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花の中の花  作者: ほた
第4章 花の中の花
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04 契約書とラブレター

 周囲を大いに騒がせた春の事件は、何とか収拾がついた。

 しかし二人はあの後、揃って酷い風邪を引いた。薄着で追いかけっこをして、夜中草原に長時間いたのだから仕方がない。

 迷惑をかけたシュラール診療所の人々に謝罪に行けば、主治医にひとしきり大笑いされあれこれ詮索された挙句、助手には『仲が宜しいようで何よりですが、風邪までお揃いなのは恥ずかしいですよ』と手厚い嫌味をいただく。この親子には、相当大きな弱みを握られてしまった。そしてこれまたお揃いの風邪薬を貰い、数日静養する羽目になる。

 フルーはクロードの家に戻り、元通り特務官補佐役の業務をこなしている。そしてフルーは女性から男性に戻った。それについては、周囲から残念がられた。

 これにはいろいろ仕方がない理由があった。フルーは魔族領では美しいと名高い鉱物の精霊だけあって、女性の姿になると目立つ。もう噂は覚悟した上だがそれを引いても目立つのだ。野次馬が出ては、生活が成り立たない。

 ジョゼは、クロードが綺麗なフルーを他人に見せたくないのだろうと言っていた。独占欲強すぎだと茶化されていた。まあそれは半分当たっているが、半分は違う。本当の理由は最上級の照れ屋のあの魔族は、女性の姿のフルーが目の前をちょろちょろしていては、気が休まらないのだ。フルーは、今回のことで気づいてしまったことが一つある。無表情だと言われているこの魔族は、本当は感情を表に出すのが不器用なのだ。照れ始めると眉間に皺が寄るのだ。これは、フルーだけの秘密にしておく。

 それに日々の仕事では、やはり男性の方が機動力がよく何かと都合がいい。

 フルーの生活は、全てが元通りという訳にはいなかい部分も多少あったりする。

 クロードとの間に交わした鉱物人間の主の契約を少し変更しなければいけなかった。フルーは、あれ以来自身の性別のコントロールを上手く出来なくなってしまった。

 フルーは、何かの拍子やきっかけで性別が変更してしまう。

 この部分だけはクロードに管理してもらうため、限定だが制約を置いてもらうことにした。

 もちろん、自分でもコントロール可能になるまでの間という期限付きだ。


「フルー、契約書の方も書き換えておいたから、これでよかったらサインしておいてくれ」

「わざわざ書き直さなくていいのに」

「そういう訳にはいかないだろ、お前もこの後、出かけるんだろう?」

 クロードは出かける身支度をしていた。

「うん、二、三か所回る予定だよ」

「じゃあ、あとの戸締り頼むな」

「わかった、いってらっしゃい」

 フルーは仕事部屋からクロードを見送る。

「ちゃんと忘れずにサインしておけよ」

「はいはい、分かりました」

 フルーは仕事部屋の席に着くと、机の上に置かれた封書を手に取った。中にはクロードが言っていた契約書が入っていた。

 フルーは文面を黙読する。書類は数年前のフォーマットとほとんど変わらない。


 

 フルール甲として、乙クロード=ローレンとの間に、次の契約を締結する。


 一、甲は、乙から魔力の提供を受ける。


 二、この契約は、乙から一方的に解除することは出来ない。

反対に甲側からの解除要求は自由とする。解除するときは要相談の事。


 三、魔力提供に当たり、乙は甲に一切の制約はしない。

例外として性別のコントロール権を、甲が制御可能になる間、一時乙に委任する。



 

 二に、『要相談の事』が追加されているのが、今回の事件で懲りたと見える。三、の後半部分は、今回のクロードに頼んだ限定制約が書き足されている。

「あんまり、変わらないじゃん」

 フルーは、いい加減に読んでサインをしようとした。万年筆を自分の机から取ると、右下にサインしようとするが、サインする項目が見つからない。

「あれ?」

 よく見ると書類の右上には、ニ分の一とノンブルが振られていた。これは契約書にはもう一枚、二分のニが存在するという意味だ。

 フルーは封筒の中を調べると、もう一枚書類があることに気づく。こういう場合書類を二枚揃えて畳むはず。見落としては一大事だ。書類作成のセオリーを無視するとはクロードらしくない。封筒の中から契約書の二ページ目を取り出し開く。

「……何これ」

 フルーは、書類の文章を目で追いそのまま釘付けになる。そこには、新たに四番目の項目が追加されていた。

 机の上に置いた万年筆がコトンと音と立てて転がる。

「やられた……」

 フルーはそう言うと両手で顔を覆い隠す。

「不意打ちだよ」

 以前フルーが交わした契約書は、もう一つ四番目の項目があった。しかし一枚目にはその項目がなかった。フルーが契約書の内容にあれだけ文句を並べていたので、今回はクロードが削除したのかと思った。前回は、『四、三の契約の例外として、甲は自らの職務を全うし勤勉に務めること』だったのだが。今回書かれた項目は……

 フルーは、顔から手をどかすと、書類を両手で机の上から持ち上げ、四番目の項目を声に出して音読した。

「四、三の契約の例外として……乙の傍にいること」

 フルーは声に出して音読した。

 つまり、四番目のこれが意味する事は、人生のパートナーとして傍にいろと言っているのだ。

 フルーは、口に出して読み上げてしまった事を後悔した。これは恥ずかしすぎて死にそうだ。

 フルーは一度席から立ち上がると数度深呼吸をする。いちいち大声を上げたり、赤面して驚いていたら心臓がいくつあっても足りない。慣れないといけない。

 ――これ本当に契約書だよね? ラブレターの間違いじゃないよね?

 これはクロードのいたずらなのか、それとも作戦なのだろうか。

 ――いや違う照れ隠しだ。

 フルーは、気づいてしまった。

「あいつ、何食わぬ顔して出て行ったのも計算か」

 フルーは、指先で書類を弾いた。そして穴が開くほど紙を悩みながら思案を開始する。

 思案の議題は、今後の対応だ。

 サインをして、何もなかった風に平然と書類を返そうか。

 ――いやそれは駄目だ。

 あの超奥手の魔族は、何もなかった事にしたら、そのままだ。自分達の関係は、きっと何年何十年だって、何も進展がないに違いない。現にこの三年間何にもなかったのだから。

「一層の事、額に入れて飾っておくか?」

 ――いやそれは僕も恥ずかしいから却下。

 この契約書の書き損じなど、ちり紙用のごみ箱に入っていないかと漁ってみるが、見受けられない。目の届かない所に片づけたのか、それとも一発で書いたのか。その姿を想像すると、つい口元が緩んでしまう。

「さて、どうしたものかな」

 フルーは数分考えた後、万年筆を取り上げると、書類のサインの項目に自分のサインと本来は書かない契約書への返事をしたためた。

 封書を開けないで気づかれなくても別に構わない。ただ、こちらだけ焦らされるのは面白くない。ちょっとした仕返しだ。そして、元の封筒に入れてクロードの机の上に置く。その封筒の横にもう一枚メモを添える。そのメモには『外回りに行ってきます。ついでにダニエルの所に寄るので、遅くなると思います フルー』と書いた。

 ダニエルからは新婚旅行のお土産を取りに来いと言われていた。たぶんそれは口実で、自分が居ない間の経緯を問いただしたいのだろう。フルーは、行けばどういう目に合うか分かっているが、それを覚悟で、ダニエルのところに行くことにした。

 恋の相談相手として彼女が最適なのは分かっている。

「首洗って待ってろ」

 フルーは誰もいない、席に向かって呟く。

 ――そっちがその気なら、こちらからも攻めていくのみ……。

 フルーは椅子に掛けておいた上着を取り上げると仕事部屋を後にする。


 フルーが契約書に書いた返事は、ただ一文。

 ――『ずっと傍にいてやるから、覚悟しておけ』

 契約書に付けられた返事に気がついたクロードがどんな顔をしたかは、ご想像にお任せする。

 もちろんフルーの作戦は、大成功だった。

 

花の中の花 4章「花の中の花」終


花の中の花 幕間 「3と4の隙間」つづく

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