プロローグ その2
カーリヨン公爵は、たった今、届けられた密書を読むなり両の目頭を右手で揉んだ。
「なんということだ。この『番狂わせ』に、どこの家でも頭を抱えているだろう。
セバス、一族の主だった者に召集をかけよ。とにかく時間との勝負だ、どのみち明日の夕刻には『弔いの鐘』が鳴り、国中にフォリオン大修道院院長が身罷られたことが知れよう」
忠実な執事は一礼して主人のもとから下がる。
部屋に誰もいなくなると、カーリヨン公爵はぐったりと椅子の背もたれに身体を預けた。
「マリアローザ様がお亡くなりになるとは…。病か暗殺か判別がつかぬなど、少なくともあれらが分別のつく年頃までは『あちら』での危険はないと践んでいたのに」
公爵は深い溜息をつく。それは一族の頂点に立ち、家名の誇りと繁栄を担い、次代へと守り抜く義務を背負う者の苦悩だった。
夕日も落ち、部屋に灯りが必要になるころ。
軽くノックの音がして、羮の乗ったワゴンが執事とメイドによって運び込まれた。
「旦那様、何かしらお召し上がりを。今宵は長ごうございましょう。皆様がお集まりになられましたら、ご酒も進みましょう。何もお口にせねば、体に悪うございます」
セバスが公爵の皿に黄金色のスープをサーブする。
執事の気遣いに素直に礼をいい、公爵は、目の前に置かれた湯気のたつ、滋味豊かなスープをくちにする。
「うまいな。スープのぬくもりで腹が満ちれば、心も落ち着く。もう一皿食せば冷静な判断を下せるほど、頭も回りだすというものだ」
一皿食すころには青白かった公爵の頬にあかみがもどってきていた。
「それはそれは。よろしゅうごさいました。たんとお召し上がりくださいませ。他にもお口に合いそうなものをご用意いたしております」
「旦那様。そろそれお時間かと」
執事の心遣いの、最後のひとすくいを口にして、公爵は銀の匙を置く。
まだ気は重かったが、威厳と落ち着きを若い公爵は取り戻していた。
「セバス、来たものから書斎に通せ」
「はい、全ての準備は整ってございます。気付けにご酒もご用意いたしております」
公爵はおうように頷くと、ゆっくりと席をたった。
「子供達には、可哀想なことになるだろう。あと三年あれば、それなりに納得もし、貴族の務めとしてうけいれるではあるだろうが……。待つことは出来ぬ。我ら全ての者が覚悟を決めねばならん」