その壱
津の国のこやとも人をみるべきにひまこそなけれ蘆の八重ぶき 和泉式部
来て欲しいと貴方に言うべきでしょうが人目がいっぱいなのでそんな事は出来ません、葦の八重葺きのように。
※百人一首歌人である小式部内侍の母親で恋多き女でした。娘に先立たれた母として詠んだ歌も多い彼女の「わりなくうらむる人に」贈った歌。来て欲しいと言えない事情を風雅に伝えていると思います。
五月雨の空なつかしく匂ふなり花橘に風やふくらむ 相模
五月雨が降る空模様、懐かしい匂いがします。橘の花が風に吹かれているのでしょう。
※「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」という歌を踏まえた花橘を詠んだもの。第三句は「匂ふかな」になっている歌集もありますが、個人的にはこちらの方が好きです。
山吹の花のさかりにゐでにきて此里人に成りぬべきかな 恵慶法師
山吹の花の盛りに井手に来ました。このまま此処の里人になってしまいそうです。
※「井手といふ所に、山吹の花のおもしろく咲きたるを見て」詠んだ歌。井手は山吹の名所で、見事に咲いていたのでしょうね。風景でそこに暮らしたいと思う気持ちが分かります。
帰る雁雲井はるかになりぬなり又こむ秋もとほしと思ふに 赤染衛門
帰って行く雁は遥か遠くに行ってしまったようです。また来る秋は遠いと思いますのに。
※弘徽殿女御歌合出詠歌で「かへる雁」を詠んだもの。「赤染」衛門ですが書によって実父は平兼盛となっており、彼女の親権を争った裁判があったようです。
わがやどの梢の夏になる時はいこまの山ぞみえずなり行く 能因法師
我が家の梢の葉が青々と茂り、夏めいた時は生駒山が見えなくなっていきます。
※「津の国の古曾部といふ所にてよめる」歌。古曾部は能因が出家した後に暮らした地です。清々しい光景が思い浮かびます。
めもかれずみつつくらさむ白菊の花より後の花しなければ 伊勢大輔
目を離さず、見守りながら暮らしましょう。白菊の花より後に咲く花は無いのですから。
※「不是花中偏愛菊 此花開盡更無花」という詩があります。多くの花の中で菊だけを愛する訳では無い、この花が咲き終われば他に(見るべき)花は無いという意味です。この詩を踏まえてみると見るべき花の見納めに対する感情が伝わりますね。
榊とる卯月になれば神山の楢の葉がしはもとつはもなし 曾禰好忠
榊を採る卯月になったので、神山の楢の葉には古い葉がありません。
※卯月は旧暦の四月で初夏に当たります。初夏の青々とした新緑の景色が思い浮かんできそうな歌です。
忘るなよわするときかば三熊野の浦のはまゆふ恨みかさねん 道命阿闍梨
忘れないで下さい。忘れたと聞いたら、熊野の浦の浜木綿のように恨みを重ねます。
※柿本人麻呂の「み熊野の浦の浜木綿百重なる心は思へどただにあはぬかも」の本歌取り。熊野権現に参詣する際に親しい人に送った歌です。
2017/01/04 完成




