それぞれの想い~如月沙耶side~
フォート国王からの依頼を受けた私は、食事をご馳走になった後、王城の書庫にいた。
お兄ちゃんは、やりたいことがあるとか言って、フォート国王と騎士の訓練場に行った。
おそらく、なにか考えがあるのだろう。
それを言ってくれないのは、少し悲しいが、私は私にできることをやろう。
そう思いながら、手に取った魔術書に目を向けた。
お兄ちゃんはいつも私のそばにいてくれた。
物心つく頃にはいつもお兄ちゃんの背中を追いかけて、付きまとってた。
そして、大きくなるごとに私はその気持ちを理解していった。
これが、恋なんだって。私は生まれて一緒に過ごしていくうちに、恋をしていたんだって。
でも、それを理解すとともにもう一つ知ったことがある。
兄妹で恋をしてはいけないこと。
恋を理解するとともに失恋を私は経験した。
それはもう、この世界が嫌になるくらいだ。
でも、そんな私にお兄ちゃんはいつも優しく微笑みかけてくれた。
あの日までは…
お兄ちゃんが10歳になったある日、私は学校が終わり家に帰るといつものようにお兄ちゃんの部屋に行き、ゴロゴロとしていた。お兄ちゃんもう帰ってくるかなとか思いながら。
でも、お兄ちゃんが夜になっても帰ってくることはなかった。
「沙耶、ご飯よ。」
お母さんから、晩御飯ができたと呼ばれて台所に行った。
そこには、私とお父さん、お母さん3人分の食事が準備されていた。
なんだ、お兄ちゃん今日は友達の家にでも泊ってるのかな。
私にも言ってくれたらいいのに。
「お兄ちゃん、今日は友達の家にでも泊ってるのですか?」
私は、お兄ちゃんが帰ってきてない理由をそうだと思い、座っていたお父さんに気軽に聞いた。
すると、お父さんは驚いたようにこちらを見てきた。
そして、キッチンにいたお母さんがこちらにやってきた。
「沙耶、何を言っているの。あなたに、お兄ちゃんなんていないじゃない。」
「そうだな、今からできたとしてもお兄ちゃんじゃなく、弟だな。」
「あら、やだ。お父さんたら娘の前ですよ。今日の夜いいですよ。」
お父さんとお母さんはそのあとも楽しそうに話していたが、私にはまったく入ってこなかった。
お母さんが言ったあの言葉。
お兄ちゃんなんていない?
嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘!
だって今日だって、私お兄ちゃんと話した。
いつもの優しい笑顔でおはようって言ってもらった。
頭を撫でてもらった。
一緒に登校した。
私は、お兄ちゃんの優しい笑顔が目に浮かんだ。
こんなおふざけお母さんやお父さんでも許せない。それは、私には言ってはいけないことだ。
バンッ!
私は、ご飯が並べてあるテーブルを本気で叩きつけた。
コップが倒れたりして、割れてしまったがそんなこと気にしてられない。
「ふざけないで!お兄ちゃんがいない?だって、今日私と一緒にいたじゃないですか!お母さんやお父さんだって、お兄ちゃんと楽しそうに話してたじゃないですか!今までだって、一緒に過ごしてきたじゃないですか!旅行に行ったり、ピクニックに行ったり、遊園地行ったり…今までの思い出は何だったのですか!それを否定するような冗談、許せません。お母さんとお父さんおふざけが過ぎます!」
私は、初めて声を荒げた。お父さんやお母さんに初めてこんなに強く言った。
でも、それだけのことを二人は言った。
「沙耶、落ち着きなさい。お父さん達が悪かった。」
お父さんが私をなだめてくる。
ほら、やっぱり悪ふざけだったんじゃないですか。
悪いと思っているなら、そんなこと言わないでくださいよ。まったく。
そう思いながら、私は気を落ち着かせようとした。
「そんなにお兄ちゃんが欲しいと思っていたなんてな。悪い、それをふざけたこと言ってしまったな。」
「そうね、ごめんなさいね。」
私は、暗闇に一人落とされた。
周りのなにもが見えなくなった。
嘘、そんな言葉を聞きたいんじゃない。
私はそのまま意識を手放した。
目を覚ますと白い天井に周りはカーテンで閉め切られていた。
ここどこだろう。
意識を手放す前の記憶が一気になだれ込んできた。
そうだ。お兄ちゃん!
私は勢いよく飛び起きた。
ガタン。
私が入っていたベットが軋む。
すると、カーテンが開かれた。
目の前には、ナースの服を着たお姉さんがいた。
そうか、ここは病院か。
そう思っていると、誰かが走ってくる音が聞こえた。
「「沙耶!」」
病室に走りこんできたと思ったら、そのまま私に抱きついてきた。
お母さんとお父さんだ。
二人は泣いていた。
「よかった。よかった。」
「沙耶、気分が悪いところとかない?痛いところは?」
二人は涙を流しながら、私の肩に手を置き聞いてきた。
二人の愛を深く感じた。そんな二人が、あんな嘘をつくはずがない。
いつもはふざけてるけど、筋はちゃんと通すし、私が傷つくことは冗談なんかで言ったりしない。
それは、よくわかってたはずでしょ。
「大丈夫です。」
たった一言それが出た。
嘘、胸が痛い。頭が重い。苦しいよ…
そんな私を見て、お母さんとお父さんはお互いを見合い、頷いた。
「沙耶、一緒に来てもらえるか。」
「沙耶、気を強く持つのよ。これから、大事な話があるわ。」
そういわれると、私は静かに頷きベットから出た。
二人に連れられてきたのは、精神科の診察室だった。
なるほど、私は精神がおかしくなったと思われたのですね。確かに、そう思えたほうが楽な気がします。
「沙耶ちゃん、気分や体調はどうかな?」
診察に入ると、30代ぐらいの細身の女性の先生がいた。
「悪くないです。」
それを聞くと、先生はうーんと首を傾げた。
「私は、内科とかそういうのは、専門外だけどそれが心の痛みなら言って欲しいな。私の専門はそこにあるのだから。」
私は何も答えることができなかった。
この人には、見透かされているようにそう思えたから。
「うん、いいですよ。無理に答える必要はありませんから。では、これから大事な話をしましょうか。」
先まで微笑んでた先生は、急に真顔になった。
何お話だろう。精神病とか言われるのかな。
「沙耶ちゃん、倒れる前のことは覚えてるかな?」
私は静かに1度頷いた。
「なら、単刀直入に言うよ。沙耶ちゃんにお兄ちゃんはいない。」
先生からその言葉を聞くと、私は目から涙を流していた。
「如月ご夫妻の出生歴を見ても、戸籍を調べてもいなかった。そして、一緒に登校したと言ってたそうだね。だから、学校の方にも聞いてみたけど、いなかった。町の人たちにも聞きまわったよ。それで、誰もそのお兄ちゃんのことを知る人物はいなかった。」
そういわれて、私は横に座っているお母さんとお父さんに顔を向けると、二人は気まずそうに頷いた。
「沙耶ちゃんのご両親が町の人や学校の人に聞いてくれたんだよ。」
なるほど、私が倒れてからどれだけ時間がたったかはわからないけど、私の為にここまでしてくれたんだ。
その二人の姿が目に浮かぶようだった。
そんな二人にこれ以上迷惑はかけられない。
心配はかけれない。
私は覚えてる。お兄ちゃんがいたことを。
あの優しい笑顔を。
大好きな人を。
今は私一人が覚えてるだけでいい。
いつか、戻て来た時にお帰りって言えるように。
私はちゃんと覚えていたんだよって言えるように。
「うっ。うっ。っ。」
お兄ちゃんが帰ってきたことを想像したら、大粒の涙が止まらなくなってしまった。
私が泣き止むまで、3人は静かに待っていてくれた。
泣き止むと、私は立ち上がった。
「もう大丈夫です。ご心配おかけしました。」
「一人で辛かったら、ここに来るといいよ。私はいつでも話を聞いてあげるから。」
「私たちだってそばにいる。沙耶、無理はするな。」
「沙耶、私たちを頼って頂戴。」
3人はそれぞれ私に言ってくれた。
私の胸はそれだけで熱くなった。
それから、私は今まで通りの生活を過ごした。
お兄ちゃんがいなくなってから、初めて学校に行った日には、お兄ちゃんの友人だった人にお兄ちゃんのことを聞きまわって、不審がられたけど、誰も知ってる人はいなかった。
変わったと言えば、お兄ちゃんの部屋に合ったものが全てなくなっており私が帰ってきた後にゴロゴロしてる場所がなくなったことと、日課として街を散策するようになったことだ。もちろんそれは、お兄ちゃんを探す目的もある。
それから、4年の月日が流れた。
今でも、私は中学に入学した。
いまでも、お兄ちゃんを探してるし、お兄ちゃんの優しい笑顔が目に浮かんでくる。
ほんと、どこにいるのでしょうかお兄ちゃん。
いつも通りの日課を行ってから帰宅した。
「ただいまー。」
「お帰りなさい。」
台所から声が聞こえた。
お母さんが料理しているのだろう。
お父さんはまだ仕事から帰っていないだろう。
そう思い、自分の部屋に荷物を置いた。
お兄ちゃんがいなくなってから、もう4年ですか。
そう思い、お兄ちゃんの部屋だったところを覗きに行った。
部屋を開けると、そこには机やベッド、棚があった。
そして、その中央に立っている人がいた。
「お兄ちゃん!」
私は思わず大声で叫んで抱きついた。
あぁ、お兄ちゃんだ。お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん。
言いたいこといっぱいあるのに言葉が出ない。
お兄ちゃんは、泣きながら抱きついてきた私に驚いていた。
「どうした、沙耶。何かあったのか?」
「何かあったのかではないですよ。4年間もどこに行っていたのですか。」
そういうと、お兄ちゃんは急に私の肩を強くつかんできた。
「沙耶!4年間といったか!なら、詩音、詩音のことは!」
お兄ちゃんが急に変わったようだった。
なんだか、とても慌ててるような感じです。
「詩音?詩音とは誰のことですか?」
詩音、誰のことでしょう。私はその人を知りません。
だけど、なんだか引っかかる名前ですね。
「そうか…」
次はお兄ちゃんが落ち込んじゃいましたよ。一体何なんでしょうか。
そうだ、言わないといけないことがありました。
「お帰りなさい、お兄ちゃん。」
「ただいま。」
お兄ちゃんは微笑んでくれました。でも、それは昔とは違って優しい笑顔じゃありませんでした。
でも、それを気にすることはありませんでした。ただ、お兄ちゃんが帰ってきたことがうれしくて。私は、お兄ちゃんの手を引き台所に行きました。
今思うと、それに気づかなかった私を殴ってやりたいぐらいですよ。
「お母さん!お兄ちゃんですよ!お兄ちゃん!」
台所に入ると、お父さんも帰ってきており、こちらを見るなり驚いた顔をしていた。
そうでしょう、そうでしょう、二人が今までいないと言ってたお兄ちゃんがここにいるのですから。
でも、その思いとは別の反応が返ってきた。
「なんだ、沙耶、今日はいつも以上に悠にべったりじゃないか。悠羨ましいぞ!」
「あらあら、沙耶どうしたの?何か嬉しいことでもあったの?」
二人は、覚えていなかったことが嘘のように。いえ、そもそも、お兄ちゃんがいままでずっと一緒にいたように話してます。
「え?」
私は、その予想外の反応に頭に頭が回り切りませんでした。
すると、お兄ちゃんが私の手を引いてきた。
「なんか、今日は沙耶がだいぶ機嫌がいいみたいだ。というか、親父、羨ましいってなんだ!晩御飯出来たらまた呼んでくれ!」
そして、お兄ちゃんの部屋まで連れて行かれた。
お母さんとお父さんはそれを笑顔で見送っていた。
「沙耶は、俺がいなくなった事を覚えてるんだな?」
「覚えてるも何も、突然消えて何を言ってるんですか!」
「沙耶、よく聞け。俺は今までここで一緒にいた。学校にも休まずずっと登校していた。今は中学2年だ。」
私はお兄ちゃんが何を言っているか理解できなかった。
だって、お兄ちゃんは4年間いなかった。
それは事実です。私はずっと探し続けてきたんですから。
バチーン。
乾いた音が部屋に響く。
お兄ちゃんの頬を私が叩いたのだ。
「ずっと一緒にいた?私は今までどんな想いでいたと思っているんですか!ずっと探してたんですよ!誰に聞いても、お兄ちゃんなんていないって言いますし、お兄ちゃんの物は何もかも消えてますし、今までどこにいたんですか!何をしてたんですか!なんで、私に黙って出て行ってしまったのですか…」
私は、また泣いてしまった。
お兄ちゃんが帰ってきて嬉しいはずなのに。
こんなはずじゃないのに。
「ごめん、心配かけたな。それと今まで覚えていてくれてありがとうな。
でも、どこにいたかは言えないなんだ。これは、俺の罪だから。ごめんな。」
罪?お兄ちゃん何をしてきたというのでしょうか。
でも、こんなにも悲しそうな顔されると聞けないじゃないですか。
「許しません。」
「そうだよな…」
私がそういうと、お兄ちゃんはますます落ち込んでます。
ほんと、変わりましたお兄ちゃん。
「一緒に寝てください。」
「え?」
「だから、今日は一緒に寝てくださいって言ったんです。それで、許します。お兄ちゃんが今までどこにいて何をしていたのかは気になりますが、今はいいです。お兄ちゃんが話してくれるのを待ってます。
でも、それとこれは別です。私を今まで心配かけたんです。今日ぐらいはいいじゃないですか。」
私がそういうと、お兄ちゃんは微笑み頷いた。
やっぱり、昔の幹事と違いますね。
そう思いながらも、晩御飯をたべて一緒に寝ました。
今日だけではなく、ずっと一緒に寝ましたけどね。
お母さんとお父さんは、「仲がいいわね。」「悠羨ましいぞ!」とか言いながら優しく見守ってくれた。
二人は変わりませんね。
それからは、今までの時間を埋めるようにお兄ちゃんとずっと一緒にいました。
朝起きて、学校に登校して、休憩時間なんて毎回お兄ちゃんの教室に行きました。そして、登校してまた寝て全部お兄ちゃんとしました。
時々、お兄ちゃんに色目を使う女狐がいましたが、何とか追い払えました。
学校の友達には、お兄ちゃんと仲いいねって言われますけど、それは違います。お兄ちゃんを愛しているのです。
ちょっと、きつい言葉が出てしまう時がありますが、これも愛情の裏返しなのです。お兄ちゃんならわかってくれますよね。
そうやっている内に、月日は直ぐに流れていきました。お兄ちゃんは先に高校に行ってしまいましたが、私も後を追って同じ高校を受験し、受かりました。
そして、お兄ちゃんと初めての高校への登校。
それは突然起こりました。
トラックに轢かれそうになったと思ったら、幼女が目の前にいますし。
お兄ちゃんは、鼻の下伸ばしてますし。
この幼女敵です。
私は直ぐにそう判断しました。
幼女が、いろいろ話してましたが、どうやら異世界に行かされるそうです。
お兄ちゃんが一緒なら別にいいですが、お母さんとお父さんには一言言っておきたかったです。
お兄ちゃんと逢瀬の為に異世界に行くと。
そんなことを思っていると、異世界に飛ばされてしまいました。目の前には、血だまりができていた。
その中心には人が倒れていたが、お兄ちゃんは周りの犬に気を取られて見えてなかったようで、騒いでいました。
冷静に周りの状況を把握してみますが、こんなの怖いじゃないですか。
すると、お兄ちゃんが突然頭を撫でて、大丈夫って言ってくれました。
もう、格好いいじゃないですか!
かっこよすぎます!
お兄ちゃんはその間にも、次々に犬を叩き倒して行った。
圧倒的ですね。
それからは、王女に出会うし、王女はお兄ちゃんに色目使うし、散々でしたよ。
でも、魔術とか魔法があるのはファンタジーでいいですね。
それが、使えればお兄ちゃんの役に立てるのでしょうか。
しかし、この王女の話聞いてると何かありそうですね。
王女ことリサに色々教えてもらっている内に王都に着いた。
王城に入ってからは、リサが私のことをサヤ様ってずっと呼んでます。
先まで、私には強気でサヤって呼んでたくせに。
これは傑作です。もう、笑いが堪えられません。
そして、国王から褒美があるということで、客間に行きましたが褒美どころか依頼を持ってきましたよこの人。
でも、お兄ちゃんがそれを受けるということで、私も協力しましょう。
でも、今のままではお兄ちゃんの足手まといにしかならなそうです。
今日は、王城に泊めてくれるそうなので、私にできることをしましょう。
確か、魔術は勉強することだけで使えるそうですね。
国王に魔術を学べる本があるか聞くと、書庫に案内してもらえた。
すごい、さすが王城。書庫も無駄にでかいですね。
でも、お兄ちゃんの役に立つため。
4年もお兄ちゃんを待ち続けたんです。勉強くらいなんですか。
この程度、すぐに覚えて見せます!
お兄ちゃんは今では、少しましになりましたが、帰ってきたときは悲しみがずっと顔に出てました。
私や両親、友達の前では出さないようにしてたみたいですが、私にはすぐにわかっちゃいますよ。
好きな人の変化にはすぐ気づくものですから。
お兄ちゃんの悲しみの原因が何かはまだ教えてもらえてないですが、私はそんな顔は見たくないんです。
あの優しい顔で笑いかけてほしんです。
絶対に私がお兄ちゃんを悲しみから救って見せます。
そのためにもまず、出来るだけ多くの魔術の知識を学びましょう!
そうして、私は書庫で一人黙々と魔術書を読んでいきました。
どれだけの時間が経ったのでしょうか、外が少し騒がしく思えます。
ドーン。
ガッシャーン。
爆発したような音と何かが割れる音がした。
私は、気になり魔術書をテーブルに置き、扉を開けた。




