若紫
おい立たむありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えむ空無き
成長していく場所も知らぬ若草を後に残して露は消えていく空がありません。
※後の紫の上である少女の世話役である尼君が将来を心配して詠んだ一首。
宮人に行きて語らむ山ざくら風よりさきに来ても見るべく
宮中の人達に戻ったら語りましょう。山桜が風によって散るよりも先にやって来て見るべきであると。
優曇華の花待ち得たる心ちして深山桜に目こそ移らね
咲くのを待っていた優曇華の花をついに見る事が出来たような心地がして、山桜には目も移りません。
※都に戻る事になった光源氏が僧都らと酒を酌み交わす場面での遣り取り。この遣り取りが気に入っているので一纏めにさせて頂きました。
浅香山浅くも人を思はぬになど山の井のかけ離るらむ
浅香山のように浅くはない思いなのに、どうして私から離れてしまうのでしょうか。
汲み染めて悔しと聞きし山の井の浅きながらや影を見るべき
汲んでみて後悔すると聞いた山の井のように浅いままで、どうして姿を見る事が出来ましょう。
※それぞれ「浅香山影さえ見ゆる山の井の浅き心をわが思わなくに」と「くやしくぞ汲み初めてける浅ければ袖のみ濡るる山の井の水」から引用されている光源氏と尼君の遣り取り。両者の教養を感じます。
手に摘みていつしかも見む紫の根に通ひける野辺の若草
手に摘んで早く見たいものだ、紫草の根に繋がっている野辺の若草を。
※光源氏が藤壺の姪である若紫(紫の上)について詠んだ歌。高貴な色の紫は源氏物語の中でも重要な色だと思います。藤壺の身代わりである紫の上に、桐壺(実は花の色が紫)の身代わりである藤壺。
ねは見ねどあはれとぞ思ふ武蔵野の露分けわぶる草のゆかりを
根を見た訳では無いが愛しく思います。武蔵野の露を分けて行く事が出来ない草の縁を。
かこつべき故を知らねばおぼつかないかなる草のゆかりなるらん
嘆いていらっしゃる理由を知りませんのでもやもやします。私は如何なる草に縁があるのでしょう。
※光源氏と若紫の遣り取り。尼君は心配していましたが、光源氏の歌の意味を理解している様子です。




