第5話 なつやすみ1
「ねぇ先輩、夏休みって予定ありますか?」
「はぁ」
いつものようにわたしは彼を誘う。これはもはや鉄板の誘い文句だ。この前の夏祭りで手を握ったことも、完全にスルーされて1週間が過ぎた。
わたしは限界だった。ならばこちらからアプローチするほかに手段はない。
わたしたちが所属する部活は基本的にゆるい。だから、夏休みに活動は週に1回あるかないかだ。
このままでは、あのお祭りのことも流されてしまう。
遊び続けて、既成事実を作るしかもうない。
「どこか遊びに行きましょうよ、海とか」
「暑いからいやだ」
「ならプールは?」
「人がごみのようなところで遊べるか?いやできない」
「うー」
「クラスの友達と遊べばいいだろう」またこのパターンだ。
「みんな部活とか夏期講習とかで忙しいんですよ」
「ふーん」
「わかりました。なら、帰りに甘いもの食べに行きましょう。そこならクーラーもきいてますよ」
「しょうがねえな~」
くっ遠出はできなかったか。まあ、次のチャンスを待てばいい。わたしは、気持ちを切り替えた。
「それなら、わたし、駅前でかき氷が食べたいです」
「わかった、わかった」
帰り道、わたしは先輩とふたりで歩く。直射日光がきつい。汗臭くならないかが心配だ。
「先輩は夏休みにどこかいかないんですか?」
「親の実家にいくくらいだな。お前は?」
「わたしはクラスの子たちと、遊園地に行く予定があります」
「暑いのにご苦労なこった」
「楽しんできますよー」
夏祭りの時は、いつの間にか握れていた先輩の手が遠く感じる。あの時が夢だったのじゃないかな。
そんなふうに感じてしまう。
「先輩は彼女とか作らないんですか?」思わず口からでてしまった。
「あー」
「……」
聞いて後悔するとはこういうことだ。
「簡単にできたら、こんなふうに後輩と仲良く歩いてねーよ(笑)」
模範解答で流されてしまった。すこし気まずい。
「おまえは?」
「えっ」意表をつかれてしまった。
「軽そうなのに、全然、彼氏とか作らないよな」
「(この朴念仁め)」わたしは先輩をにらみつけた。
「なんだよ」
「軽そうに見えて、結構、一途なんですよ、わたし」ムカムカしながら答える。
「そういうもんかね。かわいいから、モテるだろうに」
「(グハッ)」声にならない悲鳴をあげてしまう。
この最低鈍感男は、どうしてこうナチュラルにこんなセリフを吐けるのよ。
「あなたにしか、モテたくないのに」
ボソッとわたしはつぶやく。
「えっ何?」
難聴の属性もあるらしい。
「なんでもないですよーだ。もうかき氷おごってくださいね」
わたしはヤケになって先輩に切れた。
かんぜんな八つ当たりだった。でも、幸せな八つ当たりでもあった。
こうしてふたりの時間が流れていく。