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私選和歌集  作者: 如月瑠宮
中古三十六歌仙より
57/73

その散

冬の夜に幾たびばかりね覚してもの思ふ宿のひましらむらん 増基法師

 冬の夜に幾度も目覚めて物思いをします。我が家の板戸の隙間が白むまで。


※悩んで眠れない状態を詠んでいる歌です。悩んでいる様子が伝わってきますね。何で悩んでいるのでしょうか。




人はいさ我はなき名の惜しければ昔も今もしらずとをいはん 在原元方

 人はどう思うか知りませんが、私はあらぬ噂が立つのは嫌なので昔も今もあの人の事など知らぬと言いましょう。


※歌集によっては「おほつぶね」という元方の妹の作になっています。貞元親王の「おほかたはなぞや我が名の惜しからむ昔のつまと人にかたらむ」という歌への返しです。親族が代わりに歌を詠む事もあったので、妹の代作をしたのかもしれませんね。




芦田鶴のひとりおくれて啼くこゑは雲のうへまで聞えつがなむ 大江千里

 芦田の鶴が独り遅れて鳴く声は雲の上まで聞こえて欲しいと願います。


※歌集を献上した時に自らの不遇を訴えた歌です。自身を独り遅れた鶴に喩え、雲の上の存在である主上にこの声が届く事を願っています。




霜おかぬ袖だにさゆる冬の夜の鴨のうは毛を思ひこそやれ 藤原公任

 霜の降りない袖さえも冷える冬の夜は鴨の上毛もさぞ冷えるだろうと思いやっています。


※鴨のうは毛は鴨の表面の羽毛の事で霜が置くとされていました。和歌の他にも漢詩や管弦にも才がある人だったそうです。




あし曳の山郭公さとなれてたそかれ時になのりすらしも 大中臣輔親

 山郭公は里に馴れ、誰そ彼時に名乗っているそうです。


※古くから輔親の代表作とされた歌です。郭公とありますが、夏になると山から里へ出て来て鳴くホトトギスの事です。




逢坂の関のいはかどふみならし山たちいづる霧はらの駒 藤原高遠

 逢坂の関の岩の角を踏み鳴らして、山から立ち出づるのは桐原の馬です。


※献上される馬を逢坂の関まで迎えに行った時の歌。桐原には牧場があり、そこから献上された馬を見て詠んだのでしょう。見事な馬だったのでしょうね。




かきくもれ時雨とならば神無月心そらなる人やとまると 馬内侍

 時雨となれば良いと思う神無月です。心ここにあらずなあの人も留まってくれると思っています。


※「十月ばかりまで来たりける人の、時雨し侍りければ、たたずみ侍りけるに」詠んだ歌です。「心そらなる」を「けしき空なる」とする歌集もあります。多くの高貴な女性に仕え、貴公子達との交流もあった梨壺の五歌仙の一人である彼女のしっとりとした美しい歌ですね。

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