第十話 初等部での生活
「あああああ!また負けたぁ!何よコイツ!いつもいつも邪魔しやがってーーー!!!」
例にもよって俺達、幼児が自習をしている前でソシャゲに勤しむ不良教師が約一名。
だからソシャゲやってんなよ、アホ教師。
ソシャゲは教育上よろしくないんだぞ?
日本でも問題になってただろう?
本当にお気楽なもんだな、このアホ教師は。
そして昼飯。
相変わらずの薙の悲惨な弁当ぶりに俺はおかずを少々わけてあげる。
「毎日ありがとう、始君」
「別に気にすんな。俺の弁当だって刹奏の母ちゃんに作ってもらってるもんだしな」
「そうなんだ。だから刹奏ちゃんと同じお弁当なんだね」
「そういうこった」
言いながらたこさんウィンナーをつつく。
うん、うまい。
この程よいウィンナーの味付け。
冷凍ものを詰めてるだけですよと刹那さんは言ってたけれど、ひと手間かけて作られているのがよく分かる。
刹奏は毎日こんな食事を食べてるんだなぁ……この幸せ者め。
午後はヒルノに引っ張られるようにして薙とともに外に出て園内をめいいっぱい駆け回る。
なんで幼児ってこんなに走り回るのが好きなんだろうな。
俺はどっちかと言うとインドア派なんだけれども。
しかし、部屋に残っているのは女子ばっかりなので居辛さを感じるのも事実だ。
一度、ヒルノに外へと引っ張られていくのを拒否して読書をしていた時なんてアホ教師の射抜くような視線がチクチクと刺さって来たのもある。
『あんた邪魔なの。さっさと外に行きなさいよ。まさかうちの灯花ちゃんのこと狙ってるんじゃないでしょうね』
そんな言葉をアホ教師の眼が告げているのがよく分かる。
そもそも幼児に興味ねえっつうの。
まったく俺を何だと思ってるんだよ。
そして夕方になると刹那さんに連れられて永久の待つ生田亭へと向かう日々。
そんなことも有って、帰り道はヒルノと一緒になることが多くなった。
「そういやヒルノの母ちゃんってみたことねえな」
「んー?ワイのおかんか?おかんも忙しいからなぁ」
「そうなのか?」
「伏見屋言うとこの主人やねん。だから忙しうてなあ」
「へえ……そうなのか。一家で二つも店をやってるってすげーな」
「んー?まぁ両方とも代々続いとる店やからなあ。辞めたくて辞めれへんのよ」
「ふーん。色々大変なんだな。この世界のお店ってのも」
「せやなぁ。ワイも実家を継がないかんから今から頭痛いで」
言いながらもニヒヒと笑うヒルノ。
こんな5歳児が実家を継ぐとかもう考えてるとか異世界ってすげーなあ……。
そう思わずにはいられなかった。
―――
この世界の言葉もだいたいわかってきた日の事。
午前中の授業は例にもよって自主学習。
いつもはソシャゲに勤しんでいる不良教師はアイマスクをして教卓で舟をこいでいる。
ほんっと、やる気ねーなぁ……ユズキさんにチクってやろうか。
トコトコと不良教師の脇まで行き頬を抓ってみる。
「むにゃむにゃ……ア、アカリー……そ、そこはダメだって……」
「……」
何の夢を見てんだよ、このアホ教師。
「ママ、昨日はパパの部屋で遅くまで何かしてたみたいだから寝かせておいてあげて」
「……そうですか」
何か……ね。
さっきの寝言から何があったのか察してしまう。
やれやれ……お盛んなことで。
起きたら『昨晩はお楽しみでしたね』と声をかけてあげれば良いんだろうか?
そんな事を考えていると、珍しくひよりが本を閉じて立ち上がる。
そして。
「せんせいもねちゃったし、きょうはみんなでおそとにいきましょうか」
ひよりの口から思いもよらない言葉が出る。
「おい、ひより……おまえ何言ってんの?」
「せんせーがねちゃうことってあんまりないから、わたしもすとれすたまってるのよ」
はぁ?ストレスだと?
「ガキのくせしてストレスとかちゃんちゃらおかしいわ」
ひよりの頭をぽんぽんと叩きながら俺は笑ってやる。
「……はじめ、あんたわたしのことをがきあつかいとはいいごみぶんね」
「たどたどしい日本語のお前にそんなこと言われたくも無いわ」
「……フフフ……わたしはにほんごがちょっとにがてなだけなの。サクラもね。タカマガハラごはかんぺきなの」
「へぇ……じゃあ何か喋ってみろよ」
言いながらひよりの頭をぽんぽんと更に叩く。
ひよりはあからさまに怒りを湛えた表情でこう告げた。
『あんたなんて私からしたらまだまだガキなのよ、このクソガキ!祖たる原初の土霊よ、馳せ来たれ。そして我が呼び声に応えよ!筋力強化ッ!』
「は?痛いっ!いてててててて」
ひよりの頭を叩いていた手はひよりに捕まれ信じられない力で思いっきり捻られてしまう。
『……陽依お姉様、ちょっとやりすぎです……』
サクラが慌てた顔でひよりに近寄ってなだめてくる。
『このクソガキがこの私をガキ呼ばわりするからよ』
『まぁまぁ……始さんだって中身はおじさんなんだからしょうがないですよ……』
『しょうがないって言っても、納得いかないものはいかないのよ』
タカマガハラ語でひよりは言いつつ更に俺の腕を捩じる。
『いててててて!!!痛い、痛いから!!!すまん、悪かった悪かったから』
俺は覚えたてのタカマガハラ語でそうひよりに伝える。
『フン。……分かればいいのよ』
そう言って俺の手を解放する。
クソー……。
しかし本当に日本語が苦手なだけって言うのは本当の事のようだ。
この二人が話すタカマガハラ語は流暢で聞き取るのだけでやっとだ。
しかし何でこんな歪な教育してるんだ?サクヤさんは……。
分からん……。




