最終話 あざとい恋人
先輩は待ち合わせの10分前に来てくれた。
「おお、早かったな」
「いいえー今来たところですよ」とわたしはとぼける。
「そうなのか」相変わらず鈍感なひとだ。
「じゃあ、いきましょう」
ふたりで映画をみるのは、はじめてだった。ポップコーンとジュースを買って、隣の席でならんでみる。あたりまえの光景だ。でも、このあたりまえの光景までたどり着くのに、ずいぶんと長い時間がかかってしまった。
映画はとてもおもしろかった。いきなりのお色気シーンなどもなく、気まずくなることもない。
物語も佳境に入り、主人公とヒロインは、夕暮れ時に自分たちの気持ちを確かめ合う。
そのシーンが、わたしの告白シーンと重なった。なんだか、ジーンときてしまう。
先輩はどう思っているんだろう。少しのぞき込みたい気分になった。でも、その必要はなかった。
なぜなら、そのシーン中にわたしたちの指と指は重なりあっていたのだから。いつもはヘタレな先輩だけど、こういうところがたまらなく好きだ。
わたしは彼の耳元でつぶやいた。
「大好きです」と。
先輩はなにもいわず、指つなぎをしている手に力をこめてくれたのだった。
映画が終わって、ごはんを一緒に食べた。移動時間はできる限り指と指は離さないようにしていた。
「おいしかったですね。ごはん」
「そうだな~」
「まだ、少しだけ早いんで公園、散歩していきましょうよ」
「いいぞー」
ふたりで池の周りを散歩する。もうすぐ夕暮れだ。池の水に夕日が反射していた。
「先輩、知ってます?」
「なにを?」
「それはですね……」
わたしはもったいぶる。この後の反応が楽しみだ。
「ここの公園でデートして、キスをしたカップルは幸せになれるんですよ」計画通り。先輩の反応が楽しみだ。どうせ、ヘタレな先輩だ。これくらいからかっても大丈夫だろうという思い込みがあった。そう、その時までは……。
先輩の顔が目の前にあった。彼の手ははわたしの肩に力強くおかれていた。
「ちゅ」ふたりの唇が重なり合う。完全な不意打ちだった。
えっなにが起きたの?と思った矢先、脳がすべてを理解し、頭のなかがまっしろになる。
そして、顔が熱くなるのを感じた。
ファーストキスだった。死ぬほど恥ずかしく、死ぬほど幸せだった。
ドキドキして、先輩の顔が見えない。でも、先輩も夕日のような顔をしていると確信していた。
先輩は冷静を装っていう。
「これでいいのか」
わたしは背伸びをして答える。
「ダメですよ、先輩。さっきのはちょっとだけでしたから、チュウですよ。キスじゃ、ないんです。だから、もう一度お願いします」
もういちど、先輩は無言で顔を近づけてくる。とても幸せな初デートだった。
これにて完結です。読んでいただき、ありがとうございました。あとがきを活動報告https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1158525/blogkey/1875574/に書きました。こちらもよろしければご参照ください。