嵐の山で
嵐
山に登っているうちに、ひどい嵐になった。雨が横殴りで雨具をたたきつけるので、すぐに私はびしょ濡れで、手足の間隔はもうなかった。8月の山といえど、3000mはある稜線でぬれた体で風を受け続けていれば、死ぬ。体の内側から湧いてくる熱は無限ではない。
箸で持ち上げられて、息を吹きかけられて冷まされているカップラーメンを思い出していた。カップめんが食いたいなあ。
「もう帰ろう。どうせ景色だって見えやしない。」
稜線上にあった巨岩の影にザックをおろし休憩すると、そんな気分になった。煙草に火を点ける。落ち着くと同時に、寒さが襲ってきた。体を動かしているうちはまだいい。なら煙草なんて吸うなと言われればそれまでだが、これは、なんというか日常の担保みたいなものだった。職場の近くの喫茶店でする行為を、3000mの荒れきった稜線ですることで、平常心が弛緩した脳みそに湧いてくる。疲れていたから少し効きすぎて、くらくらした。岩でもみ消し、ザックの上に座りこんだ。
そもそも何でこんなところに、この天気になると分かってきて来たんだろう。でもこうしなければいけなかった気がする。周りをみると一面の霧雲で、まるで風景になる前の風景みたいだった。真っ白いキャンバスが一面に張られていて、これから誰か感性にあふれた画家が、緑豊かな山々や、突き抜けるような青空やを書き加えていくはずだ。私は風景になる前に来てしまった。それを見て何も思わない自分に気付き、景色が見たかったわけではないことに気付く。
水を口に含み、稜線にでると、爆風がもう一度襲ってきた。耳元ではためく雨具のフードがうるさいのでとって、頭を風に曝す。耳が痛いが、構わない。そうすると、少し静かになった。もはやなりふり構っていられない。風がミクロン単位で精神の表皮を少しずつ削っている。下山は1、2時間で済むはずだ。もうここにいる意味は無い。私は浸水してぐしょぐしょになった登山靴を機械的に前に前に推し進めた。
もはや足を前に動かすだけの登山機械だった。何も考えない。何も浮かんでこない。時折ふと、昨日見た夢のような幻想が、脳内を夜の特急列車の窓明かりみたいに通過して、消える。残念でもない。嬉しくもない。ただ、山に登れれば良かった。足を泥になった土に一歩一歩しっかりとだして、地面と向き合い続ける。そのたびに泥はえぐれた。えぐれた泥からは、大小さまざまなな小石が飛び出し、手をかけた木々はそのたびに私の掌に凹凸をくいこませた。足の筋肉が進むたびに隆起し、また縮む。手をかけて木や岩に頼れば、ザックに締め付けられた胸と肩の筋肉が呼応しあい、反発しあうように動き、体を押し上げた。そのたびに私の掌には細かなコブや岩の粒がめり込み、それに相当する痛みを感じさせた。
何もなかった。今、私はただ嵐と冷たさを押しのけて進む一つの熱を持った機械だった。気付けば、一つ山を登り返していた。私は隠れる者のない山頂で、自分の荒い息遣いが嵐よりも近く、はっきりと聞こえることに若干の安心を覚えた。これを聞くためだったような気もする。どんなに激しい嵐でも、吹雪でも、一番近くに聞こえる音だった。
ここからは30分ほど下ればバス停がある。そうすればこんなうるさい世界とも離れられる。ただ、バスに乗った瞬間、今のこの息遣いも消えてしまうこともわかっていた。なにか、別の嵐が私の息遣いを掻き消してしまうことも分かっていた。私はどっかりと嵐の中、山頂の開けた場所に座り込んだ。何故そんなことをするのだろう。嵐に耳を澄ます。うるさい。耐え難い雑音。その中で、ふと風が弱まった時に、何か別の音が聞こえることに気付いた。それは、嵐の向こうから必死で何かを呼びかけてくるような音だった。相変わらずまだ風景になる前のような真っ白な目の前の虚空を見つめ、必死に聞き取ろうとする。
何か聞こえる。何かはわからないが、必死に呼びかけてくるその声を聴いているうちに、とても悔しいような、悲しいような、やりきれない気持ちになった。本当だったらあの声を聴けたはずだった。それが当然で、今嵐に遮られているのが納得いかず、悔しくて涙が出そうになった。
嵐よりも強い音なら、あの声を掻き消せるかもしれない。もう一度この山を登り返そうと思った。立ち上がろうとしたが、腰が上がらない。腰のあたりから下が別の岩か何かに変わってしまったようだった。見れば、少しずつ固まろうとしている。段々と、砂がこびりつき、変色していく。どうしようもなかった。私はあきらめて、もう一度嵐の合間に聞こえてくる必死な声に耳を澄ませた。段々と聞き取れるようになってきた。そして私は、ここから立ち上がろうとしたことを恥じた。しっかりと聞き取れるまで、決してここを離れない。
ふと周りを見ると、私の周りの岩たちも、私と一緒に何かを聞き取ろうとしているような気がした。




