番外譚 藤原俊成版
後世に藤原俊成が「俊成三十六人歌合」で選んだ物の内、藤原公任とは違う歌も選んでいるので置き換えられた歌の中から数首選びます。選ばない場合や置き換えられていない人も居ますので人数は三十六人にはなりません。
紀貫之
掬ぶ手の滴に濁る山の井のあかでも人に別れぬるかな
掬う手から落ちた水滴に濁った山の湧水のように、飽かずに人と別れてしまった。
※満足出来ないまま人と別れてしまったという歌です。
凡河内躬恒
住吉の松を秋風吹くからに声打ち添ふる沖つ白波
住吉の松を秋風が吹くにつれ、その声に添うかのような沖の白波です。
※初句が「住の江の」となっている歌集も多いこの歌は藤原定国の四十歳の祝賀の屏風に詠んだ物です。
山辺赤人
ももしきの大宮人は暇あれや桜かざして今日も暮らしつ
宮中に仕える人は暇があるのだろう。桜の花を折りかざして今日も遊び暮らしている。
※優雅な様子を詠う事で宮中が平和に世の中を治めているとしている歌になります。
僧正遍昭
皆人は花の衣になりぬなり苔の袂よ乾きだにせよ
人々は皆花のように美しい衣に着替えた。私の苔のような袂よ、せめて乾いてくれ。
※仁明天皇の喪が明けた後に人々が喪服を脱いで位階を賜ったりしているのを聞いた時の歌。遍昭は天皇が亡くなった直後に出家しており、苔の袂は僧衣の事になります。
紀友則
夕されば蛍よりけに燃ゆれども光見ねばや人のつれなき
夕になれば蛍よりも燃える私の思いだけれど、光に見えないのであの人はつれないのだろうか。
※蛍のように自らの思いは燃えているのに心は見えないから人には伝わらない事を悲しんでいる様を詠っています。
源公忠
殿守の伴のみやつこ心あらばこの春ばかり朝ぎよめすな
殿守の伴のみやつこよ、風流の心があるのならこの春は朝の掃除をしないで欲しい。
※「延喜御時、南殿に散りつみて侍りける花を見て」詠んだ歌。桜の花弁が絨毯のように散っている様子は綺麗ですよね。
藤原敏行
秋萩の花咲きにけり高砂の尾上の鹿は今や鳴くらむ
萩の花が咲いたから、高砂の尾上の鹿は今頃鳴いているのだろうか。
※萩は鹿の妻になぞえられています。秋の歌ですが色艶を感じる歌ですね。
大中臣能宣
御垣守り衛士のたく火の夜は燃え昼は消えつつ物をこそ思へ
御垣を守る衛士の焚く火が夜は燃え、昼は消えているように、物思いをしているのです。
※御垣は宮廷の門の事です。恋心を焚火に喩えている歌になります。百人一首にも選出している歌ですが、能宣の作であるのか疑問があるようです。




