02-01 家出と酔っ払い
フルーはダニエルの実家を出た後、朝のアルデゥイナの街を走っていた。行き交う人々は、朝の忙しい最中、フルーの事など気に留めない。今の姿は、あまり人に見せたくなかったので都合がいい。
フルーは、特に走る必要はなかったのだが、気持ちがどうしてもはやるので、気づけば走っていた。
しかしいつも通りのスピードを出して走る事はできない。過去に女装をしたことはあるので、服やヒールある靴が問題ではない。体の形の違いだ。こんなにも男女では筋力差と脂肪のつき方に違いあるのかと思い知る。
フルーはダニエルの家で聞かされた話が頭から離れないでいた。今日は何度も自分の事で心が不安定になり騒いだが、今の心のざわつきは少し違う。先ほどまでの急激な体温の上昇も鼓動もない。ただ静かに不安が胸の奥で広がる。それは、水の上にインクを落としたように、徐々に薄く水全体に濁りが広がってゆくような嫌な感じだ。
フルーは自分が頼んでついて来てもらったヴァンをダニエルの家に置いて来てしまった。自分のこの体のために集まってくれたメンバーにも悪い事をした。走りながら後悔していた。しかし、自分の身や友達の事を差し置いても、一番に確認したい事が出来た。それくらいフルーにとって大切な事だった。この不安を一刻も早く取り除きたかった。
フルーは、よくやく自宅の扉にたどり着いた。乱れる息を整えながら玄関扉を開ける。
「クロード!」
帰宅を知らせるために、家の主の名前を呼ぶ。この時間なら、一階に降りて仕事部屋かリビングにいるはずだ。フルーは廊下のリビングに繋がる扉を開いた。
予想通り、クロードは丁度リビングの自分専用のリクライニングチェアに腰を下ろし読書をしていた。
「やっと帰ったか」
クロードは、フルーの帰宅を確認すると、その姿を上から下まで見た。出て行った時の事を思い出すと気恥ずかしい。そして先ほど気づいた自分の気持ちもあり、つい視線を伏せてしまう。
――いやいや、僕のどうしようもない気持ちなど後回しだ。
「それで、ヴァンに聞いて、その姿になった原因は分かったのか?」
クロードは質問をしてきた。
――そうだった。出て行った時ヴァンの所に行くと言って自分は出て行ったきりだった。
「うん原因は分かったけど、しばらく元には戻れないかもしれない」
――原因は僕にあるけど、いまは簡単には解決出来そうにない。
「そうか」
ただ一言で片づけられた。
――それだけ? もっと他に聞くことがあるんじゃないの?
「それ以上聞かないの?」
フルーはクロードに質問を返す。
「元に戻れるんだろう? なら他に問題があるのか」
「うんまあ、戻れるとは思うよ。でも、なんでこうなった理由とかも聞かないんだと思っただけ」
「聞いて欲しいのか?」
「いや、べ、別に言うほどの理由じゃないから」
――聞かれても言えるわけがない。まさか原因が嫉妬だなんて
フルーはクロードのあっさりした態度に少し拍子抜けした。しかしこれこそクロードらしい対応そのものだとも思った。あまり語らない。重要な事だけ言って、残りは行動で示すタイプだ。三年ほどの付き合いで、クロードの性格は何となくだが把握出来た。
「だがフルー、お前はしばらく外出を控えた方がいいな。好奇の目に晒されるのは嫌だろう。しばらくは事務方に回れ」
「えっ」
フルーはクロードの突然の申し出に、少し驚いた。フルーは最近外回りの仕事も任せられていた。その仕事をセーブするとなると、クロードの負担が増える。それを承知で言っているのだろうか。
――やっぱり……。
「いつも通り、外に出るつもりだったのか? 止めておけ」
「ねぇクロード、君にちょっと聞きたい事があるんだけどいいかな?」
「なんだ、急に?」
「僕と君との間に変な噂話があるっていうのは本当か」
フルーはダニエルからもらったゴシップ誌をクロードに差し出す。
クロードは、手にしていた本を手近の棚に置くと、リクライニングチェアから立ち上がった。そして眉間に皺を寄せてフルーを見下ろす。
「……誰から聞いた」
「誰から聞こうがどうでもいいだろう」
「……ただの根も葉もないゴシップだ。関係ない」
クロードはそう言い、フルーの質問に否定をしなかった。噂は真実だ。
「関係ないなんて、僕も当事者だ! 酷い噂が立っていたのに、君は僕の耳に一切入らないようにしていたんだよね?」
ゴシップ誌とダニエルから補足情報を得ていた。
まずゴシップ誌一冊目は丁度二年半前発行、素性の知れないフルーがこの街の秘密事項に関わる仕事をする危険視する声。
この話はフルーが居候する当初からあったそうだが、フルーが補佐役の職に就く前、フルーがシュラール診療所に入院している間にダニエルも協力して処理した。これはまだ噂としてフルーも許容出来るものだ。反対にお礼を言いたいと思う。
しかし、噂はそれで終わらなかった。二冊目のゴシップ誌の発行日が数か月前の事、内容はフルーとクロードが出来ているんではないかというゴシップ。フルーが今の地位を勝ち取ったのは、枕営業の成果だというえげつない記事だ。
時を同じくして街の街道で野盗被害が度々起きていた。その討伐にクロードが腕試しにと、フルーとヴァンを派遣した近辺だ。あの時クロードはわざとフルーを街から離れさせたのだ。今思えば関係ないヴァンをお目付け役に同行させたのも、もしかして作戦だったのかもしらない。その作戦は見事に成功し、野盗討伐のニュースであらぬ噂話は消えた。
クロードは、それらを全てフルーの耳に届かないようにしていたのだ。
そして今、外見が変化してしまったフルーを守るため外出を控えるように促すではないか。
「何も疾しいことがないのなら、こそこそせず堂々としていればいいだろう」
クロードは、正論を言う。
「確かにそうかもしれないけど、でもクロードには立場があるんだよ、分かっているのか?」
――そうじゃない。言いたいのはそうじゃないんだ。
「立場か? 俺も素性の知れない魔族だが」
「そうかもしれないけど……」
――どういえばいいんだ。
フルーは自分がクロードにどう説明をしたらいいのか、悩んでいた。
気づいてしまった自分の気持ち。知ってしまった噂の事。優先すべき事は自分の事ではない。
――守られてばかりはでは駄目だ。今度は僕が行動で示さないと。でも僕の気持ちは、絶対言ってはいけない。
フルーはこの自問を解決する唯一の答えが出ていた。しかしそれを口にするのが、一秒でも先延ばしにしたかった。
しかし、もうタイムリミットのようだ。フルーは背筋を伸ばして、クロードを見た。そして……
「そんな噂があるなら、僕はこの家を出るよ」
フルーは、クロードにそう告げた。
――たぶん、これが最良の選択だ。僕はしばらくこの姿から元に戻る事は出来ないだろう。そして今の自分の存在全てが、クロードの努力を水の泡になってしまう。
「出てどうする?」
「どこか住む場所をみつける。もちろん仕事を辞める気はないから安心して」
クロードは、きっとフルーが女性の姿のままここに住み続けても、気にしないかもしれない。でも周囲はどうだろうか、女性と同居しているとなると、噂はさらに酷くなるに違いない。
ゴシップに対する人々の好奇心は、とても大きい。それにアルデゥイナの人々は総じて野次馬好きだ。
こんな美味しいネタを記者達が放っておくわけがない。
「そうか、それならそうしなさい」
クロードは、フルーの提案を止めようとしなかった。
「うん」
フルーは、手を後ろに組んで、自分の手の甲を強く抓る。油断すると、涙腺が崩壊しそうだった。なぜ涙が出そうになるのか、理由は少し分かっていた。
――本当は出て行きたくない。
喉から出てしまいそうになる言葉を飲み込む。
フルーは、今の状態からクロードとの間で自分の気持ちにケリをつける自信がなかった。自信がないのに残るなんて無理だ。
――今度は自分が守るという口実を隠れ蓑に、いまは自分の気持ちから逃げるしかない。
その日ドクターオラージュ=E=シュラールは、午後の診療を終えた後、普段着の上に重ね着していた白衣を脱ぎ、サンダルをつっかけて外出をした。外出の際は、息子のヴァンには、出かける旨と適当な帰宅時間を伝える。ヴァンもそういう時は大概飲みに行くのだと理解しているらしく『そうですかお気をつけて』と送り出されるのが最近の定番だ。
しかし今日のドクターは珍しく飲みに行く相手の名前を伝えた。
ヴァンはそれを聞くと、何か感づいたのか、『分かりました』とだけ言葉を付け加えた。それ以上の詮索はない。良く出来た息子だ。
ドクターは商業地域にある行きつけの酒場の一つへと足を運んだ。酒場の扉を開けると、酒と煙草の匂いが漏れ、客の熱気のある声に体を押されるような圧を感じる。ドクターは、それが何とも言えなく好きだった。自身の静かな診察所と違い、ここは様々な人々が生きている場所だ。それが何とも言えなく心地良い。酒場の中に入るとすぐに知り合いに声をかけられる。
ドクターは、商業地域にも顔が知れている。特に酒場に行けば誰かしら飲み仲間がいるのだ。
ドクターは、飲み仲間らに軽く手を上げ挨拶をする。
「悪ぃ、今日は先約でね。また今度な」
店の奥へと足を進め、広く混み合った店内をぐるりと見回した。お目当ての人を探しているようだ。
「お、いたいた、待たせちまったな」
ドクターがそう声をかけ近寄る。待ち合わせの相手は、クロード=ローレンだった。クロードは店カウンター席で一人、グラスをかたむけていた。その隣の席は、空席で椅子の背には、紫色の上着が置かれていた。
ドクターは丁度、通り掛かった店員を捕まえ早々に注文を済ませる。
「ビール、ジョッキな。あとつまみは適当に」
ドクターは、カウンターの少し足の長い椅子を引くと、背に掛けられていた上着をクロードに返し、その席に腰を下ろす。ドクターは久しぶりにクロードを飲みに誘い、ここに呼び出していた。
商業地域は酒場が乱立している。今日この店を選んだのには理由がある。周囲にこちらの会話が聞こえない程度の騒がしさ。そして辛うじて同席の相手の声は聞こえるような場所だ。隣に誰がいるなんて気にしない。混み入った話をするならば、静かな場所よりこういう場所がいいとドクターは考えていた。
ちょうどドクター注文の品が運ばれてきたところで話に入る。
「今日も一日お疲れさん!」
ビールジョッキを持ちあげる。
クロードは、カウンターテーブルの上にあるボトルを掴むと、自らの空グラスに酒を並々と注ぐ。ボトルのラベルには『ウォッカ』と書いてある。アルコール度数八十パーセント以上。大変強い酒だ。クロードの前に置かれているグラスは、通常サイズの割と大きめなグラスだ。ウォッカをそのグラスに並々と注ぐとは暴挙だ。そんな飲み方をする酒ではない。ドクターに合わせてグラスを持ちあげる。
「お疲れ」
ドクターは、豪快に黄金色の液体をジョッキ半分ほど一気に煽る。
「よっしゃっ、エネルギー充填完了」
片やクロードはというと、グラスの淵に口にあてると、まるで水を飲むかのように静かについーと一気に飲み干していた。
「相変わらず恐ろしい飲み方すんな」
「人間領の酒は、魔族には弱いんだ。酔いたいときはこれくらいで丁度いい」
――酔いたいねぇ。何を酒で流したいんだこの男は……
ドクターは、出かけた言葉をビールで流し込む。
「それで、今日は何の用だ」
話の切り出しはクロードの方からだった。
「何言っているんだ、要件ぐらい察しているだろ」
クロードは、ドクターの言葉に返事を返すでもなく、自分の空になったグラスに、再び並々と酒を注ぐと、そのまま口を付けるでもなくグラスに視線を固定している。
フルーがクロードの家を出てから三日が過ぎていた。
フルーはしばらくの間、ドクターの経営するシュラール診療所の空部屋を借りる事にした。こちらも男ばかりの所帯だが、複数人の人が出入りしている場所だ。皆、事情を理解して対応してくれた。
フルーはクロード宅を出たが、自身の仕事を辞める事はなった。朝早くにシュラール診療所を出てクロード宅で事務方の仕事をして、人が少なくなった夜に診療所に戻ってきていた。極力人目に触れないよう努力しているせいか、身内と言える範囲にしか、事態を知られることはなかった。今日ドクターがクロードを呼び出したのは、その話をするつもりでいた。もちろん呼び出されたクロード自身も分かっている。しかしクロード本人は、その話をしたくないようだ。酒の入ったグラスに手を伸ばす。
「いつまでも家には置いておけないぞ」
「分かってる。迷惑をかけてすまないと……」
「何が分かっているだ。最初に謝る相手は、俺じゃないと思うがね?」
ドクターはつまみに運ばれてきたナッツの殻を、指で器用に剥くと数個口に放り込む。
「正直、俺も困っているんだ」
それは酒場の雑踏にかき消されそうな呟き声。
「困っているね。花ちゃんが美人さんになって何が困るかねぇ。俺はさーっぱり分からん」
「困るだろう! 突然性別が変わったと思ったら、次は潰したゴシップを引っ張りだしてくれるわ。ダニエルにはあれだけ口止めをしておいたのに……」
「ローレン、ダニエル嬢は、いやジアン夫人は、俺らがいつまでも子供だと思っているかもしれないが、あれはもう立派な女だぞ。お前さんの思惑の裏なんて御見通しさね」
そう、ダニエルはこの問題の種を落とすタイミングは、今だと思ったのだろう。下手を打つタイプではない。これはチャンスだと思ったに違いない。しかし当の本人は、迷惑だったようだ。
「……思惑だと?」
「はぐらかすなら、俺の口から言われたいか?」
「いや、結構だ。……別に思惑というほどのもはなかったんだ。あんな噂がフルーの耳に入ったら、絶対家を出て行くと言いかねないからな」
「別に出て行ってもいいじゃないの? 今の花ちゃんなら一人暮らしをしても別に問題ないだろうに」
ドクターは、クロードの言葉に反論する。『なら出て行けばいいじゃないか』と。
確かに最初のゴシップは、潰して正解だったとドクターも思う。しかし二番目のゴシップが出た時、フルーには一人で自活出来る状況にいた。それをあえて耳に入れないようにしたのは、クロードの過保護な親心なのか親切心か? いや、それはエゴではないのだろうか。
クロードは、ドクターの言葉にはっとしてグラスから顔をあげる。
――しめた。
ドクターは、表情の変化の少ないこの魔族から感情らしい波を引きずり出すことに成功したようだ。この波を逃してはしない。
「……それは」
そして視線を再びグラスに戻そうとする。
――おっと、そうはさせるかよ。
ドクターは、クロードの前に置かれたウォッカの瓶を持つと、グラスと視線の間に瓶を滑りこませる。
「それは? さあ今日は洗いざらい吐いてもらおうか」
グラスの中味を開けろと注ぎ口を差し出す。奥まったカウンターは薄暗いため、ランプが置かれている。その明かりが照らす白い肌をした魔族の顔が若干赤い。強い酒に酔ったのか、それとも……
「ちっ」
小さな舌打ちが聞こえた。酒場の雑踏の中でも聞き逃さなかった。
クロードは、自分で注いで以降、減っていないグラスの酒を一気に飲み干すと、ドクターに空のグラスを差し出した。ドクターは喜んでお酌をする。もちろんグラスに並々とウォッカを注ぐ。クロードは再び満たされたグラスをぐっと飲み干すと、グラスをカウンターに勢いよく置いて口火を切る。
「……あいつを手元に置いておきたかったからだよ」
「言ったな。そうかそうか」
ドクターは、クロードの背に腕を回して背中を叩く。
「ああそうさ、正直、フルーが元精霊で鉱物人間だと分かって、ラッキーだと思ったさ。精霊は、俺達魔族と同じ寿命が長い。永遠に近い精霊もいる。傍に置いておけば、人間領にいても話し相手に困らないと思ったんだ。それの何が悪い」
クロードはそこまでを捲し立てるように言い放った。
「それだけか?」
「それ以上でもそれ以下でもない。俺の素直な気持ちはそれだけだ!」
――駄目だ、あっちもこっちもかなりの鈍感同志だ。頑なに人間を自分のテリトリーに入れたがらない奴が、傍に置きたいと思った理由は、何なのか。花ちゃんが精霊だと分かったから? 違うだろう。もっと前の根本的な部分があるだろうに。
「おまえさん、アルデゥイナでは浮いた話はとんと聞いてないが、恋愛経験どれくらいあるんよ?」
「はっ? また唐突に何を言い出すと思えば」
「いいから言ってみろって」
「どれくらいって、こっちも長く生きているから」
クロードは自分の指を折って何かを数えはじめた。
「いやすまん、数はいいや、その中で自分から告白したのは、何割くらいだ?」
「……告白……んっ?……そういえばないな」
「はっ?」
「告白する前に、向こうから寄ってくるからな。じゃあ付き合うかと……」
「かっ、忘れてた! こいつ一番ムカつく女の方が放っておかないタイプだった!」
「ずいぶん酷い言いぐさだな」
「と、悪い悪い。つい本音が」
――となると話の持って行き方は変更だな。
ドクターは、再びクロードの肩に回し、空のグラスに酒を注ぐ。
「今度は、なんだ」
「お前さん魔族領にはこれからも帰るつもりはないんだろう?」
「ああ、帰りたくもない」
「俺が子供の頃ちらっと聞いた話では、ローレンが魔族領に帰りたくないのは……」
「ドクター、その話は……」
クロードはドクターから顔を背ける。どうやらその話はしたくないとみた。
「いいじゃないの、じい様連中亡き後、次に付き合い長いの、俺とロクサーヌくらいよ? 少しは愚痴を溢す相手を作っておけって」
しばらく口をつぐんでいたクロードは、ゆっくりドクターを見ていたかと思うと、ポツリポツリと口を開いて語り始める。
「……あのな、昔言ったかと思うが俺のファミリーネーム『ローレン』という家の名前が少々厄介なんだ。魔族社会は一族主義でな、どこの出身とかじゃなくて、どこの一族かが重要なんだ」
「ほうほう、それで」
「うちの一族の中にとんでもない偉業をやってのけた奴がいてな。全領内に名前が知られているせいで、ローレンの名前を持っているだけで、常に奴の影が付きまとって生きにくいんだ」
「へぇ、ローレンなんて人間領じゃよくある名前なのにな。文化の違いというやつかね」
「魔族は寿命が長いからな。昔の事もなかなか忘れてくれない。そのせいで俺は魔族領から飛び出したわけだ。それ以上は思い出したくないので、ノーコメントだ」
「……なら当分魔族領に帰らないな」
「ああ、出来る限り人間領にいるつもりだ」
「じゃあ、長い滞在には話し相手は必要だな」
「……」
「まずは花ちゃんと腹を割って話し合うんだな。それまでは家で面倒見ようじゃないの。もちろん無期限じゃないぞ」
――うちの出来る息子が、最近ギリギリしているから爆発する前に頼みたいものだ。
「……ふん、俺に説教出来る立場になったものだな」
「言っただろう。いつかお前さんをぎゃふんと言わせてやるって」
「……なるほど、そういう事か。これは参ったな、まさかこんな日が来るとはな」
ドクターは、クロードに酒を注ごうと瓶を掴んで振るが、中身が空だった。先程ので終わっていたようだ。自分のグラスも空になっていた。ドクターはちょうど背後を通ったウェイターを呼んだ。
「ビール追加な、あとこっちの瓶ももう一本頼むよ」
「ドクター、ビールはお持ちできますが、ウォッカはその瓶がうちのラストです」
「なんだよ、もっと仕入れておいてよ」
「いやー、うちでも、そうそう数が出る銘柄じゃないので、あんまり仕入れないんですよ。十本程度しか仕入れられませんよ」
「……それもそうだな、ところでこれ何本目なんだ?」
「確か六本目です」
「……マジか」
肩を回していたはずの相手がするりと抜ける。慌てて振り返ると、カウンターテーブルにつっぷして酔い潰れている。どうやらこの魔族は、ドクターが来る前から相当量の酒をひっかけていたようだ。
「しまった。飲ませすぎちまったか」
どうやら、ドクターが最後の止めをさして潰してしまったようだ。
――ま、たまにはえっかね。少し本音が聞けたしな。