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花の中の花  作者: ほた
第2章 金剛石と黒瑪瑙
7/30

01-02 花束と明日の事


「みんな、気を付けて帰れよ」

 クロードは、本日のパーティーの出席者全員を見送った。

 エヴァは、ダニエルを家まで送り届けることになった。そしてドクターはエヴァに声を掛けた後、ご機嫌で診療所とは反対の方向に去って行った。その様子では、酒場に繰り出す約束でも取り付けたのだろう。

 ジョゼはまだ食堂の仕事があるので、店に残った。姉のオルガは、ジョゼの仕事終わりを店で待つそうだ。パーティーは宵の口に解散となった。

 本来ならば見送りの仕事は、主役のフルーがするべきなのだが、その主役様はクロードの足元で、両膝を抱えてしゃがみ込んだまま動かない。


「さて俺達もそろそろ……帰れる……か?」

 クロードは足元のフルーに声をかけてみた。

「……んーー」

 フルーから返事らしきものがあったが、到底言葉にはなっていない。

「……大丈夫か?」

 クロードは腰を落とすとフルーの顔を覗き込んだ。

「……大丈夫そうに見える?」

 フルーは、クロードの気配に気づき顔を上げた。その顔は真っ赤だった。いや顔だけじゃない、手の平など服から出ている皮膚全部が赤味を帯びている。

 本日の主役のフルーは、出席者全員に大層な量の酒を振る舞われた。元々酒に弱い体質なのに、次から次へとグラスに酒を注がれ、それを律儀に飲み干していた。おまけに診療所から出て久しぶりの刺激物だ。相当、酒が回っているに違いない。

 フルーは、日を浴びても日焼けをする肌質ではないため、割と肌が白い。その肌が今やピンク色を通りすぎて、先ほど受け取った花束ぐらいの色味になっている。

 ――まったく、律儀にもほどがある。

 そういうクロードも面白がって、自分が飲んでいたワインをフルーのグラスに注いでいたのを思い出した。責任の一端はある。仕方がないので、面倒を見るしかない。

「ほら、荷物は持ってやるから」

 クロードは、フルーの傍らに置いてあった荷物を取り上げた。診療所で使っていた物が入っている包みと、今日貰ったプレゼントと花束が入った紙袋だ。

「ありがとう」

 フルーは、そういうと丁度良い位置にあったクロードの肩を支えに、ゆっくりと立ち上がった。そして、両手の平で自分の顔を擦る。

「これさ、明日頭とか痛くなるのかな……」

 冷静に自分の状態を述べられるという事は、完全に泥酔しているわけではないようだ。クロードは自分も立ち上がると、フルーの右手を取り自分の肘の辺りを掴ませた。

「さあな、ほらここ掴んでおけ」

 ――これで、転ばれてまた怪我でもされては困る。

 それでなくても、フルーに頼みたい仕事が溜まっているのだから。折角補佐役についても、戦線復帰してもらわなければ、クロードは一向に楽が出来ないのだ。

 フルーは促されてクロードの腕を両手でしっかりと掴んだ。

「クロードさん、お手数おかけします」

「どういたしまして」

 クロードは、普段フルーとの間では敬語など使わないが、面白そうなので話し方に合わせてみた。やっぱり相当酔っているようだ。

「ゆっくり歩いて帰るぞ、それともおぶさるか?」

 フルーは、じっとクロードの方を睨みつけるように見上げると、両頬をぷうと膨らませる。

 こういう時のフルーは普段と反応が違うので、ちょっとしたいじわるを仕掛けてみたくなる。

「……子供じゃないんだから、歩けますぅ」

 そう言うと危なげな足取りで歩き出した。

「それは失礼したな」

 クロードは笑うのを我慢して、フルーの歩調に合わせ、一歩一歩進む。クロードは、これまで何度もおぶっているので、今更恥ずかしくも何とも思わないが、フルーの方は羞恥心があるようだ。これはなかなか扱いが難しい。

 ロクサーヌの食堂からクロードの自宅まで、徒歩五分ほどの距離だ。しかし、今日のこのペースではその数倍はかかりそうだ。

「今日は、ずいぶん騒いでいたな」

 クロードはゆっくり歩きながら、会話を切り出した。フルーはいつも明るく振る舞ってはいるが、自分から騒ぐタイプではない。今日は、宴会好きなメンバーが揃っていたので、それに合わせたのかいつもよりもテンションが高かった気がする。深酒をしたのはそのせいもあるのだろう。

「うん、ちょっと場の空気に飲まれたかも……でも楽しかったよ」

「それは良かったな」

「でも、それ以上にいろいろびっくりした」

 サプライズ企画で、仕掛けられた方が『びっくりした』と言うなら大成功だろう。

 企画したダニエルとエヴァに教えたら、きっと喜ぶ。

 クロードはそんな事を考えていたので、フルーの歩みが止まったのに気が付かなかった。フルーは、歩みを止めクロードの肘の服を握り込んだ。それによりクロードは腕が後方に引っ張られる。

「どうした、気分でも悪いか?」

 クロードは、慌てて自分の背後を振り返った。少し低い位置にフルーの金髪の頭がある。

「……大丈夫」

 そう言うが、フルーは頭を斜めに傾けたと思うと、クロードの肩に寄りかかり歩き出そうとしない。吐くなら吐くでいいが、被害は最小限にしてもらいたい。クロードはフルーを道の隅へと誘導した。

「無理するな」

「んーねぇ、クロード」

「んっ、なんだ」

「なんで皆は、こんな僕に優しくしてくれるのかな」

 フルーはポツリと呟いた。クロードは気分が悪いのかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。フルーから意外な一言が飛び出してきた。

「また唐突に何を言い出すかと思えば」

「……最近ちょっと身の丈に合わないことばかり起きるから混乱気味でさ……今日だって」

 確かにフルーの身の回りは急激に変わりすぎたかもしれない。

「クロードは知らないと思うけど、僕は劣等感の塊みたいな人間なんだよ。記憶は一向に戻らないし、自分が誰か分からない。何もない状態なわけで……」

 フルーは普段から自分の中で思い抱えているものを、述べ始める。それと先ほどの発言とどう結びつくのだろうか。酔っ払いの話は会話が良く飛ぶので慎重に聞かなければ意味が分からなくなる。クロードは黙ってフルーの話を聞いた。

「優しくされるのは、凄く嬉しいよ、感謝している。でも心のどこかで、こんな正体も分からない人間に何故優しくしてくれるのだろうという思いが浮かんでくる。記憶が戻った僕は、もしかしたらどうしようもない人間かもしれないじゃないか」

 ――なるほど。

 フルーは、日頃ちょっとした事で大騒ぎするが、自分の事になると黙して語らない節がある。クロードはその事に気が付いていた。今日は酒が入っているせいなのか、フルーは普段になく饒舌に自分の事を語る。

――まさかこんな事を思っていたとはな。

 クロードは、この半年共に生活をしていて、フルーの記憶の抜け方はだいぶ把握出来ていた。フルーは生活に関する記憶はある。分からないことも説明をすれば良い。そのため日常生活や仕事には支障が出なかった。反対に順応性が高いとさえ思った。しかし、自分に関わる記憶が、綺麗さっぱり白紙なのだ。ドクターの診立てでは、頭部などに外傷がないので、精神的なショックによる、心因性の記憶喪失ではないかということだった。

 クロードは、フルーの事は傍で見ていて分かった気でいたが、どこかで忘れていた。フルーは普通の人間よりハンデが大きい。

 記憶がないというのは、通常の人間より不安な事が多いのだろう。人は誰でも経験や思い出や、過去の人々の繋がりなど、そういった事柄を拠り所にしている。また記憶が戻らない焦りと、記憶が戻る恐怖、いや知らない自分との戦いと言った方がいいのだろう。それを自分に置き変えて考えると酷く恐ろしい事だと思う。

 クロードは、頭の回転が速いフルーなら、皆がフルーにしようとしている事が分かると勝手に思っていたが、記憶の経験値が極端に不足している状態のフルーに対して、説明が足りなかったことを、今になり猛省する。

 ――さて、どうしたものか。

 クロードはこういった類の話は得意ではなかった。

 とりあえずフルーの頭の上に手を乗せて金色の頭を撫でる。そして寄りかかり伏せている顔を前に向かせた。

「不安にさせて悪かったな」

 まずは、素直に詫びを入れることからはじめるしかない。

「ここの連中がやたらと世話を焼いて、こちらの領域に入り込んでくるのは、あまり気にするな」

「気にしないでいいの?」

 フルーは、クロードの言葉を不貞腐れているような表情で聞き返した。

「ああ、俺もあまり話した事がなかったが、お前と同じ、この街の連中に拾われた口だ」

「クロード……も?」

 話すような機会がなかった。クロードは自分とこの街との馴れ初めをフルーに多くは語っていなかった。

「拾われたというのは言葉のあやだ、ここはお節介な連中の集まりだからな。おまけに魔族のこの俺に、ここに住んでほしいと要求してくる変わり者ときた」

 クロードは、この地に来たばかりの頃の事を思い出した。

 この地には旅の途中物資の補給のために立ち寄った。当初はすぐに発つはずだった。ひょんな事でダニエルやエヴァの祖父母らに関わり、彼らにこの地にしばらく留まって欲しいと懇願された。当時この街はとても複雑な事情を抱えていて、クロードのような腕に覚えのある者を欲していた。しかしクロードは、その誘いに乗るつもりはなかった。なぜならば自分は魔族だからだ。当時は人間と馴れ合う事は出来ないと思っていたからだ。正体を告げ、それを理由にこの街を去るつもりだった。しかし彼らはクロードが魔族であることを知るとさらに強引な誘いをしてきた。それは当時のクロードが根負けしてしまうほどに。

 ――本当にあの時は、戸惑った。……ああ、そうか。

 フルーもあの頃の自分と同じような気持ちなのだろうか、ならばフルーにかける言葉は分かる。

「これは先輩としてのアドバイスだ。考えると疲れるからやめる事だ」

 それがクロードの最終的にたどり着いた答えだ。

「……それでいいの?」

 フルーはクロードに納得がいかない様子だ。

「俺も考えたさ。魔族の俺なんかを信頼するのか。不安に思わないのか、不気味に思わないのか。だが気づけば五十年も経っているわけだ。だったら考えない方が賢明じゃないか?」

 クロードがこの地に留まるのを決めて、気が付けば五十年の月日が流れていた。ずいぶん長い滞在になっている。

「……そっか、最初のスタートは違うけど、クロードと僕は状況が似ているんだね」

 フルーは、何か少し考えた後、くすりと笑った。それは自分の中で何かを見つけたのか、納得した表情だ。しかしその表情はすぐに曇る。

「でも……でもさ皆はそうかもしれないけど……クロードも同じ考えなの?」

「俺……か?」

 フルーは次に、話の話題にクロードの名前をあげる。

 クロードはフルーに聞かれて、自分の答えが咄嗟に出なかった。クロードは、フルーの事を多少は考えているつもりでいた。しかし、それを言葉に出すことはなかった。クロードは、いつの頃からか自分の気持ちを言葉や態度に乗せるのを苦手としていた。何でも器用にこなすクロードだが苦手な事もあるのだ。

――悪い習慣になっているな。

「俺は、そろそろお前の身の振り方を考えないといけないとは思ってはいた」

 クロードはフルーの問いに答えた。それがフルーの求めている答えになっているのかは分からないが、自分の考えを言葉に出した。

「身の、振り方……」

 フルーは、表情を変えぬままクロードの言葉を反復する。

 クロードは、少し時間が経過すれば、フルーの記憶は戻るものと思っていた。たぶん他の皆も同じ考えだっただろう。しかし、フルーの記憶は一向に戻る気配がないまま半年が過ぎてしまった。

「いつまでも家で、肩身の狭い居候をしているわけにもいかないだろう?」

 クロードは、フルーが住み込みで仕事を片づけてくれるおかげで楽が出来る。このまま手伝って貰いたいが、時間に限りのある人間のフルーはそういうわけにはいかない。人には人の時間があるのだから。

「……クロード、それは出て行けということかな?」

 フルーはクロードの言葉から、そんな答えを導き出す。

 ――たくっ、この馬鹿はそう考えるのか。これはまた重症だな。

「俺はそんな事は、一言も言ってない!」

「……ご、ごめんなさい」

 フルーは弾かれるようにクロードから離れると、謝罪の言葉と共に頭を下げる。

 クロードは無意識だったが、言葉と態度に険が出てしまった。

 ――しまった。

 それを敏感に感じ取ったフルーを謝らせてしまった。クロードは親しい者から、不機嫌顔だとか威圧的だと言われるが、少なくとも今は少し柔らかい表情を作る努力をしなくてはいけない場面だ。

 クロードは、一つ長めに息を吸って吐くと、俯くフルーの肩口を掴んで引いた。

 ――本当に世話が焼ける。

「フルー、今は少し強く言いすぎた、悪かったな。許せ」

「あ、でもいまのは僕も悪いよ」

 クロードそのままフルーの腕を引き並んで歩きはじめる。フルーは足をもたつかせながら、それについていく。

「下ばかり向くな。地面には欲しいものは落ちてないぞ」

「ごめんなさい……」

「……あと、その無闇やたらに謝るのも止める」

「は、はいっ」

 フルーはクロードに立て続けに注意を受け、俯き気味の背筋を伸ばした。

「フルー、正直なところお前がうちに居て仕事を手伝ってくれるのは助かっている。ここの人間は魔族使いが荒いからな。だがこちらの都合で、お前を今のまま拘束しているのは良くない。人間には人間の時間の流れがある」

「そう、だね」

 フルーは外見の年齢から二十歳前後だと想定される。もしかするともっと幼いのかもしれない。この街に住むその年の人間なら、自分の力で生活を送っている年頃だ。

「だが、お前はハンデがあるからな。多少手助けてはしてやるつもりだ。焦らずゆっくりやればいい」

 半年前クロードがフルーを見つけて拾った。言葉は悪いが犬猫でも拾って育てれば情は移るものだ。クロードはこのタンポポ色の少年に対して親心に似たものを抱いていた。しかし、それを言葉に出すのは、どうも性に合わない気がしていた。

「記憶に余白がある分、いろんな物をそこに詰め込め。こっちはお前の気が済むまで付き合ってやるさ。とても残念な事に俺には時間が腐るほどあるんでな」

「……あっ、そういえばクロードは魔族だったね。たまに忘れちゃうんだよね」

 フルーは、忘れていた用事を思い出したかのような表情でクロードを見る。これは本気で忘れていたのだろうか。

「おいおい、また俺が魔族なのを忘れている人間が増えてしまったか」

「ごめんごめん」

 フルーはおどけた仕草をしながら、クロードから離れると一人で歩き始める。その足取りはまだ千鳥足だが、先ほどの頼りない足取りとは違ってしっかりしたものにみえた。

「……ありがとう、クロード! アドバイス通り、悩むのは止める事にするよ」

 そう言うとフルーは、にっこりほほ笑んだ。どうやらもう大丈夫なようだ。

「そうしろ」

「うん。……そうだ! そういえば聞こう聞こうと思っていたんだけど、クロードは、魔法が使えるの? 使えるなら今度見せ――」

「駄目だ」

 クロードはフルーの言葉を最後まで聞くことなく、返事で押し止めた。

「ケチっ」

 フルーは、まさかここまで即答で断られるとは思っていなかったのか、本音の苦情をぶつける。

「……ケチと言われてもな。出来ないものは出来ない」

「あっ、もしかして……」

 フルーはそう言ってクロードの横に来ると、咳払いを一つしてから、にやりと笑ってみせる。

「えへんっ、クロードさん、実は貴方魔法が苦手で使えなかったりするんじゃないでしょうか? 大丈夫、僕はこう見えて、口は堅いですからここだけの話にしておいてあげますよ。だから教えてよ」

 改まった口調で何を言い出すかと思えば、酔っ払いフルーはクロードに面白く絡んでくる。正直ここまで来ると少々面倒だ。

 ――無視するか。

 しかし、ここは魔法が使えないという嫌疑をきっちり晴らさなければ後々本当に面倒になりそうだ。

「あのな、人間領と魔族領の国境にはぐるりと結界が引いてある。人間も魔族も出入りが出来ない」

「へぇー、魔族領と人間領の間ってそんな事になっているんだ! ……で、それとクロードが魔法を使えないのと、どういう関係が?」

「いいから、最後まで聞け。その結界には幾つか出入りするゲートがあるんだが、魔族が出入りする場合は、魔力をある一定まで封じなければ、その門の通過許可が下りないんだ」

「結構面倒なんだね。だからクロードは魔法が使えないの?」

「そうだ。こちら側では、人間との力バランスを保つために魔族は魔法が使えない。何度か試したが火球一つ呼び出せやしない」

「そうなんだ。魔族が人間領に来るには厳しい決まりがあるんだね……もしかして、魔族が人間領にほとんどいないのはそのせいなの?」

「そうだな。……魔族は魔力の強さで優劣が決まるから、魔力を封じられるのは、プライドが許さないのかもな」

「魔族のプライドか。じゃあクロードはそんな大事な魔力を封じてまで、なんで人間領に来たの? あ、……言いにくい事なら話さなくても」

 フルーは言葉の途中で、あからさまに『しまった』という顔をした。本当に思っていることが顔に出やすい。クロードは、この素直さに少々不安を感じた。

「別に、隠すような事は何もないさ。俺はただ単に、魔族領が嫌いだから出てきただけさ。魔力なんて全然興味がない」

 クロードは、フルーの質問にあっさりと答えた。フルーは返答が貰えるとは思わなかったのか、驚いてこちらを見たまま目をぱちくりさせている。

「そ、それだけ? 本当にそれだけの理由で?」

「ああ、向こうは何かと生きにくくてな。こちらは魔力が頼りに出来なくなるのは知っていたから、剣の修行をしてから出てきた」

 ――それは全て本当の事だ。

「クロードって……本当に変わり者の魔族だったんだね」

「今更面と向かって言うな。ほら、休憩は終わりだ足を動かせ」

 クロードは、全て答えたぞと言う代わりに手を振り、歩みを止めていたフルーを置いて歩き出す。

「あ、待ってよ」



 そうこうするうちに、ようやく家の前まで辿り着いた。

 クロードは上着のポケットから家の鍵を取り出すと、玄関扉の前まで進み、鍵穴に差し込んだ。自分よりまだ若いが、年季の入った古いこの扉は開けるのにコツがいる。

 鍵を入れて、ノブを少し上に押して回す。すると蝶番の鳴く音と共に扉が開く。

「フルー、今日は早く寝ろよ」

「そうする、ただいま!」

 フルーはクロードに続き扉を潜ると、帰宅を知らせる声をあげる。久しぶりに帰ってこられたのが嬉しいのか、クロードの手から自分の荷物を奪い取ると、二階へ続く階段の方へと飛んでゆく。室内はまだ明かりを灯していないので暗い、照明は窓から差し込む外の明かりくらいだ。しかしフルーは、勝手知ったる我が家とばかりに暗い階段をするすると登ってゆく。

「そこの酔っ払い、転ぶぞ」

「大丈夫だよ」

 クロードは、一人玄関に残って戸締りをする。

「そうだ、フルー。明日午後は出かけるから時間空けておけ」

「うん、分かった!」

 フルーは階段の途中の手すりから顔を出すと、クロードの返事に答える。

「クロード、おやすみなさい」

 何がそんなに楽しいのか、笑顔で手を振り、二階へと去ってゆく。

「おやすみ」


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