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花の中の花  作者: ほた
第4章 花の中の花
24/30

01-04 ブーケと嫉妬

 フルーとヴァンは、ダニエルの実家に来ていた。

 診療所の庭先を掃除していた。ヴァンはフルーの姿を見るなり、瞬時に何が起きたのか理解したらしく、『とりあえず着る物を借りに行きましょうか』とダニエルの実家に連行した。


 ダニエルは昨日結婚式を無事終えたが、まだ実家に住んでいる。新婚初夜に何をしているのやらと周囲には言われているが、これにはいろいろ訳がある。本当はエヴァとダニエルは、結婚式前までには、新居に引っ越しを済ませて同居を開始する予定でいた。しかしお互いの仕事の都合で新居の準備が進まなかった。おまけに新婚旅行先の手配などすっかり後手に回り挙式当日に列車のチケットが取れなかった。二人らしいと周囲が笑った。そのせいもあり、昨晩は急遽三次会まで宴が繰り広げられた。

 エヴァとダニエルの新居は役所近くのアパートだ。周囲からは、もっと良い家をと言われたが、仕事の利便性を考えてそこを選んだ。だいぶ荷物を運び出しているが、引っ越し作業は難航しているようだ。

「ごめん、昨日は結婚式で、明日は新婚旅行出発なのに……」

 明日からの新婚旅行の荷造りも間に合っていないという噂も聞いたが、そこは何としても明日出発してもらわないといけない。そんな大切な時期に訪問したのには、本当に申し訳ない気持ちで一杯だ。

「いいわいいわ。こんな面白い事に仲間外れになるなんて、この私が生きていけると思って? 新婚旅行中じゃなくて本当によかった」

 ダニエルは、昨日の式とパーティーで疲れていたはずなのだが、今は喜々として目までキラキラ輝かせているではないか。これはダニエルの大好物な事件だ。

 ダニエルは、フルーを上から下から嘗め回すかのように観察する。

「うんうん、いいじゃない。理想的だわ」

「恥ずかしいのであまりジロジロ見ないでいただけますか」

 フルーは試しに抗議をしてみるが、それくらいでダニエルが止めるはずがない。さらにそこにもう一人意見が加わる。

「そうか、俺はちょっと予想外だな」

 そう、この部屋にはもう一人いる。ダニエルの実家への移動の途中、フルーとヴァンはジョゼに出くわした。なんというタイミングだろう。もちろん彼女もこの会に出席すべく付いて来た。

 広いダニエルの私室の一角に、四人の男女が顔を突き合わせて話をしている。

「洋服は、何がいいかしら。私の手持ちの服で、サイズが合えばいいんだけど」

 ダニエルはそういうと私室のクローゼットから数枚の服を選んで、テーブルの上に並べる。

 皆、なぜかフルーが女性に変化したことを、特に慌てるもなく騒ぐもなく、すんなり受け入れている。アルデゥイナの人間、いやこの女性達の適応能力と逞しさといったら感服ものだ。

 フルーは混乱して、叫び声を上げてしまった自分が恥ずかしくなっていた。何年か前にも同じように着せ替え人形にされた。あの時は二度と御免だと思ってが、今回はダニエル達がいて助かったと思えてしまった。

「なあ、ちょっと触ってもいい?」

 ジョゼはダニエルの服選びの間、黙ってフルーを凝視していたかと思うと、突然話に加わってきた。

「えっ? 触るって」

 ジョゼは口の両端をくいっと上げて、アーモンド型の瞳を更に見開く。それは彼女が何か面白いターゲットを見つけた時の顔だ。

 フルーはジョゼが何をしようとしているのか皆目見当がつかない。

「ちょっと、ジョゼやめなさい」

 それに感づいたダニエルは、ジョゼに辞めるように諭す。

「いいじゃん、いまは女同士なら別に問題ないだろう」

「私が言いたいのは、そういう意味じゃなくてね……」

 ジョゼは止めるダニエルを無視して背後から抱き付いた。そして……

「へへん、フルー覚悟!」

「知らないわよ」

 ジョゼは、背後からフルーの胸を両手で思いっきり掴んだ。

「おお!」

「うわあ! や、ちょっと、ジョゼやめてよ! くすぐったい」

 フルーは、ジョゼの行動に驚き暴れる。しかしそう簡単にジョゼは解放するわけがない。

「よいではないか!」

「よくない!」

 ジョゼは、フルーに抱き付く事に関してだけは、プロフェッショナルだ。少し暴れたぐらいでは離れない。フルーは、ジョゼの気が済むまで遊ばれるしかない。

 背後から掴まれた胸は、ジョゼの小さめな手では、覆いきれず脂肪が手からこぼれる。普段着ているシャツのボタンが止まらなかったので、何となく気づいていたが、女性の姿になったフルーの身体は、結構肉付きが良い。

 ジョゼは当初、歓声を上げて、フルーの身体を触って喜んでいたが、しばらくすると静かになる。そして何を思ったのか、フルーを解放すると今度は自分の胸に手をやる。数秒の沈黙の後、ジョゼはおずおずとダニエルの方まで歩いてゆくと、ダニエルに抱き付いた。

「……ダニエル姉ちゃん!」

 正確には泣きついている。

 フルーは突然ジョゼから解放されたので、一旦安堵したが何か女性陣の状況はおかしい事に気が付いた。

 ――はい?

「えっ、ジョゼ何で泣いているの!」

 フルーはジョゼの不可思議な行動に、ただ慌てふためく。これは自分が泣かせたのだろうか。

「フルーの奴、ずりぃよ。反則だ!」

 やっぱり原因はフルーのようだ。

「だから言ったでしょう……こっちが痛手を食うのよ」

 ダニエルは、よしよしとジョゼの頭を撫でて慰めている。ダニエルはジョゼが泣いている理由が分かっているようだ。

「僕が悪いなら謝るから……」

 フルーは今自分が置かれている状況が分からなかった。とりあえず謝罪の準備があることを言葉で示すしかない。

 ジョゼは、涙目でフルーを睨みつける。

「謝るだって? 昨日まで男でぺったんこだったのに、軽々と俺を越しやがって!」

「ええっ!」

 フルーは、まさかそんな事を言われるとは思いもしなかったので、言葉に詰まる。どうやらジョゼは、自分の胸とフルーの胸の大きさと比べたようだ。フルーは自分のシャツを指先で少し開いて服の中を見るが慌てて塞ぐ。自分の身体であっても、まだ慣れるまでには時間が必要で冷や汗が出る。

「えっと、そ、それは……」

 フルーは、謝るとは言ったが、これはどう謝罪をしていいのか分からない。その場でただオドオドとするしかなかった。

「大丈夫、ジョゼはまだ成長期じゃない。胸の大きさが何よ。これから綺麗になっていくんだから……でもホントあれは反則よね。私もちょっとむかつくわ」

 ダニエルまでもが、ジョゼ側につく。

「ダニエル姉ちゃん!」

 ダニエルとジョゼは、二人でしっかりと抱き合った。これが女子の友情というものなのか。

 ――よく分からない世界だ。

「それで、どれくらいあった?」

 ダニエルは、ジョゼを自分から引き離すと、何やら話を始める。ジョゼもさっきまでのベソをかいていたのが嘘のように、不敵な笑みを浮かべダニエルの返答に答える。

「……そうだな、メロンまではいかないけど、オレンジは軽く超えてたな」

 ジョゼは、自分の両手を使って表現する。

「ほうほう、間を取って桃くらいかしら」

「それくらいかな、こう零れ落ちそうな弾力と、あれは揉みがいがあるいい乳だったぞ。ウエストもいい感じにくびれてるし、尻もなかなかの上玉ときた!」

「あらジョゼさんお年頃の御嬢さんが、少々表現がお下品でいらっしゃるわよ」

「それは、申し訳ございません。フルーの身体があまりにもエロいので、つい」

「二人ともいい加減にしてよ!」

 二人の会話に堪り兼ねたフルーが、二人の間に割って入る。その声は悲鳴に近い。

 そこにもう一つ声が加わる。

「こほんっ!……あのお話の途中で申し訳ありませんが、私もいる事を忘れてないでいただけますか? 何なら離席させていただいても……」

 声を掛けて来たのは、ヴァンだ。

 ヴァンは、一連の会話を部屋の隅で黙って聞いていた。堪り兼ねて離席を申し出た。

 事件の中心人物であるフルーでさえ逃げ出したいのに、このアウェーな空間をよく耐え抜いたと褒めたい。……しかしだ!

「それは駄目だよ、行かないで!」

 フルーはヴァンの腕を取るとここに居てくれと懇願する。

 フルーにとって最後の望みといっていいのはヴァンだ。

「……はぁ」

 ヴァンは普段フルーの頼みを笑顔で聞いてくれるが、今日ばかりはすごく嫌そうな顔をされてしまう。

 ――ごめんよぉ。

 フルーは心の中で謝罪をするが、ヴァンの腕を離すまいと引き寄せる。

「……分かりました」

 数秒後、ヴァンが根負けする。

「ありがとう! このお礼はいつか必ず」

「お礼は別にいいので……」

 ヴァンは表情を変えず言うと、フルーがしがみつく自分の腕を指差す。

「へっ?」

 フルーはヴァンの指先を視線で追う。なんとヴァンの二の腕はフルーの胸の谷間にぴったりと埋まっているではないか。フルーは慌ててヴァンの腕を離す。

「うおおっ! ごめんなさい」

 フルーは、耳まで真っ赤にしてヴァンに謝る。

「今回はいいですから、これからは自分の身のあり方を自覚してください」

「はい、すいません! すいません!」

 そんな会話をしていると、ジョゼがこちらに戻ってきた。

「ん、んんん! もしかしてさ!」

 ジョゼは、フルーとヴァンの前にやってくると両者を見比べた。ヴァンはジョゼの視線に不穏な空気を感じ、少し距離を取った。

「なんですかジョゼ?」

「ヴァン、お前もさフルーと同じ種族なんだろう? フルーみたく女の姿になれたりするのか?」

「はい、なれますよ」

 ヴァンは即答した。

「えっ、そうなの!」

 フルーは、驚いてヴァンを見た。ヴァンは一つため息をつく。

「今更驚かないでください。私とフルーは条件が同じですからね。前にも少し言いましたが、精霊は生まれてしばらくは、性別が決まっていないんです。どちらの性別も選べるので、外見が中性的なんです。それに特に鉱物人間にされた私達は、主の要求で性別変更も可能ですので、性別という概念がとても薄いんですよ」

 ――そういえば、そんなような事を言われたような気がするが、すっかり忘れていた。

「そうだったね。すいません」

 フルーは謝罪する。最近のヴァンは、昔と変わってはっきり物事を言うようになった。フルーより数倍しっかりしているのではないだろうか。

「へぇ、見たい見たい! なってみせろよ!」

 ジョゼは目を輝かせて、ヴァンの姿をみる。しかし……

「お断りします」

 ヴァンはそういうと、先ほどと同じよう部屋の隅に戻ってしまう

「なんだよケチくせえな」

「よく考えてください。私のここでの戸籍は、シュラール家の息子なんです。目の前の誰かみたいに、ややこしくなるのはごめんです」

 ――うっ。

 ヴァンの言葉は耳がいたい。

「確かにな……」

 その場全員の視線がフルーに集まる。

「そうね、フルー一人でも持て余しているんだから、今はやめましょう」

 不穏な空気をダニエルが収拾をつけた。この場は、ヴァンの女子化はなんとか免れた。しかし言葉の端にさりげなく『今は』はという条件が付いているのが気になる。

「そうだな。だけどいつか見せろよな」

「そうですね、何かの余興のお遊び程度なら考えなくもないですよ」

 ヴァンも話の流れから、いつかはさせられると感づいたのか、条件をつけて先手を打つ。考えたものだ。これで小さな損害で済む。

 ジョゼはダニエルと作業に戻り、フルーの服を見立てる。選んだのは、胸元にリボンのある白のブラウスと、ハイウエストなミモレ丈のフレアスカート、色はビリジアン。そしてその上から春物のカーディガンを羽織らせる。あまり体のラインを強調しない服にした。

 髪は、以前より二十センチほど長くなっているため、邪魔にならないよう緩く三つ編みをして結わいた。

「んー、ちょっと面白味がないけど、急ごしらえだから仕方ねぇかな」

「ブラは……あとでサイズが合ったものを、たぶん私は同行出来ないだろうから、ジョゼ、オルガに事情を話して一緒に買いに行ってあげてちょうだい」

「了解した!」

「恐れ入ります」

 フルーは、きちんとした服を着たことで、ようやく一息つけた。一通りフルーの身支度が整うと一行はダニエルの隣の部屋にあるソファセットへと移動することになった。なんとそのテーブルの上にはお茶と朝ごはんが用意されていた。家の人にお願いしたらしい。

「みんな朝ごはんまだでしょ? 食べながら話しましょう」

「ありがとう」

 いつのまに用意してくれたのだろうか。ダニエルのこういう気遣いにはいつも感謝が絶えない。

 フルーはとても朝食を食べる元気はなかったが、これから起こる事に備えるため力をつけなければとご馳走になることにした。メニューはサンドイッチとミルクたっぷりの紅茶だった。これなら摘みながら話ができる。

「それで、フルーが突然性別変更した原因は何なの?」

 ダニエルがこの話の議長役を買って出てくれた。ようやく出番が来たとヴァンが説明をはじめる。

「はい、いくら私達が性別の変更が可能な種族でも、突然変化はしません」

「フルーはローレンから魔力貰っているんだろう? ローレンのいたずらとか」

「いえ、その可能性はゼロです。クロードと私達の間には一切の制約を放棄すると契約書が交わされています。魔族達にとって契約は絶対ですので」

 ヴァンが言うのは、ヴァンがアルデゥイナに来てすぐ取り交わした契約書の事だ。フルーもその場で一緒にサインをした。あれはただの紙切れだと思っていた。契約書とはそんなに強い効力があるのか。人間は契約書を交わしても破る事がある。魔族は意外と律儀な種族なのだと思ってしまう。

「ふーん、いろいろ難しいな。じゃあフルーに何かあったのか?」

「そうですね。フルー自身に何か原因があったというのが、私からの見解です」

 ヴァンはそう言い終わるとフルーを見る。

 その場の出席者全員の視線がフルーへと向かう。

「何かって特に何も」

 フルーは両手を顔の前で振って否定をする。

 ――本当に心当たりがない。

「じゃあ自分の行動を、順に考えてみたらどうかしら?」

 ダニエルはそう提案してくれた。

「そうですね、朝起きたらこの状態だったわけだから、昨日ぐらいからでいいと思いますよ」

「うん、昨日ね……」

 昨日は、ダニエル達の結婚式だった。二次会は豪華な食事をいただいて、途中でドクターが酔い潰れて、三次会では次はオルガが結婚するのかなと言う話になった。そしてロクサーヌが現れて、クロードが実はもてるという話しになったのだ。近い将来、みんな結婚して別れがくるのかな。でも、それは嫌だなと思った。

 ――あっ。

 フルーはここまで自分の記憶を辿って、昨日自分の心の浮かんできた不可思議な想いに再び出会ってしまった。

 フルーは、昨日の記憶の順を追うのを止めた。

 ダニエルはフルーの様子を見逃さなかった。

「フルー、その躓いた所を言ってみなさい」

「えっ」

「いいから!」

 フルーは三人からの視線を受け、モジモジと話そうとしない。仕方ないのでダニエルはフルーの隣に座り、自分の耳元に話すように促す。

「昨日食堂で、ダニエル達が来る前なんだけど……」

 フルーはダニエル耳に両手で筒を作り、小声で話す

 途中考え考え話すので、なかなか話がまとまらないが、ダニエルは根気よく待ってくれる。

 フルーは、あの場に居なかったダニエルに、まず話の流れを丁寧に話した。そしてその後、自分が思った想いを静かに語った。

 ――あの時、僕は……。

「フルー、その感情は嫉妬だわ」

 ダニエルは唐突な事を言った。

「嫉妬?」

 それは言葉を変えれば、悋気、ジェラシーとも言う。総じて男女間のことなどでやきもちをやくことを指す。

「つまりは、フルーはローレンが結婚して他の人に取られるのが嫌だと思ったんでしょ。それは立派な嫉妬よ」

「それは立派な嫉妬ですね」

「嫉妬だな」

 ヴァンとジョゼも追撃をする。

「なっ」

 静かだと思っていたら、ダニエルの傍で話に聞き耳を立てていた悪友二名が、話に便乗してきた。そしてフルーを見て面白そうに笑っている。

 ――クロードが結婚するのは嫌だと思った事は否定しない。でも……。

 それはただ単に、今の関係が崩れてしまうのが嫌だという意味であって、それ以上それ以下でもない。

 記憶がなくて、目の前に差し出された手に依存しているだけだ。依存度が高いという自覚はある。でもそれは魔力を貰っているからだ。これは恋ではない。そういう類のモノではない。

「違うよ、そういう意味じゃないんだ!」

「……本当にそうなの?」

 ダニエルは、フルーの胸元に指を置いた。

「いい加減自分の気持ちに素直になりなさいよ」

 フルーは、ダニエルに指摘され固まる。

「自分の気持ち?」

「なんで嫉妬したかその理由は……ヒントはあげたわ。あとは自分で気づきなさい」

「さすがダニエルは話の持って行き方が上手いですね。フルーをここに連れて来て正解でした、私ではこうはいきません」

「ダニエル姉ちゃん大人~」

「おほほほ、伊達に人妻じゃなくってよ」

 人妻歴一日目のダニエルは、大げさにえばってみせる。ヴァンとジョゼが拍手を送る。フルーは前に居る三人の姿を交互に見る。

「えええっ、みんな何をいっているの?」

「何って、フルーの態度は傍から見るとあからさまですからね」

「気づいていないのは本人だけだよな」

「そうそう、見ているこちらがギリギリさせられるわよ。さっさと気づきなさい」

 三人三様の意見が飛ぶ。

 ――はいっ?

「仕方ない、鈍感さんには止めを刺さないとダメかしらね」

 ダニエルはそういうと、フルーの瞳をじっと見てから言った。

「いつもの姿の時も可愛いけど、その姿ならローレンに言い寄って来る女の子追い払えるわね。頑張って!」

「へっ、何を言って……そんなつもりは」

「またまた、その姿を見せられて違うと言い逃れ出来ると思うわけ?」

 フルーは、昨日あの場で『自分が女性だったら』の仮定の想像をしたことを思い出した。しかし、それはそういうつもりで考えたわけでない。――たぶん

 フルーは自問自答を繰り返す、何故か心臓の鼓動が激しくなってゆく自分がいる。

 ――僕は、僕はクロードの事を好き、だったのか?

 そっと脳裏でクロードの姿を思い浮かべる。

「っ違う!」

 頭を振る。

 ――違う、違う、絶対違うって!

 必死に違うと否定をするがなぜだろうか、頭の芯と頬が熱くて仕方ない。

 フルーは、自分の頭を抱えた。ダニエルがそんなフルーを見てにっこりとほほ笑む。

「認めれば楽になるぞ。認めちゃいな」

 その台詞は、取り調べの尋問のようだ。

 フルーはダニエルの傍から離れ、ソファの端に逃げる。今度は顔を両手で覆うとソファの座面に突っ伏した。

 ――まさか、そんな。

 自分でも気づかずにいた感情を、ダニエルに指摘されたことにより、フルーの鈍感スイッチがとうとうオフになってしまったようだ。雪崩れ込んで来る感情が抑えられない。フルーは恥ずかしさからソファのクッションを指で引っ掻いて紛らわす。

「いやああ!」

「恋する乙女ねぇ、えっと昨日のカメラのフィルム残ってなかったかな」

 そう言いダニエルはフルーを茶化す。

「ダニエル、やめて!」

 ――し、知らなかった。僕はずっとクロードが好きだったのか。

 そう思うと心臓が爆発しそうなほど早くなる。これはどうやって顔を上げればいいのだろうか。

「さあ、二人ともどうするの? これで失恋決定よ」

「ちぇ」

「大丈夫です。私は出会った時から、こうなる日を覚悟していました」

 フルーに外野二名の会話が耳に入ってくる。気になって少しだけ顔をソファから上げると、ヴァンとジョゼを見る。

「君たち何を言っているんだい?」

「これだよ! 俺達が何度もフルーにアタックかけているのに、全然気づかなかったわけ?」

「まったく、向けられている好意の種類ぐらい理解してほしいですよね」

 ――俺、たち?

 フルーは、慌てて起き上がるとジョゼとヴァンを見た。

 二人はお互いの顔を見合わせたあと、苦笑する。そして……

「フルーの鈍感!」

 二人の声が揃う。

「ええっ!」

 ――ジョゼの事は何となく気づいていた。でもヴァンが好きなのはジョゼだと思っていた。まさか自分だとは思いもしなかった。

「実はね、フルーはすごいモテ期だったのよ」

 なんと、ダニエルも気づいていた。知らなかったのはフルー当人だけということになる。何たることだ。

「……二人とも、ごめんなさい全然気づかなくて」

「……いいんですよ。私はフルーのそういう所がまとめて好きなんですから。これからも変わらず、弟分でいさせてもらいます。それから、フルーの性別が変化してしまった原因は分かりましたね、元に戻るにはフルー自身の問題みたいなので、これ以上私はお力になれそうにもありません。ここからはお一人で頑張ってください」

 そういうとヴァンは、綺麗な極上の笑みを浮かべる。これは最近シュラール診療所で絶賛人気急上昇中のヴァン君スマイルだ。普段フルーに見せる笑顔とは違う整った余所行きの笑顔。他人行儀な営業スマイルだ。普段当たり前のように、向けられていた好意から、他人行儀に突き放された。

「ヴァン、そんな……」

 ――そうだ忘れていた。元に戻る解決策を知るためにヴァンの元に行ったのだ。

「ダメですよ。私の気持ちに気づいてなかった罰だと思って甘んじて受けてください」

「はぃ……、ということは、僕はしばらくこのままなの?」

「そうですね」

 そういうことになる。フルーが女性に変化してしまったのは、クロードへの嫉妬が原因だ。その原因を取り除けば元に戻れるかもしれない。

 しかし自分の気持ちに気づいたばかりで、現状を制すことさえままならないフルーにとって、砂漠に一人放り出されオアシスを見つけるようなものだ。

 ――どうしたら。

 しばらくこのままの姿で生活する覚悟を決めなければいけないようだ。

「そう、しばらくフルーはその姿のままなら、ちょっと言っておかなくてはいけない事があるわ」

 ダニエルは何かを思い出したかのように、話題に切り込んできた。突然なんだろう。

「えっ? 何かな」

「実はね、フルーとクロードの噂の事よ」

 ダニエルは、書棚から二誌の新聞らしき物を持ってくると、フルーに手渡した。それは俗にいうゴシップ系出版社の発行物だった。ダニエルがこの手の印刷物を所有している事に珍しいとは思わなかった。彼女の仕事柄世間の情勢などを調べるため、アルデゥイナ内で発行されている出版物には、一通り目を通しているのだ。

 ダニエルは、言葉を発することはなかったが、開いて見るように手振りでフルーを促す。フルーは、それに応じてページを開く。

 普通の新聞より若干薄く小さいその冊子は、人を煽るような派手なタイトルに、目を覆いたくなるような内容が目白押しだ。しかも書かれている内容は、まことしやかな内容だ。フルーは、この手の記事はあまり好きではなかった。

 フルーは単純な性格なのだろうか、人の不幸や噂話を面白おかしく書かれているものを読んでも、面白いとは思えない。悲惨な過去と境遇を持つためか、同情さえ感じてしまう。人の不幸は蜜の味。しかし、こういう事が飯のタネになる人々がいるため、目をつむるようにしていた。

「次のページよ」

 ――何だこれ。

 記事の内容に目が釘付けになる。そして、ダニエルに説明を求めた。

 ダニエルはフルーに自分が聞いている噂話をフルーに語って聞かせた。フルーはその話を初めて聞いたが、内容を最後まで聞くと、無言で席を立つと帰り支度をしはじめた。

 そしてダニエルにお礼を言い、『この服ありがとう、良い旅を』とだけ告げて、ヴァンとジョゼをその場に置いて、一人部屋を出て帰ってしまった。

 残されたヴァンがダニエルに声を掛ける。

「ダニエル、あの事はクロードから口止めされて……」

「でも状況が変わったわ。今のフルーは女性よ。男性の時は跳ね除けられていた噂もそうはいかないわ。それにね私、フルーに知らせないローレンの判断は間違っていると思うの、あのフルーの気性だもの、自分に黙って事を処理していたと知ったら」

「絶対怒るな」

「でしょ。さてローレンはどうツケを払うのかしら。面白くなってきたわ」

 ヴァンとジョゼはダニエルに提供された朝食の続きを取るため各々の席に戻る。どうやらフルーの後を追うつもりはないようだ。

「それと、失恋した身の二人に言うのは何だか気が引けるけど、私達がいない間のことよろしくね。良い報告を期待しているわ」

 そうだ、明日からエヴァとダニエルは新婚旅行に出発して半月は帰って来ない。

「まあ恩人の二人には、幸せになってもらいたいけどさ……」

 カップを持ちあげながらジョゼが口をとがらせる。

「変な方向に行かないよう、見張ってはおきます」

 悪友二人はその後、沈黙をする。

 この風向きでは、ひと波乱ありそうだ。


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