラスの人間は顔見知りだけだから良いけれども。
進学してクラスの人数が多くなれば話は別だ。
そりが合うやつ、あわない奴がどうしてもでてくるだろう。
心の声が聞こえるとか知られたら気味悪がって近づいてくるものも減ってしまうかもしれない。
「これは、お姉様と刹奏ちゃんにしか話してない事なんですよ」
「は……?」
何でサクラは俺みたいなおじさん幼児にそんなこと話してくれたんだ?
「なんででしょうね?」
そう言ってクスリと微笑み返してくる。
「私は、始さんには私の力について知っていて欲しかったのかもしれません」
頬を朱色に染めながらサクラはそう呟く。
おいおい……なんだ、その反応。
まさか、初恋とかいうんじゃないだろうな?
俺は柄にも無く額から噴き出る汗に焦りを覚える。
だめだ、俺はオッサンだぞ。
こんな幼児に手を出したら犯罪だ。
「でも転生して私達と同い年じゃないですか」
それはそうだが……。
ってめちゃくちゃ思考読みまくってるじゃねーか!
必要な時以外は読まないんじゃなかったのかよ!
「それは、それ。これは、これ、です」
「おまえ、それ、言い訳になって無いからな?」
「そうかもしれませんね」
「そもそも何で俺なんだ?」
男ならヒルノも薙だっているだろう?
あいつ等のほうがぶっちゃけイケメンになるぞ?
「始さんは、私のお姉様に優しくしてくれてます。だから、ですよ」
「優しくって……。俺がもてあそばれてるだけなんだけどなぁ……」
「そういう所が、ですよ」
クスリと微笑んでそう告げるサクラ。
サクラの顔はますます朱色に染まっている。
う……まずい。
これは非常にまずい。
こんな場面をヒルノになんかみつかった日には確実に囃し立てられる。
ついでに言うと陽依に見つかった日には半殺しにされる。
ほぼ確実に。
それだけは回避しなくては。
早々に切り上げてしまおう。
「なぁ、サクラ。この返事は当分後で良いか?」
「それはいつまで待てばよいのでしょう?」
「んー……そうだな。まだ俺達は幼児だし。社会経験積んでそれでも俺を好きなら考えてやらんでもない」
そう。これは一時の恋慕かもしれないのだから。
まだ幼いサクラが決めるには早すぎる決断だ。
ていうか最近の幼児はませてるなー、本当に。
「分かりました。それでは私が16歳になった時、改めて答えを聞かせてください」
「約十年後か……。分かった。じゃあその時までは保留という事で」
「はい。その間、くれぐれも浮気などはなさらぬよう」
その言葉を口にするサクラの表情はいつもの笑顔だったのだが。
何処か威圧感を覚える。
そんな雰囲気が漂っていた。
それにしても十年後か……覚えてられるかな、俺。
「お・ぼ・え・て・い・て・く・だ・さ・い!!」
こえー……。
女ってこえー……。




