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花の中の花  作者: ほた
第3章 風と嵐
14/30

01-01 風と嵐

 ただいまの時刻、午前七時半。

 東向きのその部屋は、窓辺にベッドが一つある。

 窓には、厚手のカーテンが据えられてはいる。しかしそのカーテンは束ねられたままで、本来の役目を全うしていない。これでは日が室内に入り込んでしまう。室内は眩しいほど朝日が降り注いでいる。こんな悪条件の中、ベッドの上には小柄な人物が一人寝ていた。

 その人は、茶色の毛布を体に幾重にも巻きつけ、体と顔を覆われている。毛布から出ているのは、黒い頭髪と小さな足の指だけだ。まるで蓑虫の様相だ。これなら、部屋の日光など関係ないのだろう。毛布の隙間からは、安らかな寝息が漏れてくる。

 しかし、この安穏な時間は、そろそろ終わりのようだ。

 廊下から慌ただしい足音が響く。その足音は部屋の前で止まり、扉をノックした。誰かがこの部屋を訪ねてきたようだ。しかし毛布の蓑虫は、ノックの音ぐらいでは起きる気配がない。そのノックの主もそれを心得ているのか、返事を待たず扉を開け放った。


「おはよう! 朝だよ」

 明るい挨拶と共に部屋に入って来たのは、フルーだった。癖毛の金髪を一つにまとめ、青いスーツを身に纏っていた。それは先日、役職祝いにクロードに仕立ててもらったスーツだ。フルーは仕事がある昼の間は、大抵この格好をしている。

 フルーは部屋を横断すると、ベッドのマットレスに片膝を付いた。

「またカーテンを閉めないで寝ている」

 そう言いながら、ベッドの蓑虫から毛布をはぎ始める。

「よいしょぉ!」

 掛け声一つ、毛布を勢いよく引っ張ると、蓑虫の中身が姿を現した。

 毛布の中からは、白い大きなシャツを身に纏い、髪をボサボサにして眠るオニキスが出てきた。そうこの蓑虫の正体はオニキスだった。

「オニキス、起きて起きて」

 オニキスは、フルーからかなり手荒な起床の洗礼を受けたにも関わらず、まだ体を丸めて寝ようとしている。しかしフルーの攻撃の手は止まない。フルーはマットレスに両膝を付き体のバランスを取ると、オニキスの体を後ろから羽交い絞めにして抱き起こした。

「……や、やめてください! 起きます」

 フルーのしつこさに根負けしたオニキスは、ここで音を上げる。

「よし!」

 フルーはオニキスの返事を確認すると、彼をベッドの上に座らせて自分はベッドから降りる。オニキスは、ベッドの上にちょこんと腰を下ろしたまま、懸命に瞼を開けようと努力をしている。しかし眉間に皺が寄るだけで、なかなか瞼が開かない。そんな光に慣れない瞳でフルーの姿を追うと胴に抱き付いた。

「フルー、おはようございます」

「おはよう、今日はよく眠れたかい?」

 フルーはそんなオニキスの頭を優しく撫でる。オニキスは、口角を少し上げて微笑む。

「はい、大丈夫です」

 ここ数日こんな朝の始まりが、オニキスの日課になっていた。

 フルーはオニキスを腰から引き離すと、棚の上においてあったブラシを手に取り、彼の髪を梳きはじめた。オニキスは少しくすぐったそうに身を動かすが、フルーに肩を押さえられると、黙って従う。

 オニキスの髪は、肩上のショートボブ。あの地の底から抜け出て、汚れを綺麗に洗い流すと、艶やかな黒髪が姿を現した。本当にブラックオニキスを見ているようだ。

 おまけにオニキスの黒髪は真っ直ぐ癖がない。この程度の寝癖など、ブラシを入れてやれば元通りだ。

 ――なんて羨ましい。

 フルーは、そんな思いに駆られていた。

 もしこれがフルーであったら、こうはいかない。

 フルーが髪を伸ばしているのは、寝癖や湿度で爆発しても結わいてしまえば何とか形になるからだ。フルーは、髪が綺麗になったところで、オニキスを解放する。

「はい、いいよ。着替えたら一階に下りておいで、もうすぐ朝ご飯が出来るよ」

 フルーは、オニキスをアルデゥイナに連れてきてから、出来る限り面倒を見ていた。少々甘やかし過ぎのような気もしないでもないが、オニキスの今まで置かれていた状況を考えると、これくらいが丁度いいのかもしれない。

 オニキスは、器用で賢く機転も利く。しかし人としての生活がどこか不得手だ。何か根幹の部分が抜け落ちてしまっているような状態だった。鉱物人間として生活する前は、精霊としての生活をしていたはずだ。そこでは自給自足ながらも普通の生活をしていたと言う。

 しかし、あの地の底と、鉱物人間としての奴隷生活でしみついた習慣は、数日ぐらいでは回復出来ないだろう。

 幸いな事に、オニキスはフルーとクロードには気を許して懐いてくれている。フルーは、なるべく長い時間オニキスを傍に置いていろいろ体験させるようにしていた。

「それから今日はちょっと寒いからこれを着ておいで」

 フルーはそう言うと、ベッドの上に置いておいた服をオニキスに差し出した。

「これは?」

 オニキスは、服をフルーから受け取る。

「さっきクロードのクローゼットから適当に拝借してきた防寒着だよ。だから大きいと思うけど」

「あの……別におかまいなく」

「そうはいかないよ」

 オニキスはフルーが渡してくれた上着を広げて、難しそうな顔をしている。

 フルーがオニキスに手渡したのは、ライトグレーのカーディガンだった。毛糸をふんだんに使っており防寒着としては優秀そうだ。しかし問題はサイズだ。

 クロードの服をよく借りるフルーでも、袖や丈を余らせてしまう。フルーより頭一つ分小さいオニキスには、確実に大きいはずだ。

 オニキスは、パジャマ代わりのシャツの上から、カーディガンを羽織ってみた。案の定、オニキスはカーディガンに完全に埋もれてしまう。フルーは、オニキスの体温の残る毛布を畳みながら、その様子を見て、思わず破顔してしまう。

「や、やっぱり、そうなるか……あとで、もう少しサイズが合いそうなのを出してもらうか」

「はぁ」

 クロードは衣裳持ちだ。自室には、人が住めそうな広さのクローゼットを持っており、その中には服や装飾品が納められている。クロードはフルーに、整理整頓をしてくれるなら、中の物を自由に使っていいと許可を出していた。

 フルーは、当初クロードの気前の良さに驚いて遠慮したが、クローゼットの中に足を踏み入れて、考えを変えた。そこには洋品店でも開けそうな物量の服が収納されていた。伊達に五十年この地に居を構えていないようだ。年代物から新しい物までいろんな物が詰め込まれていた。

 これは数点拝借してもクロードは困らないだろう。フルーは遠慮なく使わせて貰うことにした。

 高そうな仕事の服や装飾品は気が引けて使う気にはなれないが、良い掘り出し物が出てくる。

 オニキスは、パジャマのシャツとカーディガンを脱ぐと、サイドボードに畳んで置いてあった服に手を伸ばす。

 それらは、アルデゥイナに来てから揃えた服だった。こちらはオニキスに試着させて買い揃えたので、サイズはぴったりだ。

 クロードは、最初オニキスの好きに服を選ばせた。迷いオニキスが選んだのは、黒のズボンに何もついてない黒のカットソーだった。それを選んだ理由は、汚れが目立たなそうだからだという。機能優先の面白味のないチョイスだ。

 オニキスは、あまり自分の外見に頓着がなかった。

 今までの生活では、ほとんど着たきり雀状態だったのだから仕方がない。しかし、髪に加え服も全身真っ黒では、カラスのような姿になってしまう。

 クロードは、そんなオニキスの姿をみて、その上にエメラルドグリーンの上着を選び、アクセントに青の布と飾り紐を腰に巻かせた。衣裳持ちの魔族は、服選びのセンスも良い。新しい服を身に着けたオニキスは、少し大人びて見える。オニキスは、気恥ずかしそうにしていたが、気に入ったらしく、素直にその服を着ている。

 しかし、オニキスはこの服の着付けに、毎朝悪戦苦闘をしていた。腰の飾紐を結ぶが難しいようだ。

「先に下に降りているからね」

 フルーは、そんな身支度に手間取っているオニキスをしばらく見守った後、部屋の扉から廊下に出ていく。

「あ、待ってください」

 オニキスは部屋から出て行こうとするフルーを大慌てで追いかける。

「大丈夫だよ。いるから」

 フルーは、自分の後ろをついて回るオニキスを見ていると、黒い子犬にじゃれつかれているような気分になる。

 

 

 ローレン宅の一階のダイニングには、香辛料の香りが充満していた。その香りの正体は、部屋の中央にあるダイニングテーブルの上にあった。テーブルの上には、三人分の朝ごはんの支度がされていた。

 本日の朝ご飯は、クロードの作だ。

 メニューは、ぷっくりとした黄身が中心に鎮座した目玉焼き、軽く火で炙られたパンは、ハムとチーズを挟んであり、パンの熱でチーズがほどよく溶けている。そして、目玉焼きの皿には、付け合せに小鉢に入ったコールスローが添えられているではないか。それだけでも豪華なのに、野菜とハーブをふんだんに入れたトマトベースのミネストローネスープがお供に付いている。香辛料の香りは、このスープから立ち昇っている。どれもお世辞抜きで、綺麗で美味そうだ。

「うわぁっ」

 フルーはテーブルの上を見て唸り声をあげる。それは感嘆の声ではなく、どちらかと言うと悲鳴に近い。

 ――ここまで本気出さなくても。

 フルーは料理の腕の差を見せつけられている気がした。

「どうせ僕の料理なんて……ほんと、いつも、すいませんでしたね」

 フルーの口からは、なぜか謝罪の言葉が洩れる。それは自分の料理の下手さを詫びているのだ。

「お前さ……何を今更謝っているんだ? 謝るなら少しは上達してほしいものだな」

 ――ぐさっ。

「ほら二人とも席につけ」

 クロードは、ちょうど人数分のカップを持ってキッチンから出て来た。

 フルーは、凹む気持ちを切り替えて、オニキスを席に座らせ自分もその横の席に座る。

「いっただきまーす!」

 フルーは、実に嬉しそうに手を顔の前で合わせて『いだだきます』をすると、食卓の上に手を伸ばす。

「いただきます」

 オニキスもそう言うと、ほこほこと湯気があがる朝食をじっと見つめる。そしてなかなか手を付けようとしない。クロードは、そんなオニキスを見て別皿に取っておいた、目玉焼きをオニキスの皿にもう一枚追加する。皿には、目玉焼きが二枚に増える。

「あっ! クロード、私はこんなには食べられません!」

 オニキスは慌てて、辞退をする。

「食べないの、じゃあ僕がもらうよ」

 オニキスの言葉を聞いたフルーがオニキスの変わりに、自分の皿をオニキスに差し出して、おかわりの名乗りをあげる。

「オニキス、ダメだ朝はちゃんと食べなさい。そっちのはここ数日カロリーオーバーだ。今日は三時におやつを食べないというなら別に……」

「……い、いりません」

 フルーは、クロードの言葉に被せるように即答した。

 ――ケチっ。

 そして皿を持つ手を自分の方に引っ込めた。その様子だと、三時のおやつはきっちりいただくようだ。

 クロードは、オニキスの皿に乗る目玉焼きを半分に切ってやり、半分だけ小皿に戻す。

「オニキス、これならいいか?」

 オニキスは、クロードの言葉に頷いて返事をする。

「残してもいいから、食べられるだけ食べなさい。そんなに痩せていたら、力が出ないぞ」

 オニキスは、しばらくの間目の前の食事と睨めっこをした後、意を決したのか、自分に割り当てられた朝食を必死に口に運んで頬張りはじめる。

「よしいい子だ」

 

 

 ダイニングのテーブルは、大きく立派な造りだ。クロードの話では、この家に元からあったものらしい。クロードは居候が増えるまで、この大型テーブルを持て余していたそうだ。しかし、捨てずに残しておいてくれてよかった。そのお蔭でこうやって素敵な朝ごはんを全員揃って食べることが出来る。食後のお茶を並べても、まだ余裕がある。

「さて、食事が終わったら二人に話がある」

 クロードがコーヒーを片手にそう切り出してきた。

「オニキス。鉱物人間の定義を再確認したいんだが、いいか?」

「は、はい!」

 オニキスは、手にしていたマグカップをテーブルに置くと、慌てて返事をする。

「いろいろ聞くが気分を悪くしないでくれよ。こちらも鉱物人間については、ある程度調べたが、本で得られる情報は、誤りもある。本人に聞いた方が間違いないからな」

「ええ、私は大丈夫です。何でも聞いてください」

 そうは言うが、オニキスは少し緊張をしているのか、両手を膝の上で握り込めている。

「そう緊張しなくていい、確認したいのは、精霊と鉱物人間の情報だ。まず精霊から『鉱物人間』という囲いに分類された二人は、魔族との魔力の契約が必要なのは、正しいな」

「ええ、その通りです。私達精霊の定義は、自然界の魔力から発生した生物、それも一代目から数代目までを指します。私やフルーなどがその一代目ですね。私とフルーは、長年自然界の魔力を浴びた鉱物から発生した生命体、鉱物の精霊です。精霊の外見が中性的なのは、性別という概念が薄いからです」

「ふーん、精霊の定義ね。ねぇオニキス、精霊には絵本に出てくる虫の羽根の生えた小人とか、人魚はいないの?」

 フルーは目をキラキラ輝かせて、オニキスに質問を投げる。フルーはオニキスと同じ精霊で鉱物人間だ。しかし、フルーの以前の記憶は、やはり戻る気配がない。そのため精霊の知識記憶は、クロードが手に入れた精霊関連の書物以上には持っていない。しかし、記憶があるオニキスよりも、日常生活をうまく送っている。それについては、とても不思議だと思う。

「精霊の形体は、基本人型原寸大です。人型原寸ではない一族は、妖精ですよ」

「ふんふん妖精か。じゃあ、小人や人魚はいるんだね」

 フルーは、なぜか嬉しそうだ。難しい専門書も仕事柄読むが、寝る前の一時、絵本や童話などの娯楽書を読むのが好きだった。

「フルー、話に横槍入れるな。それはまた今度にしろ」

 クロードから、注意が飛ぶ。

「ごめんごめん、続けてください」

 フルーは、舌を出して失敗したという顔をオニキスにして見せる。オニキスはそんなフルーを見て少し笑顔を作る。どうやら緊張が少し解けてきたようだ。

「続けますね。精霊は自然界から魔力を吸収することができる者を指します。そして自らの体で魔力を作り出すことができる者を魔族と呼びます」

 オニキスの説明では、ある代を境に精霊は『魔族』と呼ばれるようになる。魔族とは精霊同士が交わり強化され、自らの体で魔力を生成する事が出来るようになった者達の総称なのだ。精霊は、数百数千の時を経て魔族へと変貌を遂げる。

 そして魔族たちは、自分の祖先たちの精霊を労働力の糧として、あるいは領土を広げるために狩りはじめた。その犠牲者がフルーやオニキス達、第一世代の精霊達だ。

 第一世代は、自然の力を引き出すことに長けているが、魔族や代を重ねた精霊に比べると、力が弱い。同じ祖先を持つ精霊と魔族は、そんな悲しい歴史を持った一族だ。

 鉱物人間は捕獲をされた時、自然界から魔力を受け取る術を絶たれる。そうする事により、命を盾にされ魔族に服従を誓わされるのだ。

「私たち鉱物人間は、一人の主と契約をするとその主以外の魔力は受け付けなくなります。捕獲された際、本体にそういった術式が施されています。しかし私やたぶんフルーもだと思いますが、以前の主が契約を放棄したため、私の契約の枠は空席になっています。……なので他の魔族からの供給を受けられる状態に……」

 ――だからなのか。

 フルーは合点がいった。あの地下の洞窟でオニキスは、マリウスに無理やり魔力提供を受けさせられ、傷口が回復した。

 ――そうか、僕とオニキスは、主との契約が空席なのか。

 オニキスの説明は分かりやすく、フルーでも理解が出来た。しかし、フルーは自分もこのお話の当事者なのだが、その実感が湧いて来なかった。今までの話をきいて、とても長い長いお話を聞き終わったような気分になっていた。

「オニキスありがとうよく分かった」

 クロードはそう言うと、オニキスの肩にそっと手を置いた。そして『ちゃんと説明が出来たな』と褒めている。

「では、改めてだが俺を魔力供給の主とする契約を結ぼう」

 クロードはオニキスに向かって、宣言した。

「……あの、よろしいんですか」

「何がだ?」

「魔族にとって魔力と言えば、命の次に大切なものです。他人に易々と渡していいものではありません。ましてや私のような……」

「人間領にいたら、魔力なんて持っていても仕方がないだろう。気にするな。それにこう見えても、魔力量は多い方だ」

 ――それは謙遜だ。

 クロードは、あの凄まじい魔法を発動させることが出来る魔力を有している。人間領では、それを使えないよう封じられている。

 そして、人間領に居続けるつもりなので、魔力を必要としないと言っているのは、見栄を張っているわけでもない。全てが事実に沿って答えている。

「そんなに構えなくてもいい。契約と言っても、お前がこれから安心して生活して、自分の道を見つけるまでの……そうだな仮契約みたいなものだ。嫌ならサインしなくていい」

 そういうとクロードはオニキスとフルーの前に一枚ずつ紙を差し出した。

「えっ、僕も?」

 フルーは自分の前に置かれた書面に目を瞬かせて驚く。まさか自分もクロードと契約をしろと言われるとは思ってもみなかった。

「当たり前だ。こういうことはきっちり書面に残しておかないと後々面倒だからな」

「えー、こういう堅苦しいのは好きじゃないんだよね」

 フルーは書面に目を通した。

 内容はこうだ。

 


 フルールを甲として、乙クロード=ローレンとの間に、次の契約を締結する。


 一、甲は、乙から魔力の提供を受ける。


 二、この契約は、乙から一方的に解除することは出来ない。

   反対に甲側からの解除要求は自由とする。


 三、魔力提供に当たり、乙は甲に一切の制約はしない。



 つまりこの契約書は、フルーはクロードから魔力の提供を受ける。その契約は、クロード側から勝手に解除する事は出来ず、フルーやオニキスが主をやめてほしいと思った場合は解除ができるという意味だった。そして、クロードは魔力を提供する見返りを求めない。

 これは、甲のフルーとオニキスに都合の良い契約書だった。

 しかし、最後の四項目に面白い記載があった。

 フルーとオニキスは、同じスピードで文章を読んでいたのだろう、同時に顔を見合わせた。

「何、この四番め!」

 フルーとオニキスは、契約書とクロードの顔を交互に見る。

「不服か、なら書き直すぞ」

「いえ、あの……クロード、魔力を貰うのに、こんな軽い契約でいいんですか?」

「そうか?」

 二人の書面には、三まで全く同じ事が書かれていた。しかし四項の項目だけは二人は少し違っていた。

「四、三の契約の例外として、甲は自らの職務を全うし勤勉に務めること」

 フルーは読み上げた。

 ――つまり、『お前は補佐官の仕事をしっかりしろよ』という事ですね。

 クロードの考えは、魔力は報酬の一部という枠組みのようだ。

「労働の報酬、そう考えれば気が楽だろう」

「なるほどね」

 ――まあ、今までの居候経験からいけば、嫌でも働く事になりますけどね。

「あのクロード! 私の方はこんな簡単な事でいいんですか?」

 オニキスは、フルーの契約書と自分の契約書を見比べた。

「オニキスのは、どんな面白い事が書いてあったの?」

 フルーはオニキスの契約書を覗き込んだ。



 四、甲は乙が困っている時には手を貸すこと。定期的に食事の席を共に囲むこと。


 

「ふーん、クロードは、ずいぶんとオニキスには甘いね」

 ――僕のとはずいぶん対応が違うこと。

「だから、不服なら書き直すと」

「別に、これでいい。不満はございません」

 フルーは、クロードがオニキスばかり構うので、いじけているだけなのを自覚していた。まあ、そういう自分もオニキスには甘いのでおあいこだ。

「白状すれば、オニキスには少し手心を加えさせてもらった。オニキスは、これから俺達とは離れて暮らす事になるからな」

「えっ」

 クロードは唐突にそう切り出した。

「クロード、それはどういう事だ!」

 オニキスもそうだが、この場にいたフルーも何も聞かされていなかった。

「うちでは、諸々の事情で二人目を雇うことは出来なくてな……なぁに安心しろ。すぐ近所でいい就職先を見つけておいた」

 クロードは、そう言うと何やら口元に不敵な笑みを浮かべた。

 ――いったいこの魔族は、何をたくらんでいるのやら。

 オニキスは、自分はどうなるのかと不安な表情を浮かべ、フルーとクロードを見ているではないか。

 ――可哀そうに。

 フルーはそっとオニキスの肩に手を置いてやる。


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