6−1
ピンポーン。
9月1日。
朝、7時。
今日から学校というのに、朝早くから家のインターフォンが鳴っている。
明日香の声はいまだ聞えてこない。
布団の中で今、出来る限りの頭を働かせる。
え〜と、誰?
え〜と、どうしよう?
まぁ…。
「無視決定」
そう呟いて頭の回転を止めた。
しばらくすると、明日香のいつもの声が聞えてくる。
「風紀〜朝だよ!」
いつもと同じ時間。いつも通り、ドアを開く。
ただ一つ違うのが、
「おはよう明日香。と…亮平?」
「おう、亮平だ」
「りょ、亮平か」
…なんだよ?
何で亮平がいるんだよ?
「羨ましいぞ。風紀」
亮平はそう言い、俺の視界から消えた。
「どうしたの風紀?」
明日香が心配そうな顔をして、俺を見ている。
「…幻か?」
一応、決まり文句のその言葉を発しておいた。
着替えも終わり、学校に行く準備を鞄に詰めると、俺は部屋を出ていつも通りご飯を食べに行
く。
当たり前のように、幻なんかじゃなくて本当に亮平はいた。
明日香の手料理もいつもより一品多い。
あの優しい明日香のことだから、亮平の為に作ったのだろう。
フッ。
それが亮平を調子に乗らせることも知らないで。
これがきっかけとなり、亮平は毎日のように食べに来るだろうな。
俺は無言で席に着き、明日香の到着を待つ。
明日香も準備が終わったようで、いつも通りの席に着いた。
「「「いただきます」」」
3人の声が綺麗にそろった。
パクパクと箸が進む。
亮平はいつものように、ぺちゃくちゃ喋りながらご飯。
明日香は、人を無視できないたちなのか、亮平の言葉にも反応をする。
亮平がここに来たのは何らかの理由があるのだろう。
ただ、邪魔をしに来てだけとかなら抹殺決定だ。
一度箸を止め、右手を机の下に隠す。
そして、抹殺準備OK。
本題に差し掛かる。
「亮平、何のために家に来た?」
「…それ」
「…なんだよ?」
「それを言いに来たんだよ! …凛が転入してくるんだって」
右手に準備をしていた抹殺を解除した。
「……」
「どうすんだよ風紀?」
「…どうするって」
「お前には隠していたが、智也とはお前と終わったときに別れたらしいぞ」
知ってるよ、それぐらい。
何で今頃…凛が。
そう、木村 凛とは風紀の元彼女。
「いや、まだ分からないんだ」
亮平がボソという。
「どういうことだよ?」
「実は名前しか分かっていないんだ」
「そうか」
「同じ名前はこの世に五万と居るはず。あの凛じゃない可能性もあるんだ」
「そうか」
「風紀、そこは突っ込む所だぞ」
「…ごめん、ごめん。同じ名前の人がこの世に5万といたら怖いです」
「はい、よろしい」俺は、箸を取り食事に戻る。
「風紀…けどもしあの凛なら…」
俺は思いっきり机を叩いた。
「亮平! その話はやめろ。明日香の前だぞ」
明日香がさっきから口の前で箸がとまった状態になっている。
「ごめん」
亮平がそう言って、重苦しい空気の中、俺の目の前においてある明日香の手料理は徐々に減って行った。
あの凛が転入してくる。
この時期に?
まだ高校入って間もないじゃないか。
何故、転入?
明日香と亮平と同じスピードで歩く。
学校に向かっている最中、誰一人として喋ろうとはしなかった。
俺は、明日香に話していない。
凛が原因で女性恐怖症になっていることを。
明日香に言うと、明日香が俺を心配して家を出て行くかと思ったからだ。
…それは嫌なんだ。
何故か分からないが嫌なんだ。
俺の生活には、もう必要な人物になっている。
8時40分から始まる学校に8時7分に着いた。
凛とは会いたくない。
せめて、違うクラスに…。
いや、まず凛ではないことを願おう。
あいつの顔を見ると駄目なんだ。
涙が出てくるんだ。
声が出ないんだ。
実際、明日香が凛の雰囲気に似ていたから喋れた。
…けど、実際の凛には声さえかけられないし、顔も見れやしない。
自分の席に座る。
明日香は俺の席の隣。
二人だけ…この教室に今居る。
「風紀?」
心配そうな声を出して、明日香は俺に話しかけてきた。
「どうした?」
いつもの顔に戻り、明日香に返事する。
「…何にもない」
明日香はそういい、また口を閉じた。
ガラッとドアが開く音がした。
担任の伊豆野 小百合先生と、見覚えのある人が入ってくる。
俺はすぐさま立ち上がり、教室から姿を消した。
後ろの方にある教室からは
「今日から貴方は、ここで勉強するのよ」
そう聞えてきた。
俺は…今にも涙が出そうだった。
フラッシュバック。
頭の中で中学の時、凛の携帯を見た瞬間の凛の顔を思い出している。
吐き気、頭痛、腹痛。
いろんな症状が一気に、俺にのしかかってきた。
…保健室へ行こう。
俺は一歩一歩、階段を下りていく。
一階にある保健室へと足を進ませた。