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花の中の花  作者: ほた
第3章 風と嵐
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02-02 父と悪友

「お前、ホント変わってんな」

「お前じゃなくて、私の名前はヴァンですよジョゼ」

 ヴァンとジョゼは連れ立ってアルデゥイナの石畳の上を歩いていた。ジョゼはまだ街に不慣れなヴァンの道案内を買って出てくれた。

「悪い悪い、ヴァン。ほんとにその金を使う遊び方を教えればいいんだな」

「はい、私には一向に想像がつかなくて困っていたんですよ」

 ヴァンは、勉強を終えた後、ジョゼに自分の状況を説明した。

 数日前からクロードの紹介で、ドクターの家に厄介になっている事。そこで住み込みで手伝いをしていて、今日はジョゼと出会う前ドクターから小遣いを渡された経緯を順番に話した。

 ジョゼは、それを黙って聞いていたが、ヴァンが見せた包みの中身を見て大笑いし始めた。

「冗談だろう。小遣い貰って困るやつ初めてみた! 俺だったらそんなの一瞬で使い切る自信あるぞ」

 ヴァンは、ジョゼにひとしきり笑われた。

「よっしゃ分かった! このジョゼ様に任せておけ!」

 ヴァンは、ジョゼに頼もしい返事をいただいた。

「ジョゼ頼りになります」

「その代わり、また勉強教えてくれよ」

「ええ、お安い御用です」

 ヴァンは、実のところジョゼに勉強を教える作業が楽しかった。

 ほとんど忘れかけていた精霊時代の生活。問題を習った当時の出来事も一緒に思い出される。たまに切なくもなるが、そんな幸せな時代もあったのだと懐かしくもなる。

 ――こんな時間があってもいいですね。


 男口調のジョゼ、そして丁寧語で自分を『私』と言うヴァン、外見と話し方があべこべの二人は、連れ立って中央寄りの繁華街まで繰り出した。

 この周辺は中央の施設が近いため、街中で一番治安が良い繁華街だ。学校が近くにあり子供の姿も多い。少し進むと、子供向けの店が点在している。

 そこは子供でも買えるような安いお菓子や、紙芝居や人形劇など娯楽が集まっている。いわゆる子供の社交場だ。

 ジョゼはその一つにヴァンを案内した。

「じゃあ、まず銅貨一枚使って、クレープ食おうぜ。今日はうーんと頭を使ったからおやつは甘いものだよな」

 ジョゼはそう言うとヴァンの腕を掴んで、引き回す。

「あ、ヴァンもちろん俺の分も奢ってくれるよな」

「いいですよ。そのつもりです」

 ヴァンとジョゼは、子供向けの屋台で、クレープを二枚注文することにした。

 ヴァンにはとても新鮮だった。自分でお金を出して買い物をするなど、恐ろしいくらい久しぶりだ。ヴァンは財布代わりの袋から、銅貨を二枚取り出す。

「すいません、クレープ二個ください」

 手慣れたようすの女性が、お金を受け取ると注文を聞いてくれる。

「はいよ、何味にするんだい?」

 ヴァンは言われた看板のメニュー表を見た。

 チョコ生クリーム、ジャムクリーム、カスタードチーズの三種類が書いてある。

 ――よく分からない。

 ヴァンはクレープを食べた事がなかった。精霊の里にはこういう店自体がなかったから仕方ない。

「おばちゃん、チョコと生クリームね! ヴァンは何にするんだ」

「じゃあ同じのを」

 ヴァンはジョゼを真似ることにした。

――最初は真似ですよね。

「はいはい、少し待っててね」

「クレープクレープ久しぶり」

 ジョゼはご機嫌だ。なぜこんなに嬉しそうなのだろうか。

「ジョゼ、ロクサーヌの店で働いていれば、毎日ロクサーヌ女将の美味しい料理が食べられるんじゃないですか?」

 その質問をジョゼにぶつけてみたところ。

「それとこれとは別だ! 甘いものは女子の永遠の夢なの。女心の分からない奴だな」

 ヴァンはジョゼに女心について解説を受ける。途中それは女らしくない君が言っても説得力ないですという言葉が、喉の辺りまで出かけたがぐっと飲み込む。

 二人並んで、クレープが焼けるのを見ていた。

 黒く丸い鉄板の上にクレープのタネが注がれると、T字型の木ヘラで何回か回転するだけで、簡単にクレープの皮が焼けてしまう。パリっと焼けた皮の上に、チョコと生クリームがトッピングされ、あっと言う間に生地が巻かれクレープが完成する。チョコの溶ける匂いが食欲をそそる。

「はいお待ち、チョコと生クリーム二個ね」

 子供向けなので、中のトッピングはチョコと生クリームだけだが、温かいクレープは実に美味しそうだ。

「おばちゃんありがとう」

 ジョゼが二つを受け取ると、そのまま速足で歩きはじめた。

「ヴァン、早くこっちこっち」

「えっ、待ってくださいよ」

 ヴァンは何も説明がないので、ただ困惑するばかりだ。

「もうすぐ向こうで人形劇やるんだよ。席は二人で銅貨一枚だからよろしくな!」

「え、は、はい」

 ジョゼは、人形劇のテントの前で、料金を徴収している人に『あの人が払います』とヴァンを指差して、中に入ってしまう。

 ヴァンは再び財布を取り出すと、料金を支払ってジョゼの後を追う。これで銅貨が三枚消えたことになる。

 ヴァンはテントの中で、ジョゼの姿を見つけると急いで他の観客を掻き分け横に滑り込む。ジョゼはなんとど真ん中の席を陣取ってくれていた。

 ――さすが、手慣れている。

「お疲れ、ほい!」

 そういうとジョゼはヴァンにクレープを手渡してくれた。

 ジョゼは自分のクレープを食べるのを待っていてくれたようだ。

「クレープ片手に劇を見るなんて、すげえリッチだな」

 ジョゼは嬉しそうにクレープにかぶりつく。口の周りがチョコだらけになっている事などお構いなしだ。

 二人は、クレープを噛みながら人形劇を鑑賞した。

 人形劇の題材は、『人魚姫』というお話だ。この回はお話の途中からスタートするらしく、ヴァンには少しお話についてゆけなかった。

 ――なんで人魚姫が人間になっているんだろう。

 しかし人形のコミカルな動きと演者の一人何役も声音を変えて演じる技術がとても面白い。そして劇はもう少しでクライマックスという所で、突然幕が閉じる。

「このお話の続きは、また明日~明日観に来てね~」

 今日の公演が終わりを告げる声が上がる。

 テントの観客から、非難の声が上がるが、これも明日見に来てもらうための手法だろう。とても上手い所でお話を切るものだとヴァンは感心した。

 ――このお話最初から見たいな。フルーならこの本を持っているかもしれないから、明日にでも聞いてみましょう

「内容は子供向けだったが、結構面白かったな。装飾も凝っていたし」

 二人はテントを出ながら今日の劇の演出について語る。

「はい、楽しかったです。ずるいですね良い所で終わるなんて、続きがみたくなります」

「じゃあ、明日もこの続き観に来ようぜ!」

 ジョゼからの思わぬ提案だった。

「でも、明日もドクターがお小遣いくれるとは限らないですし」

「何言ってんだよ。もらうのを待たないで要求するんだよ! 小遣いくれって、いまドクターのところを手伝っているんだろ。だったら小遣いぐらい貰ってもいいだろう」

「そういうものなんですか」

「そうそう」

「分かりました、ドクターに交渉してみますね」

「頑張れよ」

「ところでジョゼまだ銅貨が一枚残ってますが、どうしますか? 私はこれを使い切らないと帰れないんですが……」

 ヴァンは、小袋から最後の一枚になった銅貨を取り出した。

「そうだな一枚だろう。じゃああれなんていいんじゃないか?」

 ジョゼが指を指した先にあったのは、くじ引きの出店だった。出店の看板には『一回銅貨一枚』と書いてあった。

「ろくな景品はないだろうけど、丁度いいだろう」

「そうですね。これで全部使いきれます」

 ヴァンは最後の一枚の銅貨で料金を支払った。

「自分で引けよ」

「はい」

 くじは箱から番号が付いた板を引くという、オーソドックスなものだ。ヴァンはくじの番号札と景品を交換する。

 当たった景品は木工細工のブローチだった。ブローチには一羽の白鳥の彫刻が施されていた。ヴァンは、そのブローチをジョゼの方に差し出した。

「これはジョゼにあげますよ」

「いいのか!」

「ええ、どう見ても私よりジョゼの方が持ち主として正当ですよ。今日のお礼です」

「やりぃ!」

 ジョゼは、ヴァンからブローチを受け取ると、早速ピンを外し、自分の服の襟裳のつけてみる。

「少しは女の子らしいところもあるんですね」

「なんだと! どこからどう見てもレディだぞ」

 ――その口調と態度を治せば……ね?

 ヴァンは渋い顔をして、ジョゼを見やる。

「さて俺はそろそろ店に戻らないと、今日はディナーから閉店まで仕事なんだ」

「夜遅くまで大変ですね」

「そんな事はないさ。仕事も俺に向いてるし、まかないは絶品だし、あとロクサーヌと働いていると……母さんといるみたいでさ、楽しいんだ」

「……ジョゼ」

「今の生活、悪くないぜ。俺達姉妹みんなに大事にされてるなってよく分かるもん。だからこの恩は、真面目に働いて返さないと罰が当たっちまう」

「そうですね。私も同じようなものです」

「なんだヴァン、よくよく考えたら俺達結構似たもの同志だな。同じ面子に助けられてるし!」

「そうですね」

 二人は、何故か同時に笑った。

「でもさロクサーヌ、仕事を失敗しても怒らないけど、学校サボったりするとすげぇ怖いんだ……お姉ちゃんの次に怖いぜ」

「それは、怒りますよ」

「分かってるよ、でも打たれ強い俺でも、心が折れる時があるんだよ」

 ヴァンは、ジョゼが学校を嫌がる理由がなんとなくわかった。

 勉強についていけないのだろう。ヴァンは想像した。年下の同級生に馬鹿にされたり、質問を先生に聞くタイミングを逃したりしてしまうのだろう。そういう事が積み重なると、打たれ強いと自ら宣言しているジョゼでも逃げ出したくもなるのだ。

「これからは、きっと大丈夫ですよ!」

 ヴァンはジョゼが心折れる理由は聞かず、そう言って笑いかけた。

「……お、おう、頼りにしてるぜ先生。じゃあな明日もよろしくな!」

 ジョゼも分かったのか、ヴァンに勉強の師事を願い出る。

「はい」


 ヴァンはジョゼと、店の前で別れた。見ると、ちょうどロクサーヌの姿があった。女将は店先にあった荷物を中に運び込むところのようだ。

 ジョゼは一目散にロクサーヌに駆け寄り、満面の笑みでロクサーヌに帰宅の挨拶をする。ロクサーヌも、ジョゼに笑いかける。二人は協力して荷物を店の中へと運んでゆく。それは、とても胸が温まるような光景だった。

 ――いいな……。


 ヴァンは、自分の思考にびっくりした。そこにはジョゼを羨ましいと思う自分がいた。鉱物人間の自分が平穏な生活を手に入れただけでも、幸運なのに、その上を願ってしまう。

 ――私もずいぶん贅沢になったものですね。

 ヴァンは自分を第三者的視点で評価する。そして、そのまま現在の自分の住まいへと足を向けるのだ。

 シュラール診療所は、ロクサーヌの店から目と鼻の先だ。道を真っ直ぐ行って角を二つ曲がると診療所がある。

 ヴァンは、一人静かに石畳の道を歩く。するとどうだろうか、診療所の門の前に誰かが立っているのが目に入った。

 それはドクターだった。

 ドクターは、腕時計を何度も見ながら何やらそわそわしている。

 ヴァンは、その姿を見て、おかしくなって笑ってしまった。

 ――もう、心配しすぎですよ。

 ヴァンは、どんな顔をしてドクターに会おうか迷ったが、先ほど見たジョゼを真似てドクターに駆け寄ってみた。

「ただいま帰りました!」

 ドクターは、そんなヴァンの行動に少し驚いたようだ。

「おう、おかえり、どうだった?」

 ヴァンは、得意げに空になった財布をドクターに返却する。

「ご覧のように」

「よしよし、全部使いきれたか!」

 ドクターは、ヴァンの首に腕を回すと、もう片方の手で少し乱暴に頭を撫で回す。

「実は白状しますと、ちょっとズルをしました。私一人では使いきれなかったんです」

「ほぉ、どんなズルをしたんだ?」

「実は……」

 ヴァンは、ジョゼに交換条件で勉強の教える代わりに遊び方を教えてもらった事、彼女の分のクレープ代と人形劇代を払い、くじ引きの景品はジョゼにあげたことを全部話した。

「そうかぁ、初日からガールフレンドを見つけてデートをしてくるとは、お前もなかなかやるな! 俺の想像を遥かに超えたぞ」

 ドクターはヴァンをそう言って茶化して遊ぶ。

「ち、違いますよ! そういうんじゃ! 私とジョゼはどちらかと言うと似た者同士で」

「友達か?」

「友達……そうです、友達です。ドクターとクロードみたいな感じです」

 ヴァンは、『友達』という言葉から、何故かその二人の名前が浮かんだ。

「あれはな……腐れ縁というか、悪友だぞ」

「んー、たぶん、きっとそんな感じです!」

「そ、そうなのか」

 ドクターは、それ以上は追及しなかった。

「ドクター、あの明日もジョゼと約束をしたんですが、遊びに行っていいですか?」

 ヴァンは、ドクターに初めてのおねだりをしてみた、少し緊張で胸がドキドキする。

駄目と言われても別に構わないと思ったが、ドクターはヴァンの言葉を聞いて満足そうに笑った。

「小遣いは一日銅貨四枚までだぞ」

「十分です! 遊びの先生に教わります」

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